2012年01月13日 (金)来てるのか?
昨日のブログで「俺ばスキーさちぇでってけろ」について書きましたところ、
今朝の「あさイチ」に原田知世さんが、
昼の「スタジオパークからこんにちは」に三上博史さんが出てるじゃあ~りませんか。
来てるなあ。と思った次第でありました。
番組について、もう少し詳しく「あがらっしゃい!」の方に書いてありますので、
見てくださいね。
先日蔵王で撮った写真も載せましたが、
僕がマシュマロマンみたいに写ってます。
おかしいなあ。
昨日のブログで「俺ばスキーさちぇでってけろ」について書きましたところ、
今朝の「あさイチ」に原田知世さんが、
昼の「スタジオパークからこんにちは」に三上博史さんが出てるじゃあ~りませんか。
来てるなあ。と思った次第でありました。
番組について、もう少し詳しく「あがらっしゃい!」の方に書いてありますので、
見てくださいね。
先日蔵王で撮った写真も載せましたが、
僕がマシュマロマンみたいに写ってます。
おかしいなあ。
2月は「なまらナイト」関連番組2本オンエアです。
一つは「なまらナイトon Campus」。
前回の「文化祭」のときに、山大&米短とのコラボ企画を放送しましたが、
第3弾として、東北公益文科大学の学生有志との企画に加え、
「阿部美佳&柴田徹のなまらナイト誕生5周年、なんで俺たち始めたんだっけ?」
的な、んだんだトークをお送りします。
30分ぐらいのテレビ番組です。放送日・時間はまた後日。
それから2月25日、
ラジオ第一放送で「なまらナイト@蔵王~俺ばスキーさちぇでってけろ~」を
蔵王温泉スキー場からお送りします。
ずげ、詳しい情報は載せますんで。
スキーが最高のレジャーだったあの頃、
リフト待ち20分でも楽しかったあの頃、
女の子がみんな原田知世気取りだったあの頃の音楽とともに、
ゲレンデを盛り上げるんだべした。ただし山形弁で。
まだちょっと先なんで、詳しい内容は決まってないんですが、
聞きたい曲などありましたら、どうぞゆってけらっしゃい。
zooとか、WANDSとか、大黒摩季とか、広瀬香美とか、横山輝一とか、L-Rとか、
僕の棚にあるものだけでなく(笑)、皆さんのリクエストにも応えますよん。
「よかった」と言ってくださる方がありましたので、
オンエアに至るまでのあれこれについて書きます。
不評だったら、忘れようと思っていたんですが(笑)
以前もこのブログに書きましたが、
僕が朗読の仕事を担当するのは初めてでした。
誰にやれと言われたわけでもなく、僕が「やりたい」と手を挙げたのです。
この話が来たのはちょうど人事異動が終わったころで、
副部長から専門職に変わったことで、
「何か、自ら挑まなきゃ」って思ったんですね。
手元に小さなICレコーダーがあります。
中には8月初めに東京で研修を受けた時のへったくそな朗読が入ってます。
ほんとに、へったくそです。悲しいぐらい。
オンエアを聴いて、「ああ、よくここまで上手くなったな」って思いましたもん(笑)
そのへったくそに5時間も付き合ってくれたのは、
「ことばおじさん」の梅津正樹アナウンサー。
教えることはもちろん、5時間も下手な朗読を聴いてくださるって大変ですよ。
感謝してます。
窓口になって、録音に付き合ってくれたのは仙台の金子哲也アナウンサー。
まあ、後輩だからいいか(笑)
何人か東北から希望者がいた中で僕を選んでくれたのは
仙台の羽塚部長。若いころ一緒に仙台で勤務してました。
技術の石倉さんも、効果の佐藤大ちゃんもかつて仙台で顔を合わせていた人たち。
リラックスして読むことができました。
感謝してます。
「お父さんのバックドロップ」は東京勤務になって最初に観た映画でもありました。
いまはなくなってしまった渋谷の小さな映画館で、
お客さんもまばらでした。
以前も書きましたが、その頃僕はスポーツ実況の現場から離れることになり、
少なからずへこんでいた時期です。
そして、僕自身父親になったばかりの頃でした。
…泣いたっけなあ。思いっきり泣いた。
そんで、その足で主題歌のCD買ったんですよね。
僕にとって大切な作品が、またもっと大切な作品になりました。
聴いてくださった方、ありがとう。
実は、昨日ようやく、例の朗読の収録が終わりました。
いくつかの修正や編集をして、効果音を入れて、放送用の完成型となったのです。
最初は、「お、なかなか俺やるじゃん」とか思うんですけど、
何回か試聴すると「ここはもう少し…」とかね(笑)、
気になるところが出てくるんですよ。
で、そこだけ録り直すと声のトーンが違ったりして、
「はい、じゃあこのパート、4ページ録り直し~」なんてことになるんですねえ。
ホント、お時間の許す方はお聞きいただければ幸いです。
「お父さん」って、かっこ悪くて、独りよがりで、子供の気持ちなんかわからなくて…
でもね、「君にだけは」認めてほしいんだ。言ってほしいんだ。
「お父さんが、僕のお父さんだよ」ってね。
そんな思いを込めたつもりです。
伝わるといいな。
前にも書きましたけどね。
様々な手続きも終わりまして、番組のHPにもアップされましたので、
ここでも公開いたします。
まず番組は毎週土曜日の朝、ラジオ第一で放送している「ラジオ文芸館」です。
40分間、音楽や効果音とともに一人のアナウンサーが朗読をするものです。
私の担当は9月10日で、選んだ本は…
中島らも作 「お父さんのバックドロップ」です。
文芸館では割と異色ですけどね、大好きな作品なんです。
43歳(いまの僕の歳です)のプロレスラーが、
「お父さんは尊敬できない」という息子に自分を認めさせたいと、
命をかけて無謀な勝負に挑み…
という内容なのですが、
なんかね、なんだろうなあ、
不器用なほどの真っ直ぐさ、って
どうにもこうにも愛おしいんですよね。
僕はそれなりに小賢しくなって、
衝突を避けたり、「大人の判断」をしたりするんだけれども、
ずっとどこかに持ち続けている、持ち続けていたいと思ってるものが、
この作品の中にはあるんです。
それをどこまでお伝えできるか、
収録のその日までいっぱい考えて、
自分の声を探して、
頑張ってみます。
放送は9月10日 午前8時5分~ ラジオ第一放送です。
汗がとまらない。
今日は久しぶりに朝から気温が上がっているのももちろんだけど、
これから挑むものへの緊張感もあるかもしれない。
ラジオの朗読番組に挑戦することになりました。
で、明日一日、東京でみっちりと指導をいただいてきます。
「22年もアナウンサーをやってて、何をいまさら」とおっしゃるかもしれませんが、
朗読はこれまでやったことがありません。
「今のおれに作品を表現する力はない」と避けてきたところもあります。
だけど、いま挑戦しなかったら、もう機会はないかもしれない。
挑むことのできる幸せから逃げちゃいけないな、って。
何度も声を出して読んでみたけれど、
大好きな作品のイメージに近づかない。
なんでわざわざ苦手なものに取り組んでんだ?おれ(笑)
近々作品と放送日をお伝えできると思います。
自分が感じたものに、表現が追いつけるか、
全然自信はないですけど。
みっともなくてもいいや、やれるだけやろう。
番組のお知らせです。
「なまらナイトジュニア!」が無くなり、「何かせねば」と思う私、
決断をいたしました。
新しいラジオ番組を立ち上げます。
やっぱり「なまらナイト」の原点はラジオですし、
震災による停電の際に、ラジオの存在意義を再確認していただいたことを踏まえ、
今月、第一回の放送を、します!!まあ、2回目はないがもすんねげんとよ。
タイトルは
「なまら親方のつぶやきラジオ」
ずっと、僕がぶつぶつ独り言をつぶやくという画期的な番組です。
...んだわげないべず。
何か気になる、どうしてもみんなに話しておきたいことや思いを、
ラジオを通してお伝えし、共有できたら。
そんな思いを込めた番組です。
放送日は6月22日(水) 20:05~21:30(中断Nあり)
「なまら親方のつぶやきラジオ~落合スポーツセンターの3ヶ月~」
県内最大の避難所となった落合スポーツセンターでの、
福島からの避難者と、ボランティアの山形人との交流、
似た方言を持つ僕たちだからわかりあえたこと、
知らなかった隣人と過ごした日々の中の発見、
この3ヶ月避難所に関わった人々の声を通して、
「これから」の僕たちの歩いていくべき道のヒントが見つかればいいな、
そう思っています。
この番組は、山形県内だけでなく、福島の皆さんにもお聞きいただけます。
できるだけ多くの方の声をご紹介したいと考えています。
メール・FAXもお寄せいただきたいと思っています。
詳しくはHPで随時お伝えしていきます。
気持を緩めるつもりはありません。
これから、何をするべきか、
日々変わる状況の中で、僕たちの仕事は難しくなっていくことを
これまでの経験から、少しは理解しているつもりです。
地震が起きた直後のラジオ放送について皆さんからいただいたコメントを、
今日アップしました。
ほんの少しでも皆さんの力になれたのなら、よかったです。
災害時のラジオ放送について、僕には苦い思い出があります。
平成3年9月28日、台風19号が
当時僕が勤務していた青森県に甚大な被害をもたらしました。
特産のりんごのうち、収穫を目前に控えていた主力品種のふじが壊滅的な被害を受け、
人生が変わってしまった人も少なくありませんでした。
僕はその日の朝、台風の接近に備えて
日本海側の鰺ヶ沢町で中継を担当していました。
まさに台風が最接近した時間、
上空には真っ青な青空がまん丸く広がったのです。
「台風の目」でした。
その時少し離れた浪岡町や弘前市で大きな被害が出ていることに気づきもしませんでした。
中継を終え、翌日の全国ゲートボール選手権(初めての全国放送でした)収録のため、
弘前のホテルに入りました。停電していました。
数日後、停電は県内の広い範囲に及び、
多くの県民がラジオに情報を求めていたことを知りました。
地元の青森放送は夜通しラジオで停電の状況について伝えていたのです。
放送を出したか出さなかったかの前に、
僕は人々がラジオに情報を求めていることを想像できなかった。
人の役に立ちたいと思ってアナウンサーになったのに、
困っている地元の人々の行動を想像することすらできなかったのです。
それから20年が過ぎて、先日の地震。
被害の状況がある程度飲み込めたところで、
僕の頭はラジオのことを考え、
伝えられることを精いっぱい伝えました。
アナウンサーなんて名ばかりの、
思慮の浅い若造を見守ってくれた青森の皆さん、
本当にありがとう。
20年経って、少しだけ視聴者の役に立てたみたいです。
多くの方から励ましのメッセージをいただいています。
ただ、いまは災害の渦中であり、
私自身果たさなければならない役割はまだまだこれからだと思っています。
掲載を遠慮させていただいていること、ご容赦ください。
ただ、本当に皆さんの言葉に勇気づけられていることを、
お伝えしたいと存じます。
力不足は承知のうえで、
それでも何かの役に立ちたいと、
ラジオを中心に山形の皆様へ向けた情報をお伝えしています。
大人がしっかりしなければ、子どもたちは動揺し、振り回されます。
情報はしっかりと確認したうえで、
一人一人が自分の言葉に責任を持つことが大切なときです。
昨夜はたくさんのお便りありがとうございました。
唯ちゃんのおかげか、桜井先生のおかげか、
初めて聴いてくださった方も多かったようで、
うれしいです!
皆さんからのお便りは「あがらっしゃい!」にアップされてますので、
ご覧ください。
番組終了後、桜井先生の講義を深夜まで聴いたので、
眠たいです。
明日は早朝の担当です。
明日はなまらない。
と。
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