2008年06月24日 (火)暗闇は大切なんだってば!
先日のラジオ放送で僕が「暗闇の大切さ」を主張したのに、なまらナイターズのメンバーはちっとも同意してくれませんでした。
どういうことかといいますと。
僕が子供のころ、近所にはコンビニなんかなく(最初に見たのは中学生の時、山形六小のそばにできたコンビニでした)夜はまっくらでした。動画の中の神社は家のすぐそばで、日中はとっても楽しい場所、夜はとっても怖い場所でした。
暗がりの中にいると、体の感覚が鋭敏になるのがわかります。「なんか嫌な感じがするな」とか、昼の光の中では感じない気配みたいなもの(実際は何にもないのかもしれないのですけど)を感じたりとか、そういう中で「怖さ」を覚えたり、反応の仕方を身につけて行ったりすると思うんですよ。
音楽もそうです。時折僕は明かりを全部消して音楽を聴くことがありました。そうすると全然違って聴こえる時があるんですね。言葉に対する感受性とか、声の感じとか、なんていうか理屈じゃなく「感じる」ことの訓練には暗闇が不可欠だと思うんですよ。
他人の痛みや苦しみを想像すること、思いやりを受け止めること、コミュニケーションを成立させること、すべては「感じる」ことが根幹にあって、「感じる」ことを身につけない、というか拒否する人たちがあふれる社会はとても危険じゃないかなあ。だから暗闇はとっても大事。
まあ、以上のようなことを言いたかったわけですよ。
誰か、同意してける人~。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:29
コメント
山形在住のよそ者で山形弁も使えませんが、コメントさせてください。
暗闇の価値ということは、私も感じます。ふだん視覚に頼りがちなのだけれども、暗闇ではそれ以外の感覚をしっかり使うきっかけになりますね。職場に夜遅くまで残っていると、警備員が通路の照明を消していってしまったりするのですが、わざと明かりもつけずに、足を踏みしめる感覚と手すりをつかむ手の感覚だけで、階段を下りて帰ったりすることがあります。
もう一つ、ホタルを見にいったり、星を見にいったりするときのことを思い浮かべると、明るいとかえって見えにくいものを見る、暗闇ならではの視覚的体験というのがあると思っています。
投稿日時:2008年06月25日 10:53 | (た)
何度もすみません。読み返してみたら、柴田さんの「大事」ということとうまく噛み合わないコメントでしたね…。
投稿日時:2008年06月25日 12:20 | (た)
いいえ~。暗闇に反応していただいてうれしいです。他に同意してける人いねんだが~?
投稿日時:2008年06月25日 14:41 | しばた
「感じることの訓練には、暗闇が必要」・・・考えたことがないけれど、なるほどと思いました。私らの時分には周りが暗闇だらけで、恐怖を感じていたものです。怖がりだった私に対して、息子の時代には暗闇がなく、怖がらないことに驚ぐっす。んだから「感じない」人たちが増えているんだべね。んだがら住みにくい世の中になってすまったんだべね。なあるほど。共感するっす。
投稿日時:2008年06月27日 11:05 | 寒川三太







