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2008年4月
君は天然色
大型連休は全国的に天気に恵まれそうですね。
山形にも初夏を思わせる日差しが降り注ぎ、上着を着ていると汗ばむほどです。
昨日から県内では米沢の上杉まつりや、新庄のかど(ニシン)焼きまつりなど、本格的な春の到来をよろこび、農作業が本格化する前のひと時を彩る大きなお祭りが始まっています。
天気に恵まれるとなると、どこもにぎわうことでしょうね。
先日公開放送で米沢に行ったこともあって、昨日の休日、庄内方面へ出かけてきました。上の写真は道中、月山付近からの風景です。空の青、残雪の白、芽吹きの新緑と、本当に風景が立体的に迫ってくるような感じでした。

さらに、この写真をご覧ください。酒田と鶴岡の中間にある三川町の菜の花です。
いいですなあ。
特に渋滞もなく、快適なドライブでした。
僕は内陸の生まれだから、庄内に行く機会は少なく、しかも以前は高速道路がなかったためにすごく遠い印象だったのですが、ずいぶん近くなりましたね。
同じ県内でも、居住地以外のことって知らないものなんですよね。
今後も機会をみて、県内の様々なところに出かけ、皆さんに報告できればと思います。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:12 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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一夜明けて
なまらナイト以外の仕事が鬼のようにたまっています。
ふう。
会場に全国番組「三つのたまご」の取材班が来ていました。
来月後半にオンエアされるとのことです。
渋谷のスタジオに藤田さんに行ってもらいます。
詳細は近々藤田さんのブログで。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:56 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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ありがとうございました
置賜文化ホールに来てくださった700人もの皆さん、ありがとうございました。
ラジオを聴いてくださったあなた、ありがとうございました。
楽しんでもらえたでしょうか?僕自身、反省点は多々あります。
ただ、今夜は少し頭をからっぽにしたいです。
とにかく、「なまらナイト」は皆さんの応援がなければ成り立たない番組です。
今、このブログを見てくださっているあなた、
ありがとうございます。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:19:23 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
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行ってきま~す。
そろそろ出発さんなねは。
明日の公開放送、みんな来てけらっしゃい~。
こらんね人はラジオ聞いでけろ~。
ほいずもむりだごんぱ、このホームページみでけろ。
当日の様子をあとでupすっかもすんねし、すねがもすんね。
うそです。ちゃんとすっから。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:58 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
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開演まで48時間
公開放送が明後日に迫ってまいりました。明日は現地入りして、ステージの設営、番組告知の中継などがありますので、実質準備は今日が最後ということで、技術スタッフや、当日舞台を仕切る田中アナウンサーなどが音作りをしてくれています。
こういう雰囲気好きなんですよね。もう追い込まれているのに。
僕は高校の頃、演劇部に入っていました。中学ではサッカーをやっていたのですが、レベルが高く(同級生は全国大会に行きました)ついていけそうにないので、演劇部ならあまり先輩もいなくて、好きなことをやれそうだと思ったんですね。
思ったとおりでした。へへへ。
最初は文化部の雰囲気になじめず、(中学の時は何かっていえば走らされ、◎△※される部でしたからね・・・)やめようかな~とも思ったんですが、違う学校の友達もできたりして、結局3年まで続けたんですね。
文化部だと珍しくないのかもしれませんが、普段全然来ないくせに公演の直前になるとやってきて装置をひとりで作ってくれるやつとか、部員じゃないのに必ず公演の時に手伝いに来てくれるやつとか、公演が終わると「おれ、やっぱやめるわ」ってなこと言って退部して、次の公演前に「もう一回やりたい」って戻ってくるとか、なんか不思議な人たちがたくさんいましたね。
最後の公演は「星の王子様」でした。僕、演出で。
ボーイッシュな女の子を王子様にして、突然観客席の吹奏楽部が立ち上がってファンファーレを吹いたり、ストロボ光線の中でドラムソロがあったりと、まあ、無茶苦茶な舞台を作ったんです。
終わった後に、ほとんど練習を見ることのなかった顧問の先生が「おまえだぢの顧問でいがった」と言ってくれました。
なんかね、それぞれ違う役割の人間ががんばって、一つの番組、一つの舞台を作り上げるのって、すんごく難しいけど、すんごく楽しい。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:00 | カテゴリ:Back to 80's | 固定リンク
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早出でハイテンション
最近、「柴田アナウンサーは転勤したんですか?」というお問いあわせが、代表電話に結構来ていると総務担当者に言われましたが、山形にいます。気にかけていただいてうれしいです。どーもーっす。
今朝は久しぶりに朝のテレビニュース担当で、4時に目が覚めてしまい(5時に目覚ましをかけたんですけどね)、しかもとってもいい天気なので、どうもテンションが高めです。
ということで、久しぶりに音楽の話。
今から22年前、僕は山形を離れ、仙台で一人暮らしを始めました。
その春、テレビCMで繰り返し流れていたのがF・R・DAVIDの「Girl」という曲でした。スクーターのCMでしたね。わざわざメーカーの広報に電話して「誰のなんていう曲ですかぁ?」って聞いたのですよ。で、当時はレコード。全然売ってなくて探しまわったら、なんと近くの(八木山の)レンタルレコード店にあったのですよ、びっくり。そのころのカセットもなくなってしまいましたが、5年ほど前、CD化されていることを知り、ネットで注文して手に入れました。春になると、聴きたくなります。
曲とともに、そのころの風景とか感情まで浮かんでくるんですよね。
1986年、4月。
何かやらなきゃ、って焦る気持ちとは裏腹に、大学生活にもあまりなじめず、なんかいらいらしていたような記憶があります。
スパイクタイヤで削られた道路の粉じんでかすんだ風景と、やたら坂の多い街。真面目な同級生とは話がかみ合わず、予備校を経験してきた連中の遊びの話にもついていけず、「なんだかなあ」と思っていました。
まあ間もなく、お金がなくて生活が苦しくなり、バイトに没頭するようになってそんなことを考える暇もなくなり、バイト先で違う大学の友達もたくさんできて、すべてが解決したんですけど。いいか悪いかはともかく。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:09 | カテゴリ:Back to 80's | 固定リンク
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40にもなって
いや~、子供のころ40歳ってすっごい大人だと思ってましたけどねえ。
見た目はともかく、中身はほんと全然変わらないものです。
県外でこのブログをご覧のみなさん、トップページの「緊急告知」をクリックしてください。山形県内でしかオンエアしていない、公開放送の案内スポットをご覧いただけます。
ほんとに40にもなってなにやってんだが。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:19:18 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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花見はまだ終わらない

昨日、おとといと雨が降った山形ですが、今日はいい天気になりました。
場所によってはもう散り始めているところもありますが、秋の芋煮会場でおなじみの馬見ヶ崎川沿いの桜並木などは、いままさに満開といった感じでした。
この写真は宮城・山形の県境に近い釜房湖畔で撮影したものです。宴会をする人たちもいませんし、ゆったりとベンチに座って風を感じながらのお花見でした。
いよいよ公開放送が今週土曜日に迫ってきました。会場の伝国の杜は、桜の名所・松ヶ岬公園のすぐそばです。まだ咲き始めということですので、週末はちょうど最高の見ごろになるかもしれませんね。御堀端の桜はほんとうにきれいです。
子供のころ、よく上杉祭りに出かけた思い出の場所です。
今週は全力で準備することを誓います!
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:20:12 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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ブログの女王
タレントの羽野晶紀さんがブログを始めて、初日24時間で12回更新、というニュースを(ニュースかな?)見ました。
僕はこの「なまらナイト」で初めてブログというものを書いているわけですが、2日に1回ぐらい更新して、「俺、結構がんばってるジャン♪」と思ってたんですけど、やっぱり女王になるにはそのぐらいやらないとだめなのか~。
っていうか、男ですしね。
公開放送まであと8日、いま置賜弁をいろいろ調べていますが、ずいぶんわからない言葉がありますね。地元の人でも、若い人は「知らない」という言葉も多いようです。
「なまらナイト」は方言の勉強をしようという番組ではなくて、「おらだが、おらだのことを、おらだのことばで語ってみっべ」という思いで立ち上げたものです。
世代間で話が通じない、言葉が通じない、それは現実にあると僕も感じています。でもそれを「何とかしてやる!」などとは思ってません。
まずは同じ故郷を持つ者同士、いっぱいしゃべってみっぺ。
大人世代が楽しそうにしてたら、きっと子供たちもおんなじようにしてくれるんじゃないかな。
いっぱいきてくれるといいなあ。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:35 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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うー、なじょすっぺ
公開放送まで今日を入れて9日しかありません。
かなり追い込まれてきました。
人こねがったらどうすっぺ。
盛り上がんねがったらどうすっぺ。
まあ、前回の山形テルサのときもこんな感じでした。
結果的にはたくさんのお客さんに来ていただいて盛り上がったわけですが。
でもね、今回のステージっていうのはすごく立派なのですよ。
こんな舞台に立てるだけでも、しかも自分の演出で舞台を作れるというのは、冷静に考えると夢のような出来事ですね。
よ~し、やるぞ!
ここまで自分を盛り上げたところで、はい、最初に戻ります。
ここんとこ、ずっとこれのくり返しです(苦笑)。弱いな~。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:12 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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What a wonderful world!
もう、これ以上ない青空!
NHKのそばにある霞城公園の桜も、だいぶ開花が進んできました。
園内ではお花見を楽しむグループがたくさんありました。
明日もいい天気になりそうです。
東京や、外国や、いろんなところでがんばってる山形生まれのみなさん。
景気は良くないけど、人通りも少ないけど、今年も故郷の桜はきれいに咲き、人々の心を和ませてくれています。
やんだぐなることもいっぱいありますが、
フレー、フレー、ヒップ、ヒップ、フレー!
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:14:54 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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開花しました。
昨日(12日)山形地方気象台は山形市のさくらの開花を発表しました。
先日このブログで書いた霞城公園はどうかな、ということで今朝、午前6時に撮影してきました。(今日は朝のラジオニュース担当なので)
東大手門脇の土手はこんな感じになっています。
今日も日中は晴れから曇りという感じですので開花が進むでしょうね。
平年に比べて5日、観測を始めた昭和28年から55年間で6番目に早い開花だということです。
そうだよなあ、僕らが高校生ぐらいの頃の記憶だと、25日ぐらいが満開だったのですよ。
米沢での公開放送もそのあたりを考えての日取りだったのですけど、散っちゃうかなあ・・・。
まあ、それより中身を考えなくちゃ。あと2週間ないんだもんね。
がんばります。県内外のみなさん、ぜひ会場に来てくださいね。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:00 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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R112,8p.m.
国道112号、午後8時という意味です。
んー、閑散としてるなあ。
と思ったのが昨夜。
明けて今朝、全国紙のコラムに目が留まりました。
岩手に2年間勤務して東京本社に戻った記者の見た、若年層を中心とした人口流出の現状と、それがもたらすであろう地方共同体の崩壊の可能性について記され、大人は真に豊かな暮らしとは何か、やりがいとは何かをもっと熱く若者に語るべきだと結んでいます。
きっと、都会にはない温かさに触れたんでしょうね。農作物のおいしさや、通勤の苦痛からの解放についても記されています。自分を温かくもてなしてくれた地方が衰退していく姿に何がしか「やらねば」という報道人の気持ちが動いたのだろうと思います。
その記事の「岩手」を「山形」に置き換えても本質的なところは全く変わらないな、と思いながら読みました。
と同時に「でもあなたは結局東京に帰ったんだよね」というひねくれた感情が浮かんできました。
・・・自己嫌悪。そういうのよくないんだよな。
確かに数年の暮らしの後、都会に帰って行く人に地方に住むよりほかない人間の閉塞感はわかるまい、都会から来た人には親切でも県内のほかの地域から来た人には意外に不親切なこともある。
僕だって「おまえもまたどっか行くんだろ」とも言われます。
行くかもすんねし、行がねがもすんね。
・・・茶化しちゃいけないですね。
負の感情はいらない。
一生懸命できることをやって、山形の人たちと笑いたい、と思います。
3月まで担当していたニュース番組を外れて2週間。
昨日立て続けに高校の同級生から数か月ぶりの電話。
「おまえ、転勤したの?」
今頃なんだよ、番組の中で「交代する」って言ったべな。
まあ、でも、ありがとう。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:46 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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どこのお店のそばが美味しいですか?
もしあなたが山形を訪れた観光客だとして、おそばを食べようと考えたとします。
たまたま居酒屋で意気投合した酔っ払いの山形人3人組にタイトルのような質問をしたとします・・・。
大変なことになりますよ。
ってのは大げさなんですが、そのあとは以下のようなやり取りが展開することがよくあります。
酔っ払いA「おう、それなら@@町の◎◎屋がいいんねが」
酔っ払いB「なに?おまえ、あだなうまぐないそばいいっていうの?」
酔っ払いC「何?お客さんは白いそばがいいの?黒いやつ?」
あなた「あ、あの山形らしいそばが・・・」
A「ほしたら、*△町のほにゃららそばだべ!」
B「あだな、硬くて飲み込まんねず!」
C「んだらおまえ、どごがいいのや?」
このあと延々と続く…。下手すると喧嘩に発展する場合も。
そのぐらい山形ではそば好きな人が多いし、それぞれのこだわりがあるようです。薬味はいるのいらないの、わさびより一味だとか、まあ、たいへんです。
20年もいろんな土地を回ってくると、山形のソバ屋はどこも(っていうと言いすぎかな)ハズレはないと思いますけどね。好みは別にして。
味はいいんだから、もう少し丁寧に接客してくださいよ・・・
と思うことは時々あります。
NHKの本部がある渋谷界隈でもソバ屋は結構繁盛していますが、値段がとても高いです。何で東京のソバ屋はあんなに高いのか?
ちなみに写真のそばはゲソ天付きで700円。
うらやましいでしょ。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:12 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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沖縄と言えばBEGIN
寄せていただいたコメントに触発され、こんなタイトルで書いています。
「僕が生まれたこの島の空を、僕はどれくらい知ってるんだろう」
「島人ぬ宝」の一節ですが、全くその通り。ぼくは全然山形のことを知らない。
BEGINがデビューしたのは1990年の3月21日。イカ天キングとしてデビュー前から高い評価を集め、デビュー曲がCMに使われるなど一気にメジャーに駆け上がりました。
僕はほぼ同時に社会人となり、彼らのファンになりました。何といっても、声が魅力的でしたからね。
デビューからしばらくは故郷である沖縄・石垣島の色はそれほど楽曲に表れていなかったように思います。ある時期から祖先や土地に対するリスペクト(敬意)が明確に入った歌詞を発表するようになり、また琉球三線を取り入れたり、沖縄の曲を集めたアルバムを発表したりと彼らの歌の背後に故郷が見えるようになりました。(僕にはね。)
ある番組で、石垣島の子供たちを集めた小さなコンサートを開いている映像も見ました。
自分を、自分たちの音楽を見つめたときに、故郷や祖先から受け継いできた「宝」を強く意識するようになったのかな。直接話を聞いたわけではないので推測なんですけど。
「山形人の宝」ってなんだろう。
僕は楽器もできないし、歌も作れない。
だけど、受け継いで、次の世代に渡さなければいけないものはきっとここにあると思っています。
「なまらナイト」を通して、その「大切なもの」を自分の中でもう少し明確にしたい。でも、あんまり深刻にもなりたくない。
BEGINのサウンドがそうであるように。
聞いている人が楽しくなったり、ジーンとしたり、でも彼ら自身は歌うこと、演奏することが楽しくて、全然肩に力が入っていないように見えるじゃないですか。
僕もそんな風にこの「なまらナイト」を続けていきたい、と思ってます。

写真の載せ方覚えました。一回目は「母なる川・最上川」です。
村山市の三ヶ瀬橋より。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:41 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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外はいい天気だよ
山形市の桜の名所、霞城公園。山形城跡ですね。
桜のつぼみもだいぶ膨らんできました。
木によっては花を咲かせ始めているものもあります。
種類が違うのかもしれないですけど。
山形市で育った人は、遠足や中体連の大会で何度も訪れたことと思います。
お濠でザリガニ釣りをした人も多いんじゃないかな。
するめを糸に結びつけて挟んできたところを釣り上げるんですよね。
いま公園の中は整備の途中でちょっと無粋な状況です。
主にサッカーの試合に使っていたグラウンドは本丸の復元工事のため、以前とは全く違う姿です。
桜が咲き始めたら、写真を載せたいと思います。
早く写真の載せ方覚えなきゃ。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:21 | カテゴリ:街の風景 | 固定リンク
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ラジオの魔法
ぼくが子どもの頃、テレビは家に1台だけでした。
プロ野球のナイター中継で「一部の地域を除いて延長してお伝えします」のコメントの後はいつも別番組だったと記憶しています。
「一部の地域・・・」
そんな思いをかみしめ、子供部屋でラジオの中継を聞くようになったのが、いまの職業に少なからず影響しているように思います。
中学に入ると、野球よりも音楽番組をよく聞くようになり、佐野元春さんや大滝詠一さん、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーンなど僕の音楽の趣味はこの時代に決定づけられました。
親や先生が本当に僕のことを思って言ってくれたことなんてちっとも聞かないのに、ラジオから流れてくる言葉には「うおぉおお」と感動したり、「そうだよなあぁ」などと素直になったりしたものです。
「アナウンサーあて、なれるわげないべした」僕自身がそう思っていた大学3年生のとき、FMから「僕はラジオの魔法ってあると思うんですよ」という言葉が聞こえてきました。(たぶん杉真理さんだったと思う)ラジオから流れてきた音楽は心の奥のほうに入り込んで・・・みたいな話だった思うのですが、とにかくその言葉が僕の背中を押したのは間違いないんですね。
20年も離れていた故郷の言葉が「なまらナイト」という番組を生み、小さなスタジオから送ったメッセージがラジオを通して山形の人たちのもとに届き、皆さんからもらった声が番組を大きくし、テレビ番組にもなり、公開番組にもなり、そしていま僕はブログを書いている。
これも「ラジオの魔法」なのかな。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:16 | カテゴリ:Radio | 固定リンク
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ガラスのジェネレーション
先日スポーツ新聞の片隅に小さな記事を見つけました。
「佐野元春、全国22か所のコンサートツアーを終了。」
佐野さん、52歳かぁ。そうだよね、僕が40になったんだからねぇ。
「僕たち大人が子どもたちにしてあげるべきことは”希望”を残すこと」
ツアーの最後にこう語ったそうです。
かっこいいなあ、相変わらず。
高校受験が終わったその日、ずっと我慢してたレコードを買って帰りました。
タイトルは「HEART BEAT」。2枚目のアルバムです。
高校1年の冬、県民会館でのコンサートのチケットを買うために、まだ暗いうちから八文字屋のプレイガイドに並んだっけ。
昔はテレビに出ることのない人だったので、ラジオや雑誌を通して知る彼の言葉やその歌にどれだけ背中を押してもらっただろう。
「HEART BEAT」の1曲目が「ガラスのジェネレーション」。
その中にある「つまらない大人にはなりたくない」という言葉。
その呪縛が、まだ解けないんです。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:15:42 | カテゴリ:Back to 80's | 固定リンク
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喫茶店の消失
2月に、収録のため渋谷の放送センターに行きました。
わずか1年半離れていただけで、センター周辺のお店がガラッと変わっているのに驚きました。
ところでわが故郷は。
高校を出てから20年離れていたわけですが、大きく変わったのは山形駅の駅舎。それに郊外に大型ショッピングセンターが増えて、その周囲にたくさんマンションが建ちました。それに伴い道路も整備されました。
中心商店街は・・・変わったというより、いろんなものがなくなっちゃいました。
中でも僕にとって残念だったのは、大切な思い出と結びついた喫茶店がみんななくなってしまったことです。
駅前大通りのスズラン街との交差点のところ(山形の人にしかわかりませんね)ビルの2階に「オイルキャンフリー」という店がかつてありました。
板張りの床で、オープンリールのデッキが置いてあって、ジャズが流れていたような記憶があります。いろいろな高校の友達とおしゃべりしました。
お小遣いに限りがありますから、そんなに頻繁に行っていたわけではないのですが、あそこで過ごした時間はぼんやりと今でも記憶の中に生きています。
喫茶店って、器や家具や選曲にマスターの趣味が出るでしょ?
大げさに言えば店のたたずまいにその人生観や哲学が反映されると思うんですよね。
ちょうど子どもから大人になろうとする時期に、様々な人々と交わる空間。
精一杯背伸びしたやり取りを柔らかく包んでくれた空間。
失われた空間。
しょうがないですけどね。
僕にとって大切な言葉「あがすけ」と、その多くが失われてしまったけど、大切な場所である「喫茶店」をつないで「Cafe Agasuke」。
大切な思いと言葉にあふれた空間にしたいのです。
投稿者: | 投稿時間:09:17 | カテゴリ:Cafe | 固定リンク
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