逆風テスラの工場内初ロケ!中国勢にどう対抗?EVの未来は

逆風テスラの工場内初ロケ!中国勢にどう対抗?EVの未来は
これまで世界のEV市場をけん引してきたアメリカの電気自動車メーカー、テスラに急ブレーキがかかっています。2024年1月から3月までの3か月間の新車販売台数はおよそ4年ぶりに前年同期を下回りました。株価は大幅に下落し、アナリストからは「成長なき成長企業」とまで酷評されています。

一方、テスラを猛追しているのが中国のEV最大手BYD。アジアやヨーロッパでの販売を拡大しています。テスラのアメリカ・テキサス州の工場内部を日本メディアとして初取材。危機打開の戦略とEVの未来に迫ります。(アメリカ総局記者 江崎大輔・アジア総局記者 加藤ニール)

巨大工場 日本メディア初取材

急減速しているテスラ。それはなぜなのか。そして、どのような打開策を考えているのかを取材しようと本社があるアメリカ・テキサス州に向かいました。
テキサス州・オースティン東部の大通りを走っていると「テスラ・ロード」という標識がありました。そこを曲がると、壁がいつまで続くのかと思うほどの長さの巨大な建物が出現しました。
これがテスラの「ギガテキサス」です。敷地面積は1000万平方フィート、東京ドームおよそ20個分あります。テスラはアメリカ、中国、ドイツに6つの主要な工場をもっていますが、本社のあるテキサスの工場がその中でも最大です。
工場オープンの式典では、工場を縦にして、中東ドバイにある世界1高いビル、「ブルジュ・ハリファ」(828m)と比較する図を出し、その巨大さを強調していたぐらいです。
工場内に入ると、とにかく広いことに驚かされました。私が取材で入ったのは主にピックアップトラックの生産ラインでしたが、この工場はクルマだけでなく、電池の生産も行っていて、電池から車体の組み立てまで一貫生産を行っているのが特徴です。

最新車種も「生産地獄」に

ここで生産されているのは、売れ筋のSUVの「モデルY」、そしてピックアップトラックの「サイバートラック」です。ピックアップトラックというのはキャビン後方に大きな荷台があるタイプのクルマです。押し出しの強さ、そして大きな荷台があることで、さまざまなものを積むことができ、アメリカでは大人気の車種となっています。

テスラはこのピックアップトラックの分野に初めて参入し、2023年11月末からこの工場で出荷を始めています。
ほかのメーカーとは一線を画す鋭い直線のデザインが特徴で、素材にはステンレスを採用しています。CEOのイーロン・マスク氏の「未来っぽいデザインにしたい」との要望を受けて実現しました。

しかし、その新しさこそが、量産の壁として立ちはだかっています。マスク氏はこれまでも「モデル3」などの車種の量産に苦しんだ経験があり、「生産地獄」と名付けてきましたが、このサイバートラックでも同じように生産台数を増やすのに苦しんでいます。

重なるマイナス材料で株価急落

将来的には、年間25万台の生産を目指していますが、生産効率が上がらないため、会社の収益を圧迫する要因にもなっていると伝えられています。
・サイバートラックの生産効率低迷
・電池調達コストの増加
・中東情勢で輸送費上昇
・モデル3の生産台数減少
・ドイツ工場の火災
さらに、EVの肝となる電池の部材調達で想定外のコストが発生していることや、中東情勢の緊迫化による輸送費の上昇。そして売れ筋の「モデル3」の設計刷新にともない、カリフォルニア州の工場での生産台数が減少していることやドイツの工場で火災が起きて生産が一時停止したことなども収益低下につながっていると指摘されています。
こうしたことを受けてテスラの株価は大幅に下落しています。年初から4月12日までで下落率はおよそ30%。投資家はテスラの業績に疑問を投げかけています。

冒頭記したように2024年1月から3月までの世界での新車販売台数は前の年の同じ時期より8.5%少ない、38万6810台でした。前年同期割れとなるのは2020年4月から6月期以来、およそ4年ぶりという異常事態です。

テスラを猛追する中国勢

テスラを苦境におとしめている最大の要因は中国にあります。次々と新しいメーカーが参入して、EVの競争が激化、値下げを迫られているのです。
2024年3月下旬にEVの発表会を開いたのはスマートフォン大手のシャオミでした。異業種からの参入ですが、新型車「SU7」の価格はテスラの「モデル3」の24万5900元(およそ520万円)より安い21万5900元(およそ450万円)。テスラへの対抗心をあらわにしています。

ライバルBYDは電池メーカー

そして最大のライバルは中国最大手のBYDです。世界での新車販売台数で追撃を続け、とうとう2023年10月から12月までの3か月間で初めてテスラを上回り、世界トップに躍り出ました。2024年1月から3月までの3か月は再びテスラが追い抜きましたが、まさに雌雄を決するライバルとなっています。

強みとされるのは心臓部にある電池にあります。BYDはもともと、電池メーカーとして創業しました。自社で電池を安く生産できることから価格競争力があります。

さらに半導体や車体といったEVに必要な主要部品の多くを自社で手がけています。このため多くの部品メーカーと分業体制をとっている従来の自動車メーカーよりもトレンドに合わせたスピーディーな開発・生産を行うことができ、コストを抑えられる強みがあります。

東南アジアで攻勢強める

BYDはそのコスト競争力を武器に東南アジアでの攻勢を強めています。おととしには成長が見込まれるタイ市場に参入。首都バンコクにあるBYDの販売店を訪れると、平日にもかかわらず、多くの人でにぎわっていました。

タイの人たちを引き付ける理由の一つはやはり、その安さ。一番安いモデルは日本円で280万円(タイ政府の補助金込み)と、EVとしては破格の値段で販売しています。クルマを購入した人に話を聞くと、その価格やデザインに満足しているといいます。
BYDのEVを購入 40代男性
「デザインもモダンで最先端のEVといった印象だ。クルマの内装も外装もとてもかっこいい」

BYD タイに初めての工場も

さらに現地でEVを生産する体制も築こうとしています。バンコクからクルマで2時間半のタイ中部・ラヨーン県を訪ねると、広大な敷地にEVの工場を建設する工事が急ピッチで進んでいました。BYDにとって東南アジアで初めての工場となります。

2024年6月から稼働させ、年間15万台のEVを生産する計画です。東南アジア全域やオーストラリアに輸出する拠点にしようとしています。
テスラは主に中国市場で対抗するために繰り返し値下げに踏み切り、収益が悪化しています。中国メーカーの脅威について、イーロン・マスク氏は2024年1月の決算説明会で心情を吐露しています。
イーロン・マスクCEO
「私たちの一般的な見解は、中国の自動車メーカーが世界でも最も競争力があるということだ。率直に言って、関税などの貿易障壁がなければ、世界中のほとんどの自動車メーカーはつぶされてしまうだろうと私は思う」

これまで何度も苦境を経験

テスラが厳しい状況に直面するのは今回が初めてではありません。むしろ、創業以来、苦難の連続といってもいいほどです。

それでもマスク氏の強烈なリーダーシップによって危機を乗り越えてきました。長年にわたって赤字経営が続いていましたが、2020年に1年間の決算として初めて黒字に転換。株式市場で投資家からの期待を集め、企業の価値を示す時価総額はピークの2021年秋には1兆2000億ドルを超え、自動車メーカーとして世界一の規模になりました。
この原動力となったのが、売り上げに対する営業利益率です。企業のもうける力を示します。2021年1月から3月は5.7%でしたが、2021年4月から6月に利益率は二桁に。2022年の1月から3か月には19.2%にのぼりました。

日本のメーカーと比較しても、2022年度の営業利益率はトヨタ自動車は7.3%。それに対してテスラの2022年の営業利益率は16.8%と、その高さが際立ちました。
ただ、強みだった利益率も2023年に入ると、中国メーカーとの値下げ競争に巻き込まれ、2023年4月から6月期からは3期連続で1桁台が続き、足元は厳しい局面を迎えているのです。

生産性の肝:ギガプレスがカギ

この状況を打破しようと、工場内では生産性向上の取り組みが行われていました。その1つが巨大な鋳造機です。テスラは鋳造機にこだわり、「ギガプレス」と呼ばれる巨大な鋳造機をイタリアメーカーに依頼して特注でつくっていることで知られています。

自動車メーカーは一般的に、鋼材をさまざまなパーツに分けて鋳造し、組み立てて溶接するという生産工程をたどります。しかし、この「ギガプレス」によって、一気に大きなパーツを鋳造し、成型するという製造方法をとっています。これによって溶接の手間が減り、工程が簡素化するため、作業にあたる人員も少なくて済みます。これが生産効率を向上させるカギとなっています。

コスト半減の新生産方法にも挑戦

さらに今、クルマの生産方法を抜本的に変えようともしています。2023年3月の投資家向けの説明会で、次世代のEVを生産するにあたり、クルマの生産方法を抜本的に革新する考えを示しています。
生産ラインで順番に組み立てていくのではなく、モジュールごとに別々に組み立てて、最後に合体させるという方法で、「Unboxed Process」と名付けています。この生産方式が実現できれば、生産コストを半減できると主張しています。

充電インフラを自社で整備

充電設備の充実にも力を入れてます。EVの大きな弱点の1つが航続距離と電池切れの不安であることはよく知られています。
特に長距離を走る傾向が強いアメリカでは電池切れの不安はEVを買わない理由に直結します。このため自社での充電スタンドの整備を積極的に進めています。車内のタッチパネルからどこで充電できるかがすぐ分かる仕組みを提供し、顧客満足度につなげようとしています。

どうなる?低価格EV開発

次の起死回生のカギとなるのは低価格車とロボタクシーと呼ばれる自動運転タクシーの開発です。EVの需要を伸ばすには手ごろな価格のクルマが必要だとの考えから2024年1月の決算説明会でもマスク氏みずから、大衆向けの低価格EVを2025年後半にも生産を始める考えを示していました。
これについて、ロイター通信は2024年4月5日、事情に詳しい複数の関係者の情報として、低価格モデルの開発を中止したと報じました。2月下旬に多くの従業員が参加した会議の場で決定し、「マスク氏の指示はロボタクシーに全力を注ぐこと」だと伝えられたとしています。

一方、マスク氏はこの報道に対してXで「ロイターはうそをついている」と投稿し、否定しました。真偽はよく分からない状況です。

自動運転タクシーの実現は?

一方、マスク氏は同じ日に自動運転タクシーを2024年8月8日に発表するとXに投稿しました。テスラは以前から自動運転走行の実用化を目標と掲げてきましたが、この分野については足踏みしています。

また、完全自動走行のタクシーについてはアメリカではアルファベット傘下のウェイモが展開しているものの、GMクルーズは歩行者をはねる事故が起きたことをきっかけにサービスを停止し、実用化は大きくは進んでいません。テスラがどのようなサービスを始めるのかは、大きな注目点です。

テスラ 戦い方をシフト?

テスラは今の苦境を乗り越えることができるのか。自動車産業に詳しい伊藤忠総研の深尾三四郎さんは、中国メーカーは、今後も低価格戦略を緩めることはないだろうと指摘します。

これに対して、テスラは自動運転などのデジタル技術を使ったサービスにより軸足を移していくのではないかと見ています。
伊藤忠総研 深尾三四郎 上席主任研究員
「クルマがスマートフォンのようにデジタルプロダクトになっていく中、自動運転が実現すれば、安心安全に向けたソフトウエア開発やエンターテインメントの提供に課金するビジネスに移行していく。また充電インフラを整備することでEVに必要な再生可能エネルギーを提供するビジネスにつながっていく。中国EVが安値攻勢をかける中、クルマを作るだけでなく蓄積したデータやデジタル技術などを使って、走っているEVからどれだけ稼いでいくのかというビジネスに戦い方を変えようとしているのではないか」

EV需要の伸びの鈍化 どうなる?

気がかりなのは世界のEV市場の需要の伸びの鈍化です。調査会社カナリスは、2024年1月に発表したレポートで、世界のEV市場の2024年の成長率を27%と予測しています。これは2021年の105%、2022年の57%、2023年の29%と比べると、伸びてはいるものの、伸びは鈍る見通しです。

伸びが鈍化している要因として、たとえばアメリカでは、環境意識の高い人や、いわゆるアーリーアダプターと呼ばれる流行に敏感な新しもの好きな人たちの購入が一巡したことが指摘されています。環境政策が専門のコロンビア大学スティーブン・コーエン教授は次のように述べています。
コロンビア大学 スティーブン・コーエン教授
「私はいつも新しいiPhoneと比較する。何人かの人々は最新モデルを手に入れるために前夜から並んでいる。EVは最初の興奮から平均的な消費者が外にでて購入する時期までのあいだの小康状態にあると思う」
EV普及というビジョンを掲げ、あくなき挑戦を続けるテスラと、安価なEVで猛追する中国メーカー。その競争の行方は、世界のEV市場の未来を左右することになりそうです。

(4月16日 おはよう日本で放送)
アメリカ総局記者
江崎大輔
2003年入局
宮崎局、経済部、高松局を経て現所属
アジア総局記者
加藤ニール
2010年入局
静岡局 大阪局 経済部を経て現所属