2011年12月13日 (火)神戸に行ってきました。
先週金曜日、朝~昼のニュース・スポットの収録を終え、
バスに乗って仙台へ、仙台空港から伊丹空港へ。
三宮に着いたのは夜8時過ぎでした。
日曜の午後には山形に戻ってきましたので、
実質40時間弱の2泊3日ツアーでした。
なぜ、そんな無理な旅行をするのか。
目的は二つありました。
一つは白崎映美大先生のライブを見ること。
これについては明日以降に書こうと思います。
もう一つは10数年ぶりに神戸ルミナリエを見たかったからです。
元町駅からクリスマスの雰囲気あふれるビル街を抜けて、と。

もともとルミナリエは阪神・淡路大震災の犠牲者の鎮魂と、
復興・再生の願いをこめて始まったものです。
僕が初めて見た1998年の第4回は、確かにそんな雰囲気がありました。
震災から間もなく17年。
東日本大震災のあった今年のルミナリエを見たい、という思いが強まりました。
街ゆく人たちは家族連れ、カップルが多く、
みんな楽しそうに見えました。
僕は震災直後の現場にリポーターとして入り、その3年後から神戸局勤務となりました。
住まいの近くにはまだブルーのシートがかけられた場所が多くあり、
たくさんの方から被災の経験をうかがいました。
だから、ルミナリエでははしゃげなかった。
13年前も、今年も。
終点の東遊園地。

たくさんの人たちが歓声を上げ、携帯電話のカメラで撮影していた。
そういえば当時は携帯のカメラなんてなかったっけ。
終点の東遊園地の周りにはタコ焼きなどの出店があって、
子どもたちが無邪気にほおばっていた。
翌日、友人たちとお昼ごはんを食べた。
「もう完全に観光イベントだもん、止めてもいいと思うんだけど」
そんな風に言う友もいた。
僕はもうここに住んでないから、黙っていた。
震災を忘れられない人がいる。
忘れずに頑張る人がいる。
頑張って忘れた人がいる。
知らないけど、知ろうとする人がいる。
いろんな人がいる。
時間はいろんなことを変えていくよなあ。
お昼御飯を食べている間、
僕たちは昔のまんまだった。
10数年経っているのに。
皆既月食を眺めながら、
30歳ぐらいの自分を思い出していた。
空回りばかりだったけど、全力疾走だったなあ。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:13:49
コメント
東北でも鎮魂の為のイベント出来ないですかねぇ……。
投稿日時:2011年12月13日 19:41 | dmo55
柴田さん、お疲れ様でした~。
私も全く同じ日程で帰省していました。
時間的には仙台駅か仙台空港周辺ですれ違っていたかも、ですね。
山形市の週末の天気は私が北海道から寒気を持っていったようで、う
っすらと雪が降ったり雨になったりの状況でした。
帯広駅を発つ金曜日の早朝はー16度まで下がり服装もそれなりだっ
たのですが、仙台市内や山形駅構内ではコートを手にもって歩いても
寒くなかったですね。(体がすっかり寒冷地仕様?)
小学生時代の女性の恩師とも数十年ぶりにお会いできました。
傘をさして自宅前で私の乗ったタクシーを待っていてくれました。
思い出話や近況報告に時間も過ぎました。
今回の目的の法事も無事終え、会うたびに写す記念写真に若い家族が
増え喜ばしい限りです。
日曜日の夕方、独身時代に住んでいた仙台市内を歩きましたが浦島太
郎状態でした。
そのうちにゆっくりと、山形県内を回ってみたいと思った強行軍の週
末帰省でした。
投稿日時:2011年12月14日 01:13 | 匿名
名前ば書ぐの忘れっだけ~。
匿名ってなってだがらびっくりすったけは~。
傘をさしながら馬見ケ崎橋の仮橋周辺を歩いてきました。
また、元の第四中学校(現 東小学校)はプールが屋上に設置された
近代的建物になっていました。(プールの件は聞いた話です。)
日曜日の朝早く、歩いている人にも会わないうちにカメラに収めてき
ました。
投稿日時:2011年12月14日 23:51 | 帯広市のおんちゃん







