水槽の波は人力で!? …どうする、全国で“老いる”水族館

水槽の波は人力で!? …どうする、全国で“老いる”水族館
「この水族館、なんか古いな」

水族館が大好きな小学生の娘と一緒に、とある水族館に足を運んだ時に私の頭をよぎった印象です。

気になって調べてみると、各地の水族館が“老い”という課題に直面している現実が見えてきました。

(おはよう日本記者 高橋謙吾)
おはよう日本 5/8(水)放送 NHKプラスで配信中
※配信期限 5/15(水)午前7:45まで

日本最古の水族館がピンチ

老朽化の問題を調べるために向かったのは、現存する中で国内で最も古い、富山県魚津市の市立水族館です。

創立は、なんと今をさかのぼること1世紀以上前の1913年。50年以上前から展示されている大きなアオウミガメが出迎えてくれました。
長年多くの人に愛されてきた魚津水族館ですが、老朽化が深刻です。現在の建物は3代目で、建設から43年が過ぎていて、すでに建て替えの時期を迎えています。

学芸員に館内を案内してもらうと、涙ぐましい努力の様子が見えてきました。
こちらは、バックヤードで学芸員から見せてもらった配管です。

40年以上前から使い続けているそうです。
魚津水族館 不破光大 学芸員
「天井には配管が何本か走っていますが、ラッピングがひび割れし、よく結露する配管もあります。役目を果たしていないぐらい傷んでいます。なるべく早く交換したいですが、予算があるので順番に直している最中です」
老朽化は展示にも影響が出ています。こちらの画像は海に近い環境で泳ぐ魚の姿を鑑賞してもらうための波を起こす装置ですが、3年前に壊れてしまいました。
そこで、水族館では、スタッフの手が空いている時に人力で波を起こすことにしました。

その様子を再現してもらったところ、学芸員の不破さんが持ち出したのは棒にバケツのふたを取り付けて手作りした器具。それを、力いっぱい水中で上下に揺らし、懸命に波を起こしていました。
そんな涙ぐましい努力をよそに、水槽の中で気持ち良さそうに泳いでいる魚たちの姿が印象的でした。

来館者にも貼り紙で説明してきましたが、最近では人手不足の影響でスタッフが波を起こせる機会は以前よりも減っているといいます。

加えて、館内には来館者用のエレベーターもなく、バリアフリーにも十分対応できていません。
運営する魚津市は早期に建て替えたいと考えていますが、人口減少で、市の税収は落ち込んでいく見通し。市役所の建て替えに70億円をかける計画で、水族館に費用を捻出するのは困難です。

来館者からは存続を望む声が聞かれました。
富山市在住・30代の親子連れ
「年間パスポートとって子どもたちとよく来ています。やっぱり小さい頃からある水族館なので、何十年も、この先ずっとあるようにしていただきたい」

高岡市在住・70代
「だいぶ古いので建て替えてもらえたら、子どもたちが喜ぶ気がします」
いまは入館料だけでは賄えない運営費を市の財源で補てんしていますが、学芸員は、今後運営が厳しくなるのではないかと不安を感じています。
魚津水族館 不破光大 学芸員
「ここから、どんどん経営が苦しくなるのではないかと思います。100年以上続いてきて、僕らの代で終わっちゃうっていうのはかなり悲しいので、ぜひ継続したい」

最近相次ぐ水族館の閉館…

こちらは、3年前に50年余りの歴史に幕を閉じた神奈川県三浦市の「京急油壺マリンパーク」の最後の営業日の様子です。多くの人たちに惜しまれながら、閉園しました。
海水を扱うことなどから、劣化しやすく「寿命は30年」とも言われる水族館。全国各地でバブル期に多く建てられましたが、それから30年がたった2020年代に入り、老朽化によって閉館や閉園、それに営業休止が各地で相次いでいます。

民間の力で建て直しを!

老朽化の問題は今後さらに深刻になっていきますが、そうした中、大胆な発想で苦しい状況を乗り越えようとしている水族館もあります。
こちらは愛知県蒲郡市にある市立の水族館です。新館を増築し、ことし秋に完成を予定しています。

築60年を超える今の施設は、水族館の中では“とても狭い”とされています。増築によって広さは、およそ2倍になります。さらに4月には、今の建物の大幅なリニューアルも行いました。費用は総額およそ6億5000万円に上ります。
なぜ、このようなことができるのか。館長の小林龍二さんに聞きました。

蒲郡市はこれまで小林さんたちの会社を指定管理者として管理を委託してきました。しかし、去年、水族館の活性化を図ろうと、PFIという手法で、民間の資金を活用することにしました。

事業者には小林さんが地元の企業と新たに立ち上げた会社が選ばれ、新館の建設費などはこの企業から借り入れてすべて負担します。
小林さんたちにとっても、運営権が14年間、譲渡され、自由度の高い運営ができるというメリットがあります。

一緒に運営する地元企業は、水族館で地域を盛り上げたいという小林さんの思いに賛同して、資金を貸し出してくれたといいます。

小林さんは入館者を倍の年間60万人に増やすことを目指し、10年ほどで借り入れを返済する計画です。そこで頼ったのが、水族館プロデューサーの中村元さんです。

中村さんは、東京・池袋の「サンシャイン水族館」のリニューアルや北海道北見市の「北の大地の水族館」の復活をてがけるなど、各地の水族館をプロデュースしてきました。小林さんとは20年来のつきあいで、“水族館経営の師匠”と言える存在です。
竹島水族館 小林龍二 館長
「建設から70年近くたっていて、限界がある水族館でずっとやっていても、うまくいく要素が少なくなってきました。多少リスクを背負ってでも、このまちや水族館のために動きたいというのがありました」

限られた予算で魅力アップ

コストを抑えながら展示を魅力的に見せて、来館者を増やすことができるか、小林さんたちの挑戦が始まりました。
中村さんは地域の資源をふんだんに展示に取り入れることを小林さんに助言してきました。蒲郡市の名物は「深海の生き物」です。

小林さんは地元の漁業者から「深海の生き物」を格安で譲り受け、今回のリニューアルでは全国トップクラスのおよそ150種類に大幅に増やしました。
最近、力を入れているのが照明です。深海をイメージした暗い水槽の中をスポットライトが左右に動きます。実はこの照明は特別に発注したものではなく、1つ数千円で買える市販の扇風機にライトを取り付けただけのものです。コストを最小限に抑えました。中村さんも、この演出を高く評価しています。
中村元さん
「暗い水槽では『水中感』がなくなってしまい、水があること自体が分からなくなってしまうので、普通は動かない照明を動かすというのはいい。お客さんは『水中感』がないとだめなのです。魚よりも、『水中世界』が見たいので、照明によって『水中世界』をつくることはすごく大事です。しかも、めちゃくちゃ貧乏くさいやり方で成功させたというのがすばらしい」
水族館では、中村さんが得意とするほかの演出方法も取り入れました。一般的に黒くする岩の装飾は、より『水中感』を出すため、青く塗ったものに変更しました。

さらに、この秋に完成予定の新館にも中村さんの手法が盛り込まれています。
「アクリルガラスは、丸めた方がいい」中村さんに見せられたのは、手書きの大水槽のイメージです。この中には、地元・名物の深海の生き物たちが展示される予定です。

丸みをもたせて角のつなぎ目の線を極力減らすことで、空間を広く見せられる効果があるといいます。

水族館のシンボルとも言える大水槽。中村さんは、水族館の将来にも関わるとして、ほかには負けない水槽を小林さんに託したいと意気込んでいました。
中村元さん
「竹島水族館にとってはこの60年余りで初めてできた超でっかい水槽です。全国の深海水槽の中で一番大きく見える。そして、でっかいタカアシガニがよく見える水槽にするべき。これは竹島水族館の次の50年を左右する水槽です」
公立の水族館にもかかわらず、税金に頼らずに、自力で難題を乗り越えるという大きな決断をした小林さん。その裏には「水族館の灯を絶やしたくない」という強い思いがありました。
竹島水族館 小林龍二 館長
「これまでは改修や補てんは税金を使ってやってきましたが、自分たちで賄っていかなければならなくなったので責任と危機感はすごくあります。一方で、自分たちでいろいろなことを決めて運営できるので、自由度がすごく広がり、お客さんが喜んで見てくれて、いろいろな工夫が生まれました。すごく大事な施設なので、なくしたくないです」

アンケートで見えてきた厳しい現状

入館料収入だけでなく、税金に頼ってきた公立の水族館。全国の状況は、どうなっているのか、NHKは全国の公立の水族館にアンケートを実施しました。対象としたのは、「日本動物園水族館協会」・「日本水族館協会」のいずれかに加盟している32の施設です。

「財政上、建て替えは可能か」尋ねたところ、「可能」と答えたのは、東京にある2つの水族館だけでした。

全体の25%にあたる8施設は「難しい」と回答し、地方だけでなく、大都市にある施設もありました。

「わからない」と回答した施設も全体の66%を占め、建て替えが簡単にはできない状況が伺えました。

さらに、中には、「閉館を考えたことがある」と回答した施設もありました。
「閉館を考えたことがある」と回答した施設の館長
「自治体の経済規模の問題もあるであろうが、水族館より行政の事業優先で、建て替え・改修時期を迎えても後回しにされてしまう傾向にあるように思われる。ただ、必要なリニューアルが不可能であるなら、長年無理に延命運営を続けるのではなく、閉館の選択肢も持つべきである」

水族館の存続 必要なことは?

水族館プロデューサーの中村元さんに、公立の水族館のあり方について尋ねてみました。
中村元さん
「今は行政がお金ばかりかけて効果のない施設は、なくさなくてはいけない時代になっています。箱物主義から時代が変わろうとしています。そうすると、リニューアルに結構なお金がかかる水族館に対して、利用者が少ないとお金はかけられません。自分たちで努力してお客さんを増やすことができたら、『この水族館でも、もしかしたら予算つぎ込んだら、もっといい水族館ができて、もっとお客さんたくさん来て、利用者も増えるし、まちの発展にもつながる』と思わせたところだけが、新たなリニューアルができるのではないかと思います」
今まで「各地にあって当たり前」だと思ってきた水族館ですが、その前提が大きく揺らぎつつあります。

末永く、未来に水族館を残していけるか。今、大きな岐路に立っています。

(5月8日 おはよう日本で放送)
おはよう日本 記者
高橋 謙吾
2010年入局
山口局と青森局でも勤務
各地の水族館に取材でお世話になりました