Back to 80's
2012年01月30日 (月)いつかきっと。
現在2月5日のオンエアに向けて
「なまらナイト on Campus」の編集が進んでいます。
お伝えしていますように、公益大での特別授業と、
阿部美佳ちゃんと僕との対談で構成されています。
みかちゃんと話す中で、
自分が若い頃、山形に対して何を思っていたのか、
自分の思いを支えていたものは何か、
改めて考えていました。
たぶん、僕の考え方のほとんどは、
少年期に出会ったいくつかの言葉によって形成されているのだ、
そう思いました。
そのひとつが、タイトルの
「いつかきっと」です。
背が低い。運動もできない。
勉強もそれほどではない。
理想の自分は、こんなはずじゃないのに。
そんなときにこの言葉に出会いました。
「いつかきっと」
その「いつかきっと」のためにできることは、
いまを大切にすること。
できなくてもやめない。
怖くても逃げない。
誰より、自分の「いつかきっと」を信じる。
ばかにされてもね。
とはいえ。
あの頃描いた自分とはだいぶ違うんだよなあ(笑)
まあいいや。
いつかきっと、もう少しましな自分になるんじゃないかな。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:40 | 固定リンク
コメント(2)
2011年05月12日 (木)2011年5月の青空

ブルーハーツが聴きたくなって(笑)
「青空」って1989年の曲だったんだなあ。
22年前か...。
そうですよね、広瀬通りに面した少しぼろっちい店で、
「リンダリンダー」って叫んでたのは、
20歳ぐらいのときだもんね。
当時の僕と同じくらいの歳の、
若いキャスターに伝えたいことは、
この歌を聴いて、当時の僕が考えてたことなのだなあ、
などと思う。
震災から2カ月が過ぎた。
相変わらず、というか、時間が過ぎるごとに、
一度浮かんだ言葉が、胸の奥に沈んでいく気がする。
♪眩しいほど青い空の真下で
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:29 | 固定リンク
コメント(7)
2011年04月21日 (木)今が一番いいときよねえ...
朝のドラマ「おひさま」を見ている。
その最も大きな理由は、かつて憧れていた
斉藤由貴さんが見たいからである。
高校生のころ、写真集を買うために山形市内を自転車で探し回った。
たぶん、人生で最も必死になって取り組んだことである。
だからオープニングの出演者に名前がないとがっかりなのである。
今朝はがっかりであった。
...まあ、そんなことはいいとして。
ドラマの中で樋口可南子さんと渡辺えりさんが、井上真央ちゃんたち女学生を見て、
「今が一番いいときよねえ...」と眩しそうにつぶやいたのであった。
そうかなあ。
思い出してみても、その渦中は悶々とし、イライラし、
思いを上手に伝える術も、言葉も持てなくて、
ダメダメでしたね。
全然戻りたいと思わないもん。
女性にとっては「若さ」って何にも代えがたい素敵なものなのかもしれないけど、
僕自身の事に限って言えば、「若さ」は「馬鹿さ」とほぼ同義ですからね(笑)
今朝、霞城公園の桜を見に行ってきました。ご覧ください。

もうチョイで満開ですね。
今年もまた、
見ることになったなあ(笑)
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:09 | 固定リンク
コメント(13)
2011年02月14日 (月)Blue Valentine's Day
20年前は結構もらったんだけどなあ。
かわいそうな俺(笑)
...まあ、それはおいといて。
今日はその「かわいそう」について。
いつか書こうと思ってたんですよね。
高校3年のころ、ある女の子と長い時間話したことがありました。
ガールフレンドでもなければ、特別親しい友達でもない、
他校の演劇部の方だったので、会えば挨拶はしてましたけどね。
長い時間話したけれど、ほとんどその中身は忘れてしまいました。
ただ、ひとつだけ、
今も覚えている言葉があります。
「かわいそう、っていう言葉、嫌いなんですよね」
...僕はものすごくつまらない高校生だったので、
「どうして?」って聞いたように思います。
「なんか、その言葉を発した時点で、人を見下してるような気がするから」
...ほんとにつまらない高校生だった僕は、
たぶんその先の質問が思いつかなかった。
僕はそれから20数年がたった今も、
「かわいそう」という言葉を聞くたびにその時のことを思い出す。
自分でその言葉を口にしてしまう度に、
「おっと、いけねえ」と思うんです。
彼女は役者になるって言って、東京に行ったはずだけど、
いまどうしているのか、全然わからない。
ただ、いまも「かわいそう」っていう言葉が嫌いであってほしいと思います。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:09:40 | 固定リンク
コメント(6)
2010年09月22日 (水)中ノ瀬橋の戦い
いまから20年以上前の話ですが。
山形の秋の河原がいも煮会でにぎわうように、
仙台市を流れる広瀬川の河畔も同様ににぎわっていました。
そこで必ず起こる戦いが、
「みそ」なのか、「しょうゆ」なのか、ということなんです。
山形市内で育った僕らは当然、「醤油で牛肉」を主張します。
仙台市内で育った連中は「みそで豚肉」を主張します。
もう、譲れない戦い、「みちのくダービー」ですよ。
その頃僕は、庄内の人たちが「みそで豚肉」だとは知りませんでした。
だから、「醤油」対「みそ」はすなわち、
「山形」対「宮城」だと思っていたわけですよ。
...あのとき。
鶴岡出身の@@さんと、酒田出身の@@さんはどっちを主張していたのだろう。
同県・同郷意識と慣れ親しんだ味覚の間で葛藤したのかな。
ちなみに米沢出身の@@さんは「豆腐をいれろ!」って心の中で叫んだのかな。
明日は休日。
金曜日をはさんで土日。
きっと中ノ瀬橋の下は大学生たちでにぎわうのでしょう。
みんなが笑顔でいも煮を囲めますように。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:10:18 | 固定リンク
コメント(2)
2010年04月06日 (火)大学で学んだこと
山形では昨日、一昨日と多くの大学で入学式が行われていました。
僕の大学では当時、入学式が行われておらず(式典嫌いなのでよかったけど)、
さらにキャンパスで白衣を着てヘルメットをかぶった人たちが、
拡声器でアジるだけでは物足りなかったのか、
オリエンテーション中の教室になだれ込んできました。
女子大生ブームの1986年のことです。
僕は明らかに不真面目な学生だったので、
こうしたキャンパスの雰囲気に完全に「どだなだず」状態でした。
だって、大学ってもっと華やかな所だと思ってたんですもの。
完全に「選択ミス」だったわけですが、僕には本当にいい4年間でした。
なにが?
その「選択ミス」がですよ。
本当に自分に似たような人、話が合うタイプの人って、全然いないんですよ。
高校の価値観のままだったら、きっと孤独だったでしょうね。
とにかく、僕が面白いと思うことを知ってる人がいない(くだらないから)。
彼らの知ってることを僕は全然知らない(難しいから)。
そんなことの連続でした。
「源氏物語の中でどの登場人物が好き?」って聞かれても答えられないですよ。
読んだことなかったですから。(ちなみに僕の専攻は国文学)
同じ時代に生まれて、同じ国に育って、
こんなにも見ている世界が違うものなのか、って思いましたね。
それでも、その違いって魅力的で。
同級生はみんな、僕が持ってないものを持っている。
全然違う風景を見ながら、いま同じ教室で、研究室で机を並べているってね。
正直、勉強はきつかった。
最後まで、選択ミスは選択ミスだったと思います。
もっと違う科目を選んでいれば、楽に、楽しく卒業できたかもしれない。
僕はいま、この文章を書きながら何人かの同級生を思い浮かべています。
もしかしたら、誰か一人ぐらい、この文章を読むかもしれない。
だから、感謝の思いを伝えたいと思います。
なんとか、好きな仕事を続けています。
それは、僕に全然違う価値観を教えてくれた君たちのおかげだと思います。
機会があれば、また会いましょう。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:16 | 固定リンク
コメント(3)
2010年02月01日 (月)1980-1986
昨晩、昔聴いたCDや音楽ビデオを数珠つなぎに観たり聴いたりしてました。
そのほとんどが1980年から86年に流行った物。
つまり僕が中学1年から高校3年までに聴いたものなんですね。
まあ、いっぱい聴いたなあ。
その傾向を一言で言うと、
ほとんど「いつか、きっと」っていう内容なんですね。
全然現状を肯定してない(笑)
幸せなラブソングもほとんどない。
恋愛をテーマにしていても、「彼女が去って行った」的な歌ばかり。
あるミュージシャンはこんなこというわけです。
20年前、背伸びして歌ってた歌を
自分のけじめとして歌いたい、と。
その曲を作ったときと変わらない気持ちのままやってこられたことを、
誇りに思う、と。
そんなあなたたちの歌を聴いていた頃と
変わらない気持ちのまま仕事をしています。
あまり誇れるようなこともないけれど、
思いをストレートに言葉に乗せて歌うこともできないけれど、
ほんの少し、日々の言葉に、あの頃の思いを
こめながら。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:16:33 | 固定リンク
コメント(1)
2010年01月08日 (金)ばあちゃんの一言
1月20日のラジオ放送に向けて、すでにちらほらメールをいただいております。
やはり山形にはばあちゃん子が多いのですね。
さて、僕からのお願いです。
皆さんの忘れられない「ばあちゃんの一言」をお寄せいただけないでしょうか。
僕にもありますよ。
放送の時にお話ししようと思います。
言葉ではないんですが、忘れられない場面があります。
大学受験の発表の日、僕は発表を見に行かなかったんです。
駄目だと思ってたから。
「受かってたら電話してよ」と頼んでおいた友人からは時間が過ぎても連絡なし。
縁起担ぎで封を開けなかった予備校の案内を見始めたとき、
それまで無関心な感じでお茶を飲んでたばあちゃんが、
突然「ちょっと出かけてくる」って近所の知り合いのところに行っちゃったんです。
なんかね、いたたまれなかったんですって。
受験のことなんか一切言わないばあちゃんだったんですけど。
それから何分かして友達から電話が来ました。
携帯電話のない時代で、公衆電話に行列ができてて連絡できなかったんですって。
ばあちゃんがどこに行っているかはだいたい見当がついてたから、
「受かったってよ」って電話したら、
「うそばり」とかいってたような気がします。
素直に喜びを表せない人だったからなあ(笑)
隔世遺伝か(爆)
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:36 | 固定リンク
コメント(1)
2009年11月11日 (水)20年か...
先日、ベルリンの壁崩壊から20年という記事を見ました。
そうですか、もう20年ですか。
1989年は僕が大学4年、アナウンサーになることが決まった年で、
ベルリンの壁だけでなく、天安門事件、その他衝撃的な出来事が多く、
僕は毎日、仙台の小さなアパートで「ニュースステーション」を見てました。
…おい。NHKは。
まあ、NHKも見てました(笑)
今も、「衝撃的な」ニュースは連日報じられているけれど、
そのときとは何か違う感じが、する。
自分がいまここに立っている理由は、
たぶん1989年の世界と、日本と、報道とが大きくかかわっているように思います。
もう一度、かつての「志」をかみしめてみなければいけないな。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:08 | 固定リンク
コメント(4)
2009年08月20日 (木)♪おらだの夏物語
毎年夏にNHKでは「想い出のメロディー」を放送しています。
今年はあさって、22日土曜日です。
それに先立って先週深夜、
「究極ヒット」という我々の世代限定の「想い出のメロディー」的な番組がありました。
録画していたものを見ました。
杉山清貴さん、稲垣潤一さん、山下久美子さん、
スターダストレビューなどがミニライブを披露していました。
いやー、感慨深いですねえ。
っていうか、「ふたりの夏物語」の歌詞を改めて聴きましてね、
流星に導かれ、出会いは夜のマリーナ
ルームナンバー砂に書いて誘いをかけた
…すごいっすよね。
10代の僕は、この山に囲まれた小さな町で、こんな歌詞を聴いて妄想をふくらましていたわけです。
ただね、「僕たちはどこへいくんだろう」とか「ずっとずっとそばにいるよ」的な
最近のヒット曲の歌詞に比べると、
ほんとリアリティがなくていいですよね(笑)
70年代のフォーク・ニューミュージックと、
90年代以降の混沌の間にある80年代の音楽の風景。
歌は時代を表現しますねえ。
9月4日の「なまらナイトジュニア!」は「心の歌」がテーマです。
皆さんの「心の歌」にまつわるエピソードなども教えてけろなっす。
投稿者:柴田徹 | 投稿時間:17:23 | 固定リンク
コメント(1)
ページの一番上へ▲