2008年6月

1969年のドラッグレース


今日で6月が終わり、今年も残すところあと半年ですね。

ふう。

職場の大先輩が「あ~あ、半分終わりか。いやになっちゃうね」としみじみ。

与えられた時間はみんなにとって同じスピードで流れているんですけどね。

時間軸における自分の立ち位置で、感じ方は随分違いますよね。

 

今回のタイトルは大滝詠一さんの20数年前のアルバム「EACH TIME」の中の一曲です。その中にこんな歌詞があります。

君が言うほど時間が無限になかったことも今ではよく知ってる
だけどレースはまだ終わりじゃないさ ゴールは霧の向こうさ

この歌詞がいま心に沁みるんですねえ。

昔ばあちゃんがよく言ってたっけ。
「ついこないだ正月きたと思ったら、もう年末かあ」

わがらなくも、ない。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:14:03 | カテゴリ:Back to 80's | 固定リンク
コメント(0)

なまらナイト活性化計画


先日の放送も、皆さんのメールやFAXによって大変盛り上がったわけですが、欲張りな私はもう「これから」のことを考え始めています。

で、思いつきなんですけど、「世代別なまらナイト」「ジャンル別なまらナイト」とかどうですかねえ。

「なまらナイトR-35」「なまらナイトU-18」、男の本音で綴られる「なまらナイト男祭り」、ガーデニングなどちょっとした暮らしのヒントをお伝えする「生活ほっとなまらナイト」、山形の朝を彩る「おはようなまらナイト」(それはおかしいべ・・・)などなど。

より多くの人に「なまらナイト」に参加していただきたいし、「おれもしゃべっだい~」と若い世代の人たちにも思ってもらえたらいいかな、と。

とはいうものの、次の放送日はまだ全然決まってませ~ん。

ということで皆さんからのアイデアも無期限で募集します。よろしく~。

おもしゃいアイデアが来れば、それで・・・

 

やっかもすんねし、やんねがもすんね。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:18:00 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(2)

なまらナイトの柴田さん


最近街なかでそんな風に呼ばれることがあります。

番組はラジオで5回、テレビで1回放送しただけなので、実際の番組の中の僕の姿を目にした人はそんなに多くないはずで、お知らせスポットや新聞など様々な媒体で目にしたことも含め、僕とセットにして覚えていていただいているのでしょう。

ありがたいことです。ただのさえないおっさんなんですけど。
まあ、そんなことは僕に近い人はみんな知っているので言うほどのことでもないのですが(笑)

昔青森で夕方のニュースを担当していたころ、公開放送などを行うと、「サインをください」という女子高生がいたりしました。その状況について「あんたのサインがほしいという気持ちになる理由が全く想像できない」と丁寧に感想を聞かせてくれた女性がいました。正しい。

そりゃあ僕だって、それが遠くない将来「鍋敷き」になったり、「これ誰だっけ、まあいいや、ポイ」という運命をたどることぐらいわかってましたよ(泣)

でもそこまで強いパンチをうたなくてもいいんじゃないかなと思うんですけど。

どういうわけか僕の周りには、子供の頃からそういう女性が多い気がする。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:02 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(2)

暗闇は大切なんだってば!


先日のラジオ放送で僕が「暗闇の大切さ」を主張したのに、なまらナイターズのメンバーはちっとも同意してくれませんでした。

どういうことかといいますと。

僕が子供のころ、近所にはコンビニなんかなく(最初に見たのは中学生の時、山形六小のそばにできたコンビニでした)夜はまっくらでした。動画の中の神社は家のすぐそばで、日中はとっても楽しい場所、夜はとっても怖い場所でした。

暗がりの中にいると、体の感覚が鋭敏になるのがわかります。「なんか嫌な感じがするな」とか、昼の光の中では感じない気配みたいなもの(実際は何にもないのかもしれないのですけど)を感じたりとか、そういう中で「怖さ」を覚えたり、反応の仕方を身につけて行ったりすると思うんですよ。

音楽もそうです。時折僕は明かりを全部消して音楽を聴くことがありました。そうすると全然違って聴こえる時があるんですね。言葉に対する感受性とか、声の感じとか、なんていうか理屈じゃなく「感じる」ことの訓練には暗闇が不可欠だと思うんですよ。

他人の痛みや苦しみを想像すること、思いやりを受け止めること、コミュニケーションを成立させること、すべては「感じる」ことが根幹にあって、「感じる」ことを身につけない、というか拒否する人たちがあふれる社会はとても危険じゃないかなあ。だから暗闇はとっても大事。

まあ、以上のようなことを言いたかったわけですよ。

誰か、同意してける人~。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:29 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
コメント(4)

米沢すげー


昨日お休みをいただいて、米沢にドライブしてきました。

4月の公開放送以来の米沢はすごく!盛り上がっていました。

やはり来年の大河ドラマ「天地人」の舞台となったことが大きいのでしょう。
上杉神社の周辺には、何台もの観光バスが県外からやってきていました。

改めて伝国の杜を眺めると、ここのホールが「なまらナイト」のお客さんでいっぱいになったことが信じられない、というか、不思議な感じでした。

高畠にも寄って「わらびの一本漬け」を買ってきました。これがうまいの!

これから「天地人」のスタートに向けて、きっと多くの観光客が山形にやってくることと思います。おらだのことば、おらだの心でおもてなしすっべね。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:54 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
コメント(0)

僕らが一番楽しんだのかもしれない


昨日のラジオ放送「今夜はなまらナイト」にたくさんのメールやFAXをお寄せくださったあなた、ありがとうございます。

パソコンを開きながら、また想像を膨らませながらラジオをお聞きくださったあなた、ありがとうございます。

お寄せいただいたメッセージは本当に温かいものが多く、出演者一同嬉しく思っています。

今回は急きょテレビからラジオへと変更になったため、「もうとにかく原点に帰ろう」と話し合い、昨日のような内容になりました。オンエア直前に、誰とは言いませんが、出演者の一人が「あれやるべ、あれ」と言い出して、手の甲を差し出しました。で、運動部が試合に臨む時のように手を重ねて、一声かけました。「40近い連中がなにやってんだか・・・」と苦笑いしながら放送に入りました。

トモちゃんが「花笠のひと」を歌っているときは副調整室の全員がうちわを左右に振って応援していたんですよ。

普段そんなこと、もう絶対しないじゃないですか。

なんか、楽しかったっす。

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:19:30 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(3)

ありがどさまでした~


明日夜勤です~。共通語でニュース読まんなね~。

 

 

ちゃんとやります。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:22:15 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(0)

時間がないのにブログを書いている


本番まであと6時間、4時には打ち合わせなのに、ちょっと裏話。

今回テレビでは全員浴衣を着る予定でした。

ラジオなので、衣装はなんでもいいんでしょうけど、少しはねえ。

テツトモの二人はジャージを着ると芸人としてのスイッチが入る、ということでした。僕も何か気持を盛り上げたいので(公開放送はジャージでしたけどね。あれは、テツandトモandトオルっていう気持で、あえてジャージだったのです)考えました。

コンセプトは「昔のオレ」。

山形に住んでいた10代の頃の気持ちを少し思い出して、そんな格好をしようかなと。でも、あの当時の服はもう持ってないし、もちろん売ってないし。

でも箪笥の奥から出てきましたねえ。昔のジーンズ。これです。080620_134441.jpg

さすがに高校時代のものではありませんが、たぶん20代の頃にはいていたものです。

昔はだぼだぼにはいていたのですが、まだ試着してないんですよね。入るかな。

@-バイ*の501。

入らなかったら、あきらめます。

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:13:48 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(1)

いよいよ明日


なまらナイトはラジオに変更されましたよ~

テレビじゃないですよ~

今日放送用のCDを買いに行ったら、「録画の準備してますから」と言われてしまいました。ごめんなさい!!ラジオです。ラジオです。

気分を盛り上げていただこうと、米沢の公開放送の動画をアップしました。

「こだな番組だず!」から進んでください。
眞島さんファンの皆様、ながらくお待たせいたしました。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:28 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(6)

君たちの心の中はわからないけれど


母校での「語る会」が終わりました。

中間テストの最終日、昼休み後の1時間という「早く帰らせてくれよ~」という心の叫びがこだまするシチュエーションの中、好き勝手に話してきました。

職業観養成をねらいとする会、ということでしたが、1年生の6月ではあまり仕事の話ばかりしても実感がわかないと思いましたので、自分は高校時代どんなことを考え、この学校で過ごした時間で得たものは何だったか、という話が中心で、生徒たちの気持ちを一番に考え、45分で終了してきました。

このブログでも再三書いているように、僕は「あがすけ」だったので敵を作ることも多かった。だけど、孤立しかねない状況の中でも、必ず誰か「理解してくれる友人」がいた。筋を通していれば、誰かが理解してくれることを僕は高校時代に実感することができた。だからこそ「なまらナイト」みたいなことを考えられる。

それから図書館で偶然出会った本が自分の価値観に大きく影響するという経験もこの学校で得たものだった。

だから君たちも何か見つけられるといいなと思う、というような話をしてきました。

1年生240人に保護者が20人ぐらい、上級生も少し紛れ込んでいたらしく、結構な人数でした。どんな風に感じてくれたのか、それを聞きたい気持もあるのだけれど、生徒たちの心の中まで届けられたか、正直自信がありません。
やはり時間は残酷なものだと思います。彼らの表情から心の内が読み取れないのです。

僕は全力を尽くしました。どう思ったかはともかく、眠くて仕方がなかっただろうに、ほとんどの生徒が起きて聞いていてくれました。

心から、どうもっす。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:51 | カテゴリ:Back to 80's | 固定リンク
コメント(0)

本当に緊急告知


20日の「なまらナイト」ですが、

テレビからラジオに変更になりました。

ほんてんです。

放送時間は

20日(金)午後8時5分~午後9時55分

ラジオ第一放送です。

※テレビでは「宮城・岩手内陸地震」関連の特別番組を放送します。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:28 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
コメント(4)

お楽しみに


明日の朝のニュースに新しい顔が登場します。

今回の人事異動で山形アナウンスに加わったこの人です。

080616_193717_ed.jpg

13年ぶりに帰ってきました。中谷文彦アナウンサーです。

新人時代からよく知っている仲で、名古屋時代は一緒にスポーツ中継を担当していました。

山形を愛している男です。みなさま、よろしぐ。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:19:48 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(2)

昨日はなかなか良い一日


ごくごくささやかですけれど。

 

まずは、早朝のニュースを新人キャスターが乗り切りました。

そしてお昼。初めて入った店で食べたおそばがなかなかおいしく、いい気分でモンテディオの試合会場に向かいました。
試合前からお祭りのような盛り上がりの中、中学・高校の後輩に声をかけていただきました(すぐにおもいだせなくてごめんね)。

さらに20代のちょっとこわもての集団にも「あ、NHKだ。こんちわ」と声をかけていただきました。若者の支持はNHKの切実な課題なので、とてもうれしいです。

モンテディオとべガルタの試合はともすればサポーター同士のトラブルとか、荒れたゲームになる恐れもはらんでいるわけですが、実にさわやかに終わりました。

後輩アナウンサーと楽しく飲んで、さらに。

珍しく僕のブログにコメントが2つも来ていました。どうも。

そしてそこには「山形県民になりたい」・・・と!

なまらナイトを頑張れば人口減少に歯止めがかけられるかもしれない!
・・・と妄想しながら爆睡し、今朝を迎えました。

今日も、いい一日になりますように。

 

あ、「後輩と語る会」あさってだ!さっぱり準備してね!やばいべず。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:57 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

僕の取り柄


今朝も早朝勤務です。

新人女性キャスターが担当なので、サポート役で。

午後はモンテディオの大一番、6連勝をかけてべガルタ仙台とのみちのくダービーの中継の監督です。

忙しいのは確かなのですが、こんな時こそ頑張らねば。

僕は学校の勉強でも部活動でもそれほど輝かしい思い出はありません。唯一誇れるとしたら、中学・高校「皆勤賞」。そうです、僕の取り柄は「体力」です。このまま週末のなまらナイトテレビまで走り切るぞ!

と、意気込むと必ず言われるのが、

「若くないんだから」

やがますい。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:06:42 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(2)

きかんしゃやえもん


IMG_0277.jpg山形にSLがやってきました。

この週末、「さくらんぼ列車」という企画で左沢線を走るために、栃木からやってきたものです。

昨日の夕方のニュースで、26歳の田中秀樹アナウンサーが紹介しました。SLが走る姿を見るのは初めてだそうで、汽笛の音の大きさに驚いたと話していました。

実は40才の私もSLに乗って旅行したことはありません。少なくとも記憶には。

でもね、動かないSLには何度も乗りました。

山形市出身のみなさん、もうわかりましたね。

そうです、「第二公園」です。ホテルキャッスルの裏側、「ととこや」のある公園です。昔はみんな我先にと乗り込んだものでしたが、最近は遊んでいる子供も少ないようです。

SLって「クラフトマンシップ」というのかな、職人の作り上げた造形美って感じがしませんか?たぶんすごく価値のあるものだと思うんですけど、第二公園はそれがなんとも無造作な感じで置いてあるのがまたいいんですよね(笑)

それで、タイトルのお話。

中継に出かける前の田中アナウンサーに「きかんしゃやえもんだな」といったところ、「なんすか、それ?トーマスならわかりますけど」

 

名作に敬意を表しなさい。グラウンド10周。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:13:34 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

忘れられない球児たち


あすから高校野球東北大会が山形県で行われます。
直接甲子園出場につながるものではありませんが、球児にとってはやはり大切な大会だと思います。

今から13年前の東北大会、優勝は青森山田。

準優勝は仙台二高でした。

当時僕は仙台局のスポーツ担当アナウンサーで、宮城県大会から取材を続けていました。

当時の宮城県はご存じの通り、育英・東北の2強が常に優勝争いをしていて、(仙台三、東陵、仙台商、仙台あたりが続く感じで)宮城県内有数の進学校、仙台二高はそれほど注目されるチームではありませんでした。

その二高が春の県大会で優勝してしまったのです。

それがまた、ユニークなチームで。

左利きの長身セカンド(野球を知っている方ならここでもう引っ掛かりますよね)が4番でキャプテン、エースは長身の速球投手、いつもニコニコしていました。そしてショートは冷静でセンス抜群、質問には論理的に答えるクレバーな選手でした。そしてこの3人が試合ごとに代わる代わる先発投手を務めるのです。「先発はどうやって決めるの?」と聞いたら「自分たちで話し合って」という答え。監督は宮城教育大のエースで活躍した方、「ウソでしょう?」と聞いたら、「いや、彼らで決めてます」という答えでした。びっくり。

当然夏は注目の的。およそ40年ぶりの甲子園出場なるかと、OBたちも連日球場に駆け付けました。

ですが、違うのです。春の勢いがチームに感じられないのです。
春打ちまくったチームが、打てません。

そして運命の準々決勝がやってきました。

相手は強豪・仙台商。誰もが大きなヤマであると見ていました。

先発は、

背番号1ではありませんでした。

「うそでしょう?」実況の僕は解説者と顔を見合わせました。

準々決勝を勝てば1日休養日。「どうして?」

ロースコアの投手戦、試合が中盤を過ぎたころ、先発のクレバーなショートがつかまります。その日ショートを守っていた背番号1に交代を申し出ますが、背番号1は腕をクロスさせ「無理。」

39年ぶりの夢は、宮城球場に散りました。

試合後、泣きはらした目で、キャプテンである左利きのセカンドは「僕が打てなかったからです。」と話しました。先発については「僕らで決めたことですから」と話し、最後に「いままで、ありがとうございました。これからの仙台二高もよろしくお願いします。」

数年後、背番号1は2浪して入学した早稲田のエースとなり、プロ野球日本ハムに入団しました。

クールなショートは1浪後慶応大に入学し、捕手として六大学ベストナインになり、都市対抗でも活躍しています。

左利きのセカンドは六大学への進学が叶わず、入学した大学で硬式野球部を立ち上げ、エースとして活躍しました。

東京に勤務していた当時、僕は左利きのセカンドとおよそ10年ぶりの再会を果たします。彼は大学を卒業後JICAの一員としてタイに渡り、タイの野球ナショナルチームのコーチになっていたのです。帰国した彼にインタビューを申し込み、話を聞かせてもらいました。

今彼は宮城の聖和学園の監督として、甲子園を目指しています。


江尻慎太郎、小河義英、そして佐藤漸。

あんなにユニークなチーム、忘れられないですよ。これからも。

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:46 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

朗読は難しい


放送コンテスト審査員終わりました。

全国大会に出場する皆さん、まだ時間はあるのでもっと良くなって臨んでください。

ところで。

朗読部門は課題が決まっていて、多くの生徒が梶井基次郎の「檸檬」と映画にもなった「しゃべれどもしゃべれども」を選択していました。

難しいですよね~!

時代も違えば年齢も違う、つたない経験の中で作品世界を自分なりに理解し、音声表現する・・・ってそれはむずかしいですよ。
いろいろと講評を書かせていただきましたが、まずはとにかく読み込んで。
作品をきっかけに関心が広がっていけばそれだけで大きな意味があるのですから。

僕は、自分の少し上の世代やその時代の空気に関心があって、柴田翔さんの「されど我らが日々」とか三田誠広さんの「僕って何」などを高校から大学にかけて何度か読みましたが、自分の中で消化できませんでした。

僕が山形生まれ、学生生活も東京じゃなかったからかもしれません。

山形でも制服の自由化運動とか、闘争の時代があったと聞いたことがあるのですが、それを記した本などはないですかねえ。また、その時代の空気がどんなものだったのか、教えてもらわんねべがっす。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:36 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

放送コンテスト


明日、高校放送コンテストの山形県大会が行われます。

3年連続で審査員を務めさせていただきます、よろしく。

参加する生徒は結構多くて、本当に忙しい審査なのですが、しっかり聴いて時間の許す限り心をこめて講評のコメントを書きたいと思います。

正直、一人一人のモチベーションの高さも違うでしょう。
「ああ、一生懸命文章を考え、練習してきたんだなあ」という生徒もいますし、その逆を感じる生徒もいます。若いアナウンサーの指導も(少しだけ)してきましたので、そういうところは敏感になるんですよね。

先生方の熱心さにも違いがありますしね。

でもね、僕が一番大切だと思うのは、自分が伝えたいことは何か、自分の中の思いとじっくり向き合って、それを表現するための言葉を必死に探して、これでいいか、これでいいか、って何回も悩んで、そうやってできた原稿を声にしてみて、うまくいかなくて、録音して聞いてみて、がっかりして、またがんばって・・・という経験をすることなんです。

きれいごとなんかじゃないんですよ。

自分の中の思いを正確に言葉にするのは、本当に難しいことだし、ましてやそれをそのとおりに理解してもらうなんて、超至難の業だと感じています。結果がどうであれ、真剣に自分の言葉を探し、声にする努力に意味があった、そんな風に実感できるのはずっと先のことだと思います。

僕は高校時代演劇部で、1年生の時に県大会で入賞して、テレビで放送されました。が、2年生の時には地区のコンクールから先に進むこともできませんでした。

その時の気持は、今もうまく表現できません。
ただ、観客に喜んでもらうことより、審査員に評価されたいと思っていた自分を後悔したことははっきりと覚えています。

その経験は本当に大きかったと思います。

少なからず、そのことは「なまらナイト」につながっています。

「なまらナイト」の行く末を心配してくださる皆さんへ、精一杯の感謝をこめて。

どうもっす。

 

 

 

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:25 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

時間よ止まれ


今週2度目の早朝出勤です。

いや~、時間の過ぎるのが早すぎます。
年齢とともに時間の流れが速くなる、と中学を卒業するときに担任の先生に言われましたが、本当ですね。

テレビ・ゴールデンタイムの「なまらナイト」まであと2週間です。
ラジオの時にくらべ、スタッフも少し増えるので助けてもらえることも多く、準備において私個人の負担は軽くなっていますが、精神的にはねぇ、なにせゴールデンですから。

よくあるじゃないですか、「深夜の時はおもしろかったのに、ゴールデンに来たらつまらなくなった」バラエティー番組。

・・・すげえ不安だ!

 

それにしても米沢での公開放送からもう1ヶ月半が過ぎたのか・・・

月1回の放送だったらパニックですね。
週1回だったら・・・!

ならない、ならない(笑)

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:07:53 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(5)

滝田栄さんバンザイ!


今朝の「生活ほっとモーニング」ご覧になりました?皆さん!

俳優の滝田栄さんと我が山形局の西川アナウンサーが月山を旅した「とっておき旅」が放送されました。

滝田さん、素晴らしい!

なにが、って自然の力を全身で感じ(たとえば豪雪の重みの中必死に枝を伸ばすブナの姿とか、長い時間をかけて地表に湧き出す雪解け水とか)、山の恵みをいっぱいに味わい、修験の意味を理解し、その魅力を豊かな言葉で全国に的確にお伝えいただきました。それが全て楽しそうに進んでいくのです。

あれだけ、その土地の人が大切にしているものを的確に理解し、本質を突く問いを向けられたら、聞かれたほうもうれしいですよ。話したくなります。

もう引き出しの中身が全然違いますね、脱帽です。

それで最後に「山形の人はみんなやさしいの。もうどうしてっていうぐらい、みんながやさしくて・・・」

それは、滝田さんだからですよ(笑)

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:15 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(2)

楽しいお買いもの


昨日の続きです。

買い物をしていて「どうもこれは・・・」と感じることがあります。

それは「店員さんの距離感」なんですねぇ。

正直あまり賑わっていないお店、デパートの紳士服売り場でもよくあるんですが、「ただ眺めていることが心苦しくなる」接客がどうも苦手なんですよね。

飲食店でもメニューに迷うことがありますよね、迷うことも楽しみの一つじゃないですか。それをじっと脇に立たれて「まだですかぁ?」みたいな顔をされるとうんざりしちゃうんですよね。

一方で、こっちが何か聞きたいときに「感じてくれない」のもつらいんですよね、これが。

つうことで、こんな感じの接客マニュアルはどうでしょう?(飲食店を想定)

・まずお客が入ってきたら笑顔で「どうも~っす」

・常にお客からを視線の端に入れ、こちらを向いたらすかさず
「なにがあったらゆてけらっしゃいなぁ。」

・注文を受けたら「ありがどさま~。@@でいがったっけがっす?ちぇっと待ってでけらっしゃいな」

・できたところで「どうも~っす、@@でした~。」

・帰り際には「きょうはござってもらてありがどさま~。まだきてけらっしゃいな~」

こんな店なら毎日行きたい。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:19 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
コメント(0)

山形駅前活性化大作戦


今日は朝のニュース担当で5時起き。
眠くなってきましたので、妄想にふけってもよろしいでしょうか。

 

正直、いまの山形駅前はさびしい。

僕が中学・高校ぐらいの頃はダイエーがあってニチイがあって、蔵王書店があって、オイルキャン・フリーがあった。たこ焼きを食べてボウリングをしてピンボールをして映画を観て、立ち読みをして、ちょっと背伸びしてコーヒーを飲めた。

レコード屋さんもいっぱいあった。

ステーションデパートのお好み焼き屋のおじいちゃんはいい味を出していた。

・・・上に記したものはほぼすべてなくなりました。

それらを復活させようっていうのではなく、にぎわう「ニュー山形駅前」を作るにはどうしたらいいか。見知らぬ同士が小皿叩いて、ってな感じに盛り上がれる空間を作るには何が必要か?

別に飲み屋ってわけじゃなくて、観光客と地元民の会話が弾むようなスペース、違う学校の生徒たちが音楽や映画や小説の話で盛り上がれるスペース。

まあ、個人的には蕎麦屋と地酒とライブハウスはほしいなあ。

そして絶対欠かせないのが、「面白いおじちゃんとおばちゃん」。

その人がいるとそれだけで楽しくなるような、時には真面目に話してくれるようなおじちゃんとおばちゃん。しかも、何か一つ一流の特技を持ってるの。ピアノでもダンスでも朗読でも民謡でも何でもいいから。

そういう人を複数プールして、いつ行ってもそのうちの誰かがいるという。

やっぱり人なんですよね。

行政は「スポーツエリート」やら「勉強エリート」やらを育てたがりますが、「面白い人」育成基金を創設して支援しましょうよ。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:25 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
コメント(2)

アラウンド40


たまたま手に取った雑誌の特集がタイトルのような内容でした。

40歳前後(つまり僕の世代ですね)の女性の仕事・生活・今後の悩みなどをいろいろ書いているわけです。で、その世代の憧れの芸能人、天海祐希って・・・

ほんてんだがっす?

もう絶対テレビと雑誌のタイアップ企画でしょう~。

もうず~っとメディアは僕らの世代に「自分探し」を要求しているような気がする。そりゃあ、みんなが天海祐希を目指すようになったら、洋服屋さんも美容室もエステもそれを取り扱う雑誌も売れて景気が良くなるのかもしれないけど、

ありえないべ~。

まあ、誰しも、「今の自分」には少なからず不満もあるだろうし、こうなりたい、って思うことはあると思いますが、40になったら、「今の自分」を受け止めた上で、「自分に何があるか、何ができるか」を考えてもいいのんねべが。
そんな風に生きて、僕らに場所を譲ったり、与えてくれた人たちがいて、僕らはいままでやってこられたわけだし。

「流行っているもの」「みんながほしがるもの」って本当に「今の自分がほしいもの」だろうか。誰かに思わされているんじゃないか、ってすごく懐疑的になりました。

「なまらナイト」やるようになってから(笑)

ここにしかない心、ここにしかない言葉、ここにしかない「なまらナイト」。
いいなあ。

「おまえ、酔っ払ってんのんねが?」

そんなことはないです(苦笑)。

 

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:18:22 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(0)

6月2日は初鳴き記念日


アナウンサーが放送ではじめて声を出すことを「初鳴き」なんていうのですが、僕の場合、平成2年6月2日がその日です。丸18年経ったわけですねえ・・・。

まあ、それはとにかく、トップページの項目が変わりました。

「山形の宝」大募集!是非みなさん見てください。僕と藤田さんとで撮った動画もあります。まずは見てください。

で、これまでも「んだ辞苑」に投稿いただき、メッセージを寄せてくださる方がいらっしゃったのですが、それをみんなで共有する空間がなかったので、「掲示板」を作ります。山形のいいところ、悪いところ、大切な思い出、伝えていきたい言葉・・・なんでも結構です。できたら写真や映像を添えてお送りください。面倒でしたら、メッセージだけでも結構です。

僕も書きます。このブログとはまた違う視点で。

それから、いろいろ知りたいこともあるし、是非お願いいたします。

まずは、見でけらっしゃい。

投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:46 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
コメント(2)

ページの一番上へ▲