紀行

2017.10.29 放送

静岡県島田市

お気に入りに追加

駿河・遠江をめぐり、徳川と武田が、攻防を繰り広げたこの地に、諏訪原城がありました。武田勝頼が遠江侵攻の前線拠点として築城したといわれています。深い堀と断崖に守られたこの山城は、家康により攻め落とされ、徳川の城となります。この時、今川氏真が諏訪原城攻めに徳川軍として従軍していたと伝わっています。
戦国大名としての今川家が滅亡した後、家康の庇護(ひご)を受けていた氏真は、城番としてこの城の警固を任されました。

この頃、氏真が詠んだと思われる和歌があります。
「となへ聞仏の御名は身につみし つみのやとりにすゝやなるらん」
念仏と鈴の音に、戦国の世に生きる罪深い我が身が洗われるようだ、と歌ったと考えられます。剃髪し、宗誾(そうぎん)と名乗るようになった氏真。1年足らずで城番を解任されると、その後は文化人として、戦国時代を生き抜いていくこととなるのです。

諏訪原城跡- 静岡県島田市 -

アクセス
JR「金谷」下車 徒歩30分

もどる