2008年05月18日 (日)いや~うれしいもんだねっす
「三つのたまご」にたくさんの反応があって。
僕のブログにはあまりコメント来てないけど(笑)
結構「んだ辞苑」への投稿とメールを全国からいただきました。
常連の方はもうご存じだと思いますが、藤田さんのブログに投稿すると、比較的早く話が広がります。藤田さんは非常にまじめなので、ちゃんとした回答も書いてますね。(また、僕のブログからみなさんが離れていく・・・)
まあ、それはさておき、今回、皆さんからいただいたメールを見ていて感じたのですが、東京以外にも全国さまざまなところに山形県人がお住まいなのですね。
それって、おもしゃいんねがず!と思った次第です。
僕は高校卒業後の進路を考えるときに、東京・仙台・山形の三つしか選択肢を自分の中に持っていなかった気がする。でも、アナウンサーになって、青森に住み、仙台・神戸・名古屋・東京と転勤し、さらに出張でほぼ日本全国に行きました。(四国はないんですけどね)その土地その土地の歴史や面白さ、食べ物、習慣、言葉・・・「星の王子、ニューヨークに行く」って映画がありましたけど、「山形人、@@に行く(暮らす、でもいいですね)」って感じで、みなさんの経験をここで話したら面白いんじゃないですかねえ。もし、山形の高校生がみんなの話を聞いて、いろんな土地に興味を持つようになったら、いぐないっすか?
別に形はどうでもいいと思うんですよ。勝手気ままにいろんな土地での体験を語る。いいんじゃないかなあ。できれば、「こんないいところだよ」とか前向きな感じで。
もちろん、県内の様々な違いについて、ていうのも面白いですよね。
じゃ、まず、僕が驚いた話。@長崎。(県です。中山町ではありません)
「長崎皿うどん」ってみなさんごぞんじですよね?多くの方はかりかりの細めんにあんがかかったものをイメージしません?僕はそれしか知らなかったんですよ。でもね、長崎には「皿うどん(太麺)」っていうのがあったんですよ。ちゃんぽんの麺みたいな太いやつ。で、周囲を見渡すとそれにソースをかけて食べているのですよ。さらに何人かは白飯も。結構なボリュームなのに!
味?美味かったですよ。でも山形じゃ食べられないんだよなあ。
あまり反応がない場合は、これでこのシリーズを終了します。
もう少し中身のある話もあるんですけどね・・・。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:20:09
コメント
山形以外は仙台でしか暮らしたことのない私にとって
柴田さんに食らいついてもらえる"ネタ"はあまり持ち合わせません・・・。
30歳の時、自分をニュートラルにしたくて一ヶ月間、1人オーストラリアを縦断しました。
一泊¥500くらいのYH(ユースホステル)の大部屋に泊まり
つたない英語で自分の気持ちを、言いたい事を伝える。
なんて難しいんでしょう。
自分から「外国人」の輪の中に飛び込んでいく勇気。
「日本の山形から来た」と伝えた後の
「山形ってどこ?」
「山形って何があるの?」
自分の知ってる英単語って、なんて少ないんでしょう。
それよりも、私は自分の住む町の事をどれ程知り
それをどれほど誇りに思っているのでしょうか。
以前 Beginの歌詞で柴田さんが触れた事と全く同じ思いをしてました。
伝わらない悔しさ、情けなさにベットの毛布に包まって泣いちゃった夜もあったし
オーストラリア人から見たら「外国人」の私・・・がつらくて
接するのを拒み、1人殻に閉じこもった日もありました。
気持ちを切り替えて、ケアンズでイタリア人系の
パーティーに誘ってもらった時の事です。
その名も「栗パーティー」
中華鍋を巨大化したもので、大量の栗を炒るんです。
それを"つまみ"にしながらワインやコーラをラッパ飲み。
栗以外の食べ物もあったと思うけど、私だけ日本人という
"いっぱいいっぱい"状態で・・・今となってはもう思い出せません。
あの一ヶ月は私の人生できっとこれからも№1の経験であり続けるでしょう。
今日はこれから「日本人」であること。
「山形県人」であることを少し考えてみたいと思います。
60歳の「元気なおばさん」になった時
またバッパー(バックパッカー)みたいな旅をしたいと思っているので
その時、胸を張って言えるようにね!!
投稿日時:2008年05月19日 09:33 | 米沢のあべちょん
どごまでも、柴田さんについでいぐがら、心配しねでナイ。
私は、学生時代を関西ですごし、その後、東京で暮らして、
今は故郷に帰ってきています。
関西で盛り上がったことのひとつ。
てんぷらに何をつけて食べるか!でした。
しょうゆ派とソース派に分かれました。
私は、もちろんしょうゆ派でしたが、
神戸の友達はぜったいソースだと言い張りました。
「なんで、てんぷらにソースなんだべ!信じらんにぃ~」
という私の心の声は、
圧倒的はソース派の声にかき消されてしまいました。
狭いようで、広い日本を痛感したときでした。
投稿日時:2008年05月19日 13:21 | 雪うさぎ
一回でやめらんなねがど、おもったっけは。
あるよね。外国人に「日本について」聞かれること。
大学の時、同じ研究室の中国人留学生に日中の歴史について聞いてほしいことがある、って言われたことがあった。結局時間が合わずに流れてしまったんだけど、きっと何も僕は言えなかったと思う。
初めての海外出張、シンガポールのバーでベルギー人と意気投合して、日本の産業について聞かれたこともありました。英語力の問題もあって、うまく話せなかったですね。音楽の話では盛り上がりましたけど。
天ぷらにソース・・・あったかもしれない。僕も神戸に3年住んでいたので、安い居酒屋みたいな店で、冷えた天ぷらにウスターソースってやったような記憶がかすかに。
神戸は好きな街でしたね。三宮から元町へ高架下の商店街を歩いて、中華街・南京町に入って、旧居留地からメリケンパークへ抜ける、何を買うでもなく、ただ歩くことが楽しかった。仕事が難しくなる年代で、悩んだことばかりが思い出されますが、それでもあの街並みをまた歩きたいと思います。
思えば東北を離れて最初に暮らした街なんですよね。もしいま高校3年生だったら、どうせ故郷を離れるのなら、神戸の大学を真剣に考えるかもしれない。
「大学で学ぶということ」については後日また書きたいと思います。
投稿日時:2008年05月19日 16:33 | しばた
はじめまして。
私は東京生まれの広島育ちで,
社会人になってから福岡→東京・千葉→山形と転勤してきた者なので,
山形弁が話せず,「なまらナイト」では肩身の狭い思いをしてるのですが,
去年4月に山形に来て以来,「ニュースアイ」を欠かさず録画して見ていて,山形についてはかなり詳しくなりました。
山形に赴任すると決まったとき,
ほとんどの人が僕に「さくらんぼ」「米沢牛」の二つを話題に挙げていましたが,
来てみて,その二つよりも僕にとって魅力的なものがたくさんあることが分かりました。
あと2年ほどで山形を去ることになりますが,
そのときには,山形の人たちに外から見た山形の魅力をたくさん伝えたいと思っています。
…って,話題が少しズレてしまいました。すみませんです。
投稿日時:2008年05月19日 23:25 | ひろむし







