“選挙妨害”か?表現の自由か?東京15区 広がる波紋 専門家は

過去最多の9人による混戦となった衆議院・東京15区の補欠選挙。

候補者の1人がほかの候補者たちの演説場所で、大音量で批判などを繰り返し、各陣営からは“選挙妨害だ”との声が相次ぎました。

警視庁が候補者に警告を出す“異例”の事態にも。

一方で、候補者側は「表現の自由の範囲内だ」と主張しています。

選挙妨害か?表現の自由か?専門家の見方は…

“極めて異例” 候補者に警視庁が警告

警視庁は衆議院東京15区の補欠選挙で、公職選挙法違反にあたるとしてあわせて6件の警告を出し、このうち演説の自由を妨害した「自由妨害」の警告が1件ありました。

捜査関係者によりますと、「自由妨害」の警告を受けたのは、政治団体「つばさの党」の新人・根本良輔氏やこの団体の黒川敦彦代表など3人です。

告示日の今月16日、JR亀戸駅前でほかの陣営の演説にかぶせるようにおよそ50分間にわたって拡声機を使って演説したり、車のクラクションを鳴らしたりして演説を聞き取れないようにしたことが選挙の「自由妨害」にあたると判断されたということです。

捜査関係者によりますと、候補者が「自由妨害」で警告を受けるのは極めて異例だということです。

何が起きていた?

その16日、JR亀戸駅前に姿を見せた根本良輔氏(29)らは、無所属で立候補した乙武洋匡氏や応援にかけつけた政党の幹部らが聴衆に向けて政策などを訴える中、拡声機を使って発言を続けました。

電話ボックスの上にのぼって声をあげる一幕もあり、周辺は一時、騒然となりました。

その後も連日、ほかの候補者たちの演説会場を訪れては、大きな音量で発言を繰り返しました。

今月26日には立憲民主党から立候補した酒井菜摘氏の陣営が街頭で演説をしているのを見つけると、同じ場所で拡声機や選挙カーのスピーカーを使って批判などを繰り広げました。

居合わせた有権者からは…

30代の女性
「家の中まで大きな声が聞こえてきたので何事かと思いました。率直に、どうしてこのようなことをするのかと思います。もう一方の候補者の声が聞こえないので、投票の判断材料にはならず、残念です」

64歳の男性
「本来なら政策を議論すべきですが、こういった行為は選挙を冒とくしていますし、本来の選挙戦ではなくなってしまっていると思います」

ほかの候補者 “選挙妨害だ”

根本氏らはこうした様子をインターネット上でライブ配信し、ほかの候補者の演説予定をSNSを使って把握していることなども明らかにしていました。

こうした行為を受けて、各陣営は街頭演説の日程をSNS上で公表することを控えたり、演説会場を急きょ変更したりするなど対応に追われました。

ほかの候補者たちからは“選挙妨害だ”とする声があがりました。

立憲民主党 酒井菜摘氏
「危険を感じるような場面もあり本当に怖かった。演説の日時を公表できず区民に訴えを届けられなかったことが申し訳ない」

日本維新の会 金澤結衣氏
「前代未聞の状況で民主主義の根幹が覆される許しがたい状況だった。公職選挙法の見直しや地域の皆様に迷惑がかからない選挙のやり方を議論したい」

無所属 乙武洋匡氏
「各候補者の主張を聞く有権者の権利が奪われてしまったことは非常に残念で許しがたい。今の法律上、あのような行為を是認せざるをえないなら何らかの法改正をしていくべきだ」

つばさの党「表現の自由の範囲内だ」

根本氏は今月25日に会見し、ほかの候補者に対する行動について「国政政党が信用できないから政治活動を始めた。このままでいいのかと問いかけるために質問をしに行っているだけで、暴力的なことをするつもりはない」と説明しました。

また、政治団体「つばさの党」の黒川敦彦代表は「国民に与えられた権利である表現の自由の範囲内で正々堂々と批判している。それを派手にやっているだけだ」と主張し、警視庁による警告は権力の乱用だとして東京都に賠償を求める訴えを起こしたと述べました。

今回の事態をどう見たらよいのか。複数の専門家に意見を聞きました。

憲法学者 “街頭演説は民主主義の根幹”

憲法学が専門の北星学園大学経済学部の岩本一郎教授は、街頭演説は民主主義の根幹をなす「言論の場」であり、その場を壊す行為は表現の自由の範囲を超えていると指摘します。

岩本教授
「お互いに意見を交換し議論するという意味で、街頭演説は民主主義にとって極めて重要な活動でヤジも含めて政治的な発言として尊重されるべきです。ただ街宣車などを使って通行を妨げたり、他の候補者の発言を聞き取りにくくさせたりする行為は悪質性が強く、表現の自由として保障されるかどうか疑問です」

今回の選挙では候補者が演説日程を事前に告知にしなかったり、演説を中止したりするケースも出ていて、岩本教授は次のように指摘します。

「候補者に大きな萎縮効果をもたらす行為です。有権者が候補者や政党の声を聞きたくても聞けないとなれば国民の知る権利や、表現の自由を制約する要因になります」

その上で、規制についてはこう話していました。

「候補者の発言内容に国が規制をかけるのは適切ではないですが、行き過ぎた妨害行為については線引きの基準を設け規制が必要になると思われます。参加と討議が行われる場を守れるかどうかが、民主主義を維持できるかどうかの鍵になります」

公職選挙法 専門家 “時代に合った改革必要”

公職選挙法に詳しい日本大学法学部の安野修右専任講師は、今の法律の規定は紳士的に選挙運動を行うことを前提にしていて時代に合った改革が必要だと指摘しています。

安野専任講師は、候補者がほかの候補者の街頭演説の場に出向いて大音量で発言する行為について、次のように指摘します。

「どこまでが表現の自由でどこまで選挙妨害かは個々の事例によって判断するしかなく、その線引きは本当に難しい。ただ、これまでも偶然、演説場所がかぶることはあったが、故意にやるケースが出てきた」

選挙の自由を妨害する行為について罰則を定めた公職選挙法の規定については、

「暴行や傷害などはそもそも犯罪行為だが、それを選挙に関して行った場合さらに厳しい罰則を科すものと理解できる。一方、演説がかぶっているからといって直ちに排除をすることは取り締まり機関もなかなかできない」

そのうえで、公職選挙法のあり方についてこう話していました。

「紳士的に選挙運動をやっていくという、公職選挙法の前提そのものが、現実的にかなり難しくなっている。取り締まりを強化しても、この法律を運用しているかぎり同様の行為はおそらくおこり続けると思うので、様々な法規を再点検し、時代に合うような抜本的な改革が必要だ」

ネット選挙 専門家 “背景に選挙活動の変化”

議会のデジタル化や選挙に詳しい東北大学大学院の河村和徳准教授は、“選挙妨害”をめぐり議論になっている背景にインターネットを通じた選挙活動の変化をあげています。

河村准教授は「2013年にネット選挙が解禁された時にはホームページやSNSへの投稿が中心だったが近年は動画が容易に配信できるようになった」といいます。

そして「インターネット選挙に反応しやすい都市部の選挙では、過剰や過激な発言など、他者と差別化したいために強めの言葉を使って動画に撮って拡散させるスタイルが強くなる」と指摘しています。

一方で、表現の自由の観点から活動の線引きは難しいとした上で、次のように話していました。

河村和徳准教授
「ネット選挙の解禁から10年以上たって見直す時期に来ていると思う。どうすればより良いことができるのか、誹謗中傷を含めて監視できるのか。本格的に考えなければならない。プラットフォームに対しても選挙の動画の視聴回数を収益に還元させないなどの取り組みが必要だ」

「選挙の自由妨害罪」とは?

公職選挙法では選挙の公正や候補者間の平等を確保するため、選挙運動のあり方などについて一定の制限を設けています。

このうち、候補者への暴行や演説の妨害行為などについては、公職選挙法225条で「選挙の自由妨害罪」が定められていて、違反すると、4年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金が科されることになっています。

公職選挙法225条
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき

二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀き棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき

三 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者若しくは当選人又はその関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の利害関係を利用して選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人を威迫したとき

総務省選挙課によりますと、具体的にどのような行為に違法性があるのかについては、個別のケースごとに警察が対応していくということです。

1954(昭和29)年の大阪高等裁判所の判例では、聴衆が内容を聞き取りがたくなるほど執ように発言や質問を行い、一時、演説を中止せざるをえなくした行為について選挙妨害にあたると判断しています。

候補者の場合、選挙違反で有罪が確定すると、当選が無効になり、選挙に立候補する権利が停止されることもあります。

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