おにぎり1つにトラック20台!物流2024年問題 暮らしへの影響は

おにぎり1つにトラック20台!物流2024年問題 暮らしへの影響は
今月からトラックドライバーに時間外労働の上限規制が適用され、輸送力不足が懸念される「物流の2024年問題」がいよいよ現実のものとなりつつあります。

小売店で売っているおにぎり1つとっても、店頭に並ぶまでに関わっているトラックは20台。物流業界が大きく変わろうとする中、暮らしにどういった影響があるのでしょうか?そして、私たちが意識すべきこととは?(大阪放送局 國村恵ディレクター・報道局経済部 樽野章記者)

おにぎりがわたしの元に届くまで…

ここに都内で販売しているおにぎりがあります。具の昆布は北海道の日高地方産。のりは佐賀県産。米は関東甲信地方産です。

この1つのおにぎりが店頭に並ぶまでにどれだけのトラックが関わっているのでしょうか。その一例を見てみます。
まず、昆布。日高地方で1台目のトラックに積み込まれ日本海側の小樽港まで運搬。小樽港からフェリーで新潟港まで運ばれたあと2台目のトラックに。そこから関東に運ばれるかと思いきや、トラックは一路西に向かいます。向かった先は600キロ離れた兵庫県西宮市の工場です。

ここで加工されたあと、3台目のトラックに載せられ500キロ以上離れた千葉県船橋市で包装や箱詰めが行われ、その後、さらに3台のトラックで物流センターなどを経由し、計6台のトラックが関わります。
佐賀県産ののりも1000キロ以上離れた神奈川県の工場まで計8台のトラックで輸送。米は関東甲信地方の生産農家から4台のトラックが関わります。

すべての材料が神奈川県の工場に集められ、おにぎりが完成したあとも、さらに2台のトラックを経由して店頭に運ばれます。すべての材料の輸送や加工の過程をあわせると、おにぎり1つとっても私たちの手元に届くまでに合計20台のトラックが関わっているのです。

こうしたことはおにぎりに限ったことではありません。トラック輸送は経済・暮らしを支える動脈とも言える存在です。2021年度の国内の輸送量42億5000万トンの実に9割をトラック輸送が占めています。
そのトラック輸送が今、いま大きな転換点を迎えています。背景にあるのが「物流の2024年問題」です。これまでトラックドライバーの時間外労働は事実上規制がありませんでしたが、今月1日から年間960時間に制限されることになったのです。トラックドライバーの健康を守るための措置ですが、これに伴う輸送量の減少が懸念されています。

民間のシンクタンク「NX総合研究所」は「何も対策をとらなければ、今年度の輸送能力は2019年度に比べて14%不足する可能性がある」という試算をまとめています。

トラック業界は長年、ドライバーの長時間労働に依存してきましたが、今、ドライバーの労働時間削減と輸送能力確保の両立という難題の解決を迫られているのです。

遠い消費地、労働時間をどう削る?

その大きな影響を受けるとみられるのが生鮮食品です。鮮度が重視されることから、輸送の遅れが品質に影響を与えかねません。特に大消費地から遠い地域で、対応に苦慮しています。
その1つ、全国有数の養殖ブリの生産地、大分県・佐伯市。年間1万トン以上が水揚げされ、東京や大阪などに出荷されています。

佐伯市から東京の豊洲市場までブリを運ぶトラックに同乗させてもらいました。運転するのは長距離トラックドライバー歴30年の植村富士雄さんです。植村さんが働く会社は、先月から拘束時間を短くするためある工夫を取り入れました。「リレー輸送」と呼ばれる手法です。
これまでは植村さんが午前8時に出勤し、東京への出発前に市内の港を回ってブリを集荷していました。しかし、先月からこの作業はほかのドライバーが担当しています。

植村さんは午後1時に出勤し、集荷されたブリをバトンタッチする形で東京へ出発します。これで労働時間をこれまでよりも5時間短縮できます。そして、出発後に向かった先は大分県内のフェリー乗り場。愛媛までの2時間20分はフェリー移動に切り替え、その間は休憩をとることで合計7時間20分、労働時間を短縮しています。
フェリーで四国上陸後、愛媛県を出発した植村さんは、4時間ごとに休憩を挟みながら午後11時半に京都を通過。その日は1日の拘束時間が上限の15時間に達する前の午前3時すぎに仮眠をとり、翌日午後の指定時刻までに豊洲市場に無事ブリを届けました。

ただ、こうした手法もドライバーにとっていいことばかりではないようです。植村さんが懸念しているのが労働時間の削減による“給与への影響”です。時間外労働の上限が設けられることで植村さんの給与は単純計算で月額10万円以上減るといいます。
植村富士雄さん
「自分が走りたいと思っても走れなくなったら、今もらっている給料より下がるようになる。そうなると、長距離でなくて短距離のトラックに乗ろうかなとか思うよね。手取りが安くなったら長距離トライバーでいる意味がない」
一方で、この運送会社にとっても「リレー輸送」を維持していくのは簡単なことではありません。ドライバーの確保と増えるコストが課題となっているのです。リレー輸送を続けるには新たにドライバーを2人増やす必要がありますが、人手不足が深刻化する中、募集をかけても思うように集まりません。その上、新たにドライバーを雇用した場合、人件費などで月に30万円以上コストが増えると見込まれていて、増えるコストをどう賄うかに頭を悩ませています。
運送会社ポートラインサービス 土井克也社長
「コストの上昇分は自社で負担をしているので、今後、どのように負担している分を補っていくのか。これだけ経費が上がってしまうと大変厳しい」

業種間連携で効率輸送を

従来のような物流を維持できない可能性もある中、荷主側も動き始めています。その1つがライバルや異業種との連携です。
コンビニ大手のローソンとファミリーマートは今月から東北の一部地域でアイスクリームや冷凍食品などの輸送を共同で始めています。宮城県と岩手県にあるそれぞれの拠点から、秋田県の配送拠点まで1台のトラックで、双方の商品を運びます。

また、ローソンは食事宅配サービスを手がけるワタミとの連携も始めています。去年12月から弁当などの配送を1日3回から2回に減らす対応を進めていますが、これで生じたトラックの空き時間を活用し、ワタミの商品を配送するということです。

実はトラック輸送のムダは、これまでも指摘されてきました。積載能力に対して実際にどれだけの荷物を積んだかを示す積載率は平均で4割程度にとどまっていて、業界では「6割は空気を運んでいる」とやゆされてきました。

輸送能力の不足が懸念される中、ライバルや異業種による連携によって積載率を引き上げようという動きは、2024年問題の解決に向けた取り組みの1つとして注目されています。

“当たり前”を変えていこう

業界の“当たり前”を変えようという試みも始まっています。関東と関西におよそ300店舗を展開する大手スーパーのライフです。
先月、営業開始直後の店舗を訪れてみると空の棚がちらほら見受けられました。実はこれがライフの新たな試みです。これまでは、開店前にすべての棚の商品を補充するのが当たり前の商慣習となっていました。このため、朝運ばなければいけない商品が多い日は追加のトラックを依頼することも珍しくなく、それが運送事業者の負担になっていました。

そこで去年の秋から開店前の追加便を原則中止。鮮度の問われるもの以外の商品については、早朝便に載りきらない場合、余裕のある昼の便に回すことにしたのです。この結果、会社全体で1日80便近くのトラックを減らすことができたということです。
これによって棚に欠品が生じて販売機会を損失したり、店員が昼の時間帯に品だしの作業に追われてレジが混雑したりするといったデメリットも生じました。それでも、このスーパーでは、持続可能な物流を実現していくためにこうした取り組みを続けていかなければならないとしています。
ライフ東淡路店 野本大輔店長
「欠品はわれわれとしては恥ずかしいという思いがありますが、ドライバー不足やトラックの問題で運送ができなくなるのであれば、今までとは違う方法でお客様に商品を提供することが必要だと思います」。

専門家“1人1人が小さな心がけを”

小売りの現場で変化が生まれつつある中、私たちはこの問題にどう向き合えばいいのでしょうか。物流業界に詳しい、流通経済大学の矢野裕児教授は「1人1人の小さな心がけが大事になってくる」と指摘します。
流通経済大学 矢野裕児教授
「これまでは、消費者が『早く・安く』を求める中で、企業がそれに応えようとしてひずみが生まれてきた。早く、安く、そしていつでも種類が豊富という生活が当たり前となっているが、今後は少しの不便を受け入れないといけない時代になってくるのではないか。私たち1人1人の小さな心がけが物流業界を持続可能な形に変えていく力になる」

わたしたちにできることは何か

わたしたちにできること(矢野教授によると)
▽もしいつも買っている商品がなくても、他のメーカーの商品に▽置き配を活用する▽再配達はしなくてすむよう時間指定などを活用▽「その便利」が本当に必要なことなのかを立ち止まって考える

私たち消費者は?

物流業界では荷主の力が非常に強く、これまではいかに安く、早く届けられるかが求められ続けてきましたが、そこにはドライバーの長時間労働に依存した構造がありました。

その構造を改める過程では、単純に早さを求めてきたサービスの質を見直すことも必要ですし、増える運送コストは誰かが負担をしなければなりません。

これまで「恥ずかしい」と考えていた欠品を許容するなど、意識を変え、実行に移す企業も出始めています。

次は、私たち消費者がこの問題をどう受け止めるのかが持続可能な物流網を実現していくためのカギになるのではないでしょうか。(4月15日「クローズアップ現代」で放送)
経済部記者
樽野 章
2012年入局
福島放送局を経て2020年から現所属
国土交通省を担当
大阪放送局ディレクター
國村 恵
2020年入局
好きなおにぎりの具はめんたいこ