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正体の見えないところが面白い![南渓和尚役・小林薫さん]

南渓らしさを多面的に

南渓については、前もって「こうだ」ということをあまり決めずに入りました。実際に撮影に入ると、時代劇で使われる口調はあまりなく、共演者の方たちもかなりナチュラルに話していたので、どう演じていこうかと本当に手探り状態でした。僕はドラマというのは“嘘(うそ)”も必要だと思っているのですが、その加減が難しいんですよね。見ている方が不愉快に思ったり、出演者がふざけていると思ってしまったら、演じ方を抑えなければいけない。たとえば、幼いおとわを試そうとしているセリフなら、その思いがより伝わるような言い回しにしたほうがいいと思うので、監督と相談をして、多少言い方を変えたり、付け足したりと、その加減を探りながら演じています。

南渓のセリフには、なぞなぞのような問答もあります。「答えは一つとは限らぬ、まだまだあるかもしれないぞ」というセリフを見たときには、南渓像についても同じことが言えると思いました。こんな一面もあればこういう一面もある。多面的に見せたほうが南渓らしくていいのかなと思いました。非常につかみどころのない人物なので、見ている人が南渓の言葉を聞いて「えっ?どっちなの?」と思うことが多少あってもいい。そんな読めない役というのは演じる側としてはすごく面白いですね。

直虎は運命の子

周りを大きな国に囲まれた小さな国“井伊谷”は、戦国で生き延びるために苦労し悲惨な目にあったけれど、それでも生き抜いてきたお話です。今でいう大企業と中小企業などに通じるところがあると思います。天下統一するという大きなドラマを持った人物よりも、周りの人たちに翻弄(ほんろう)されて生きているという意味では、見ている人たちにとっても身近なテーマの話であり、通じるものがあると思います。

直虎について思うこと。これはたとえですが、同じレベルのプロ野球選手でもスター選手という人がいて、真似しようとしても真似できなかったりする。誰でも頑張ったらスターになれるわけではないんですね。やはりそういう人物は、持って生まれた天性のものがあると思います。直虎もそういう運命を背負って出てきた子どもだと感じます。南渓も直虎の幼いころにその資質を感じ、神がかり的な運命の子と見ていると思います。

そしてそういうスター選手になるには、その資質を見ぬくコーチのような存在も必要です。コーチに見る目がなければスター選手も二軍でくすぶっている可能性があるわけですから、資質を見て手助けし、大きなことを考えるというよりは、現実的なことを考えながら、スター選手になるまで育てられる人が必要ではないでしょうか。直虎にとって南渓はそのコーチだったのかなと。

そういう意味で印象的だったのは、おとわを今川家の人質に出さなければいけないという問題が起きたシーンです。南渓はおとわの出家を今川に認めさせることで、人質にならないようにと画策しますが、結局、まだ小さいおとわが今川の門をくぐって中に入っていくところを外から見送るしかなかった。しかし並みの子であれば、今川という大きな集団に飲み込まれて当然なのに、おとわはひとりで今川に立ち向かい、出家を許されて出てきました。それは本当に奇跡的なことで、南渓が驚いておとわを迎えるシーンは、その奇跡が象徴的に描かれていると思いました。

南渓の正体は…

南渓は酔っぱらって、なにを言っているのかわからないような人でもあります。謎かけを子どもたちにしたと思ったら、パッと消えてしまったり(笑)。でも、そんな南渓が住職を務める龍潭寺は武装集団でもあるんです。少林寺のように武術も教えているので、そういう人たちがおとわを中心とした井伊家の影となり、おとわを守っているのでしょう。フッと現れておとわを助けたり、おとわが「あれ?」と思うようなことを起こしているのは南渓を中心とした僧侶たちなのだと思います。おとわには「竜宮小僧が守っている」というように話をしていますけどね(笑)。でもそうやって酔っ払いながらも、運命の予知のようなこともしている南渓という人物は非常におもしろいと思います。もしかしたら南渓を通して本当に誰かほかの人がしゃべっていて、南渓は実際には何も考えていないのかもしれない。そう思うとまた面白いですね(笑)。