辞意表明で突然の知事選挙“対立の県政” その後を担うのは?

辞意表明で突然の知事選挙“対立の県政” その後を担うのは?
まさに急転直下。静岡県知事・川勝平太の辞意表明で、来年に予定されていた知事選挙が前倒しになった。元副知事と元浜松市長、それに共産党県委員長ら6人が立候補した。各方面で対立と混乱を生んだと評される川勝県政。
その後の舵取りを担うのは誰になるのか。
選挙戦に向けた関係者の動きを追った。
(静岡局 仲田萌重子 加藤拓巳)

突然の選挙前倒し

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
4月10日、川勝は、細川ガラシャの辞世の句を口にし、晴れやかな表情で辞職届を提出した。

新人職員への訓示で職業差別とも捉えられかねない発言をしてから9日後。

当初は「6月議会をもって職を辞する」としていたが、県庁には「速やかに辞職するべきだ」という意見が相次ぎ、追い込まれての辞職となった。

これにより、知事選挙の日程も、5月9日告示、26日投開票と大幅に前倒しされることとなった。

“対立は避けたい”

県内政界からは、戸惑いの声とともに「できれば対立を避けたい」という声が聞かれた。
「これまで議会と知事の対立で県民に迷惑をかけてきたので、できるなら対立を生まずに、県内の各層・各界と対話ができる新しい知事を誕生させたい」(県議会最大会派の自民県議)

「対立により県政を停滞させるのは好ましくないという気持ちは、自民党と同じだ」(川勝を支えてきた連合系県議)
川勝は、在任中、歯に衣着せぬ発言や、国にも臆せずもの申す姿勢で、県民の支持を集めてきた。

一方、リニア中央新幹線については、水資源や環境への影響が懸念されるとして、県内での着工を認めず、政府やJR東海、時には近隣の県とも対立した。

また、度重なる不適切な言動が県議会でも問題視され、混乱を招いたという指摘もある。

関係者の声には、15年間の川勝県政での対立と混乱による「疲れ」がにじんでいた。

異口同音に“オール静岡”

異例の短期決戦が決まり、いち早く手を挙げたのが、元静岡県副知事の大村慎一(60)だった。
静岡市出身で、旧自治省に入省後、札幌市や岐阜県などで勤務。

2010年からは、副知事として静岡県庁に勤務したが、任期途中の2年で霞が関に戻った。

県庁内では、堅実な仕事ぶりを目にした川勝が、その手腕を妬んだともささやかれている。

菅政権では、新型コロナワクチンの接種促進のため、自治体と国の調整役としても奔走した。

4月12日、記者会見に臨んだ大村は、立候補の理由をこう述べた。
「混乱と分断、対立がある県政の現状に危機感を持ち、『オール静岡』で課題を解決して、ふるさとの元気で明るい未来を作っていきたい」
3日後の4月15日。
元浜松市長の鈴木康友(66)が、立候補の意向を表明した。

浜松市出身で、旧民主党の衆議院議員を経て、去年まで4期16年、浜松市長を務めた。

市長時代は行財政改革のほか、人口減少を見据えて7つの行政区を3つに再編した。

長年の懸案に道筋を付けた統率力に、地元財界からも評価の声が上がる。

川勝の最大の後ろ盾だった浜松市の自動車メーカー・スズキ相談役の鈴木修から支援をとりつけ、立候補を決断。

浜松の財界関係者とともに臨んだ記者会見では、こう訴えた。
「混迷している県政をしっかりと立て直し、静岡県の素晴らしい資源を活用して、『オール静岡』で、静岡県の発展に全力を尽くす」
2人とも無所属での立候補で、掲げたキャッチフレーズは「オール静岡」

与野党双方から支援を得ようと、各党に推薦願を提出した。

足並みそろうか

できれば対立は避けたいという本音を抱えつつ、各党も動き始めた。

川勝の辞意表明を受け、立憲民主党と国民民主党、連合静岡などは、一致した対応をとることを申し合わせていた。
しかし、足並みの乱れが露呈する。

立憲民主党は、当初、同党の衆議院議員・渡辺周の擁立を模索。

政治とカネの問題で、岸田内閣や自民党の支持率が低迷していたことが「主戦論」を後押した。

県連代表の源馬謙太郎は、8日の静岡市での会合で県議らに、こう語っていた。
「裏金問題の幕引きを図る自民党が主導して県政のかじ取りを担うのか、我々が主軸となって県政のかじ取りを任せる人を探していくのか、大事な局面だ」
これに対し、国民民主党などから、渡辺の擁立は立憲民主党の色が濃すぎるとして難色を示す声が上がり、連合静岡が調整にあたることとなった。
「事務所に来た渡辺さんに『衆議院選挙をしっかりやってほしい』と伝えておいた」

源馬が主戦論を語った翌日の9日、連合静岡の幹部はこう明かした。

以後、渡辺擁立を求める声は急速にしぼんでいく。
そして、連合静岡は、国会議員時代から関係が良好で、浜松市長選挙でも協力した鈴木の支援に動き、17日には推薦を決定した。

連合静岡会長の角山雅典は、記者会見で推薦理由をこう説明した。
「衆議院議員や政令市長を務めた経験値があり、将来のビジョンが明確だ」
立憲民主党と国民民主党も、相次いで鈴木の推薦を決めた。

連合幹部は、国政の与野党対立とは異なる点を強調する。
「政治資金問題を県政に持ち込んで混乱につなげることはしたくない。各党は、衆議院選挙の前哨戦にしたいのだろうが、国政と県政は分けたい」

揺れる自民党

一方の自民党。

「盆と正月が一緒に来たような感じだ」

大村、鈴木の立候補の意向が伝えられて自民党静岡県連会長の城内実はこう表現した。

実は、大村と鈴木はいずれも、3年前の知事選挙で、自民党が擁立を模索した人物だ。

当時、大村は総務省の審議官、鈴木は現職市長だったため擁立はかなわず、自民党は、元国土交通副大臣を推薦したが、川勝に30万票以上の差で敗れた。

その2人からの推薦願に自民党は揺れた。

党内の議論には内閣と党の支持率低下が影を落とした。
4月14日、静岡市内で非公開で開かれた国会議員と県議会議員の意見交換会では、慎重な対応を求める声があがった。

「勝ち馬に乗れるように見極めないといけない」

党を挙げて支援した候補がもし敗れれば、次の衆議院選挙にも影響が及ぶことを懸念した発言だ。

県連内ではその後も、単独で特定候補を支援することに慎重意見がくすぶった。

こうした中、一部の議員が水面下で、大村と鈴木の一本化を模索する動きも見せたが、党の意思決定を急がざるを得ず、頓挫。
18日に開かれた県連の議員総会では、多くの議員が「地域の課題を捉えている」「防災対策に精通している」などとして大村を支持。

支援者5000人余りに実施したアンケートでも、大村を推す声が多かったことから、大村への推薦を決めた。

県連幹事長の増田享大は、政党の枠にとらわれず、幅広く支持を訴える考えを強調した。
「大村氏は『オール静岡』と言っているので、政党間の争いとは違う点に気をつけながら、政策や課題を多くの県民にご理解いただきたい」
一方、総会では、浜松市選出の県議から「もう少し精査すべきだ」という声も上がった。

浜松市では、鈴木の市長時代、自民党と、鈴木を支援する地元財界とが対立した過去があるが、去年の市長選挙では協力して新人候補を擁立。

このため「せっかく改善した関係を悪化させたくない」と考える議員も少なくない。

そうした声に配慮し、幹事長の増田は、こう付け加えた。
「大村推薦は県連の機関決定だが、鈴木氏を推す個人の動きを制限する権限はない」
その後、自民党本部は、告示前日の5月8日に大村の推薦を発表した。
公明党は、さらに、意思決定に時間を要した。

浜松市では、地方議員が鈴木と良好な関係を築く一方、県議会で共同歩調を取る自民党県連が大村への推薦を決めたことで、また裂き状態に。
県本部の役員会を複数回開いた結果、「自主投票」で決着したと30日に発表した。
「地域性やこれまでの人間関係などで、どちらか1人に推薦を出すという意見集約ができなかった」
県本部代表代行の蓮池章平は、こう説明した上で、注文を付けた。
「政策面で大きな隔たりはなかった。県民目線で県政運営ができる体制をつくってほしい」

かすむ「オール静岡」?

図らずも与野党対決の構図となりつつある中、県内には党派間以外にも火種がある。

長年続く「地域対立」だ。
東西155キロに及ぶ静岡県は明治初期の廃藩置県後、伊豆半島周辺の「足柄県」の一部、中部や富士山周辺の「静岡県」、西部の「浜松県」が合併した経緯があり、文化圏も異なる。

近年、東部は首都圏、西部は中京圏の経済的影響が強まっていることもあり、県の一体性をどう保つのかも大きな課題となっている。

それだけに「オール静岡」という2人のスローガンは、実現の難しさを自認しつつ、みずからに言い聞かせているようにも聞こえる。

争点は?

では、2人は何を訴えるのか。

まず、川勝県政を継承するかどうか。

大村は「抜本的な見直し」、鈴木は「ゼロベース」を掲げる。
リニア中央新幹線も、そろって「推進」。

大村は「これまでの議論を検証しながら、大井川流域の自治体と意見を重ねたい」と訴える。

鈴木は「川勝知事が明確にし、深掘りした課題は、新たな解決方法が見えてきた。環境との両立を図っていく」としている。

続いて、原発への対応はどうか。

御前崎市にある浜岡原子力発電所の3号機と4号機は、2011年から停止していて、再稼働の前提となる原子力規制委員会の審査が続いている。

再稼働の是非について、大村は「県民の安全確保が重要で、議論はそこから始めたい」という姿勢。

鈴木は「原子力規制委員会での再稼働の可否の判断を待ちたい」としている。
県が、浜松市の沿岸部に建設を予定している野球場も、関心を集めているテーマだ。

県議会では、1:収容人数が1万3000人規模の屋外型、2:プロ野球の試合が可能な2万2000人規模の屋外型、3:野球以外のイベントも開催可能な2万2000人規模の全天候ドーム型の3案に絞り込まれている。

大村は「地域住民の要望を踏まえながら整備を推進する」と3案から検討を進める考え。

鈴木は「コストを削減しながらドーム型の整備に向け、スピード感を持って進めたい」としている。

さらに、両者は、最重点施策を次のように訴える。

大村は、さまざまな自治体で勤務した「行政のプロ」の視点を踏まえ「県民のいのちと暮らしを守る危機管理」を最重要課題に挙げる。

鈴木は、16年の市長としての産業政策の実績を売りに「企業誘致やスタートアップ企業の支援などを全県に展開する」と強調する。

共産党も参戦 

4月25日、大村、鈴木に続き、共産党静岡県委員会で委員長を務める森大介(55)が公認候補として立候補すると表明した。

前委員長の死去に伴って、4月に就任したばかりだ。

共産党県委員会はこれまで、リニア中央新幹線の着工を認めず、浜岡原発の再稼働に慎重だった川勝の姿勢を一定程度評価し、前回選挙では「自主支援」としていた。

川勝の辞職を受けて、当初は、県委員会や労働組合、女性団体など15の団体で構成する市民団体として候補者擁立に動いたが、手を上げる人はおらず、最終的に森に白羽の矢が立った。

森は記者会見で、大村、鈴木とは異なる選択肢を示す必要があると強調した。
「選挙を戦わないという選択肢はなく、公認候補として出ることを決断した。リニアの建設と浜岡原発の再稼働に“NO”の審判を下し、県民の命と暮らしを守り、希望の持てる県政を実現したい」。
大村と鈴木がリニア推進の立場を示し、原発再稼働の是非も明確な違いが見えない中、共産党としては反対派の受け皿として、選挙戦を進めたい考えだ。
さらに、静岡県知事選挙には、諸派の横山正文(56)、無所属の村上猛(73)、無所属の濱中都己(62)が立候補している。

かじ取りは誰が

静岡県政のかじ取り役に、県民は誰を選ぶのか。

5月26日の投票日に向け、論戦が交わされる。

(5月2日、5月9日「たっぷり静岡」などで放送)
(文中敬称略)
静岡局記者
仲田 萌重子
全国紙記者として福島県政などを取材。2022年にNHK入局。
静岡県政キャップとしてリニア問題などを担当している。
静岡局記者
加藤 拓巳
2011年入局。去年8月から出身地の静岡県で勤務。
ふじのくに県民クラブや連合静岡などを担当している。