スタッフ連載ルポ 最後の戦犯 制作日誌[REPORT]

ドラマをご覧頂き、ありがとうございます。 2008年12月8日(月)
放送が終わって、皆さんの様々なご意見、ご感想などを伺えればと思っております。
ドラマをきっかけとして、「BC級戦犯」のこと、また「戦争」のことなど、様々な事を考えるきっかけになれば、作り手としては嬉しい限りです・・・。

さて、今日は、ドラマの中で描ききれなかった事について、お話しようと思います。

ドラマのラストのエンディングタイトルで出した写真は、このドラマのモデルとなった左田野修さんとお母さんの写真です。
私達は、感じが似た役者さんに演じて頂こうと、ARATAさんや倍賞美津子さんにお願いした訳ではありません。ただ見終わった何人かの方に、「モデルとなった左田野さんとお母さんに,ARATAさんや倍賞さんが似ている感じがした・・・」という感想を頂きました・・。
皆さんは、どのように感じられましたか??


私達は、脚本の鄭 義信さんと「吉村修」という主人公を描いてきました。
「吉村」という姓にしたのは、左田野さんの実話をドラマにしましたが、私達がフィクションとして描いた箇所も多々あるからです・・。
左田野さんの実話8割、フィクションが2割・・ぐらいの割合でしょうか・・。
ただ、基となった左田野さんの手記の精神を尊重したのはいうまでもありません。


そこで、視聴者の皆さんとして気になるのは、左田野さんのその後です。
差し障りのない範囲で書くと、重労働5年の刑を受けた左田野さんは、巣鴨を出た後、とある会社に就職します。ご結婚もなされて一男一女に恵まれました・・。
ただ、ご家族に自分の戦争体験を話される事はなかったそうです・・・。

その後、長男が20歳になった時、初めて「これを見ろ」と言って、膨大な手記の束を見せたそうです。
それを読んで長男は、初めて父の体験の詳細を知ったといいます・・・。
父と息子の20年の歴史の中で、「戦争」に関して会話がなされた、唯一の瞬間だったのかも知れません。


左田野さんは、平成元年(1989年)7月にお亡くなりになりました。
65歳でした。
昭和が終わってすぐに鬼籍に入ったのも、何か因縁めいたものを感じます。
当然のことながら、多治見に訪れる事は一度もなかったそうです・・・。


平成12年、長男は名古屋に出張した折、多治見に足を延ばし、父が潜伏した陶器工場を初めて訪れました・・・。
訳を話して、父が寝起きした屋根裏部屋を見せてもらったそうです。


戦犯として追及された事、捕まり裁判を受けた事、などの辛い体験を、あえて手記に書き残した事・・、これが息子さんとの何がしかの絆となったのは間違いありません・・・・。


私達が描いたドラマは、昭和31年で終わります。
が、実際の左田野さんのドラマは、むしろその後も続いていたのだと思います・・・。
投稿者:ディレクターY | 投稿時間:10:30

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「最後の戦犯」間もなく放送! 2008年12月7日(日)
こんばんは!ホームページ担当です。

いよいよ今夜(12/7)9時「最後の戦犯」本放送が始まります。
いやー、楽しみですねー。

私は今か今かとテレビの前で篤姫を観ながら待ってます。

注目の本放送まであと30分!
皆様、是非ご覧ください!
投稿者:ホームページ担当 | 投稿時間:20:30

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データ放送、はじめました 2008年12月3日(水)
こんにちは、ホームページ担当です。

本放送日4日前の記念すべき(?)本日!

NHK名古屋放送局のデータ放送で、「最後の戦犯」の放送をスタートしました。

データ放送では、テレビの画面を通じて、「最後の戦犯」のあらすじ、出演者のプロフィール、出演者のインタビュー記事などをご覧いただけます。

ドラマを見る前に出演者をチェックしたり、見終わった後にあらすじをチェックするといった楽しみ方が広がります。

<データ放送の利用方法>
(1)リモコンの「D」ボタンを押して、データ放送のトップ画面へ
(2)メニューから「最後の戦犯」を選択
(3)「最後の戦犯」ページに移動します。
投稿者:ホームページ担当 | 投稿時間:15:28

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音響デザイン制作日誌「音楽録音」編 2008年11月28日(金)
Nスペドラマ「最後の戦犯」音響デザイナーUWAです。

ハイビジョン先行放送が目前に迫り、本放送まで10日をきりました。各種メディアにもチラホラと話題が上がってきています。たくさんの人に見てもらいたいです。是非、皆さんも周りの人たちに宣伝お願いします!

音響デザイナーにとって、音楽は何よりも強い味方です。

音楽は、昨年の終戦ドラマ「鬼太郎が見た玉砕」に引き続き "大友良英さん" です。
ギタリストで屈指のメロディーメーカー。たくさんの映画音楽を手掛け、斬新なインスタレーション制作も精力的に行っています。常に新しい音楽を作り続け、ジャズ界のみならずあらゆる音楽シーンに影響を与える世界の “オートモ” さん。ご本人はいつもTシャツ姿、とても気さくな方で周りを温かく包む雰囲気を持っています。

大友さんの音楽録音は少し変わって(?)います。楽譜はあるのですが、演奏するたびにどんどんアイディアが湧いて目まぐるしく変化していきます。即興性が高く、テイクごとに雰囲気が変わります。
音響デザイナーも瞬時に目指したいムード、テンポ、展開を判断し伝えていく必要があります。緊張感あり楽しさありの音楽録音、最後には汗びっしょりになりました。

今回は大友さんのスタジオでも録音がありました。
雅楽器「笙」奏者の石川高さんと、sinewavesのSachiko Mさんのセッションです。
背筋をピンと伸ばし凛とした佇まいの石川さん、笙を電器コンロで温めながら演奏する様子はやっぱり雅やかでした。Sachiko Mさんはとてもユニークな方で、その日少々オトボケ気味だった大友さんへ鋭いツッコミを入れ 場を盛り上げてくれました(まるで夫婦漫才のよう)。でも、奏でる音は繊細で染み入ります。
日本の伝統楽器とデジタル音のコラボレーションが、主人公の心内を表すとても重要な曲になりました。

そして、大注目はカヒミ・カリィさんです!!

去年の「鬼太郎が見た玉砕」放送後、大友さんのバンド「ONJO(大友ニュージャズオーケストラ)」ライブで、ドラマのテーマ曲を演奏してくれました。その時、カヒミ・カリィさんが歌うアレンジがあって、とっても良かったんです!囁くような歌声が心に残り、「あーこの手があったかー!いつか一緒に作品を作りたいな~!」と一目惚れしました。そして今回その夢が叶いました。

実際にお会いすると、ライブの大きな印象とは違って意外と小柄な方でした。そして何となく主演のARATAさんに雰囲気が似ています。録音第一声を聴いた時、よりそう感じました。淋しさと温かさが同居している何ともいえない世界観が主人公と重なりました。
とても小さな小さな歌声(ヘッドホンからもれる伴奏が聴こえるほど)なのですが、圧倒的な存在感で包んでくれます。一瞬で虜になってしまいました。「もぉ~毎晩寝る前に声を聴きたい」と言い出すスタッフも!
我々のリクエストにとても真摯に取り組んで下さいました。
どんなシーンで流れるかは見てのお楽しみです、聴いたらいつの間にか口ずさむこと間違いナシ!

そして、アレンジとピアノを担当してくれました江藤直子さん。全ての楽曲に対して的確なアドバイスを与えてくれました。ストリングアレンジは秀逸、胸に迫ります。

大友さんは大きな懐でミュージシャン・スタッフ全員を巻き込み、「あーしよう!これはどーだ!」と熱いセッションを重ね、奇跡のような瞬間を作り上げていきました。 是非ご期待下さい!!

音楽 大友良英オーケストラ
大友良英(g)
カヒミ・カリィ(vo)
江藤直子(p、Key, ストリングアレンジ)
梅津和時(as、cl、b-cl)
松島啓之(tp)
青木タイセイ(tb)
ギデオン・ジュークス(tuba)
田島朗子(vn)
下川美帆(vn)
萩原 薫(va)
四家卯大(vc)
石川高(笙)
Sachiko M(sinewaves)
藤井珠緒(b-marinba, perc)
水谷浩章(b)
植村昌弘(ds、perc)
エンジニア 伊藤文王
アシスタントエンジニア 佐々木志了
実川素子

感謝。
投稿者:音響デザイン担当UWA | 投稿時間:16:28

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ARATAさん、村田雄浩さんが“土スタ”に出演! 2008年11月28日(金)
こんにちは。またまた登場、「最後の戦犯」広報担当です。
「最後の戦犯」を楽しみにしていただいているみなさま必見の情報です!

ARATAさんと村田雄浩さんが土曜スタジオパークに出演します。
12月7日(日)のドラマの放送を前にして、「最後の戦犯」の見どころや撮影秘話などをたっぷりとお話していただけることと思います。

放送予定は、12月6日(土)総合テレビ 後2:00~2:30です。

すでに“土スタ”のホームページにも情報が出ていますのでチェックしてみてくださいね。
土曜スタジオパーク:http://www.nhk.or.jp/dosta/
投稿者:広報担当 | 投稿時間:14:13

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60年前の歴史が、眼前に現われた!! 2008年11月28日(金)
さて、脚本家の鄭 義信さんと多治見に行った時の事を話そうと思います。
時は、今年の1月中旬です・・。

このドラマのモデルである左田野修さんは、終戦後、自分が戦犯に指名された事に納得がいかず、逃亡を決意します。その逃亡先が、岐阜県の多治見…、
当然、私達のドラマでも、主人公の逃亡・潜伏先はこの多治見となります。

脚本家は誰しも、登場人物の住む土地柄やその雰囲気を大切にして脚本を書きます。それは、脚本家の頭の中に土地のイメージがあるかないかで、その人物が生きた人間になるかどうか・・決定的に変わってくるからだと思います・・。
そんな中でも、鄭 義信さんはとりわけ人物が住む土地の空気感を大切にされる方です。私達の脚本作りの作業が、主人公が逃亡生活を送る多治見に行く事から始まるのは、当然といえば当然です。
(このように、脚本を書く前に様々な場所を見てイメージを作る作業を、シナハンといいます)


多治見は、皆さん知っての通り、40.9度という日本記録を持つ
“日本で一番暑い町”です。
しかも、盆地状の土地で、冬もひときわ寒い町…、
私とプロデューサと鄭 義信さん3人が、不恰好なほど着膨れした冬装備でもって、中央本線の多治見駅に降り立ったのは、1月21日のことでした・・。

まず伺ったのは、左田野さんが潜伏していたK陶器製造所です。
駅のそばの商店街を抜け、土岐川をわたり歩く事およそ20分…、
そのお宅は今も当時の姿をとどめていました。
今はもう陶器作りはやっていないのですが、当時の工場の雰囲気は敷地内のあちらこちらに残っています。
ご主人に色々伺いました・・。
 「 あの・・、左田野さんの事は覚えていらっしゃいますか?」
主人 「 あああ・松田さんね。うちにおったけど、印象と言われても、
まだ私はアノ時、5歳ぐらいやったからな・・。
あんまり、よお覚えとらんのよ。ただ、松田さんがおった部屋は残っとるよ」

と、私たちに、左田野さんが寝起きしていたという屋根裏部屋を見せて下さった。それは、粗末な屋根裏の6畳間…、ここで、ドラマのモデルである左田野さんは寝起きして、日々、逃亡生活の緊張感の中で、生活したのか…、
鄭さんを含め我々は感無量だった…。
それにもまして、印象的だったのは、当時5歳だったご主人の中では、
いまだに「左田野さん」は「松田さん」なのである・・。

補足すると・・、左田野さんは逃亡生活の中で、「松田忠之」という偽名を使い、
この陶器工場で陶工の一人として働いていた。
当時5歳だったご主人にしてみれば、当然「松田さん」である。
よく学校に迎えに来てもらったり、遊んでもらった覚えがあるという…。
「松田さん」の事を話す口ぶりからは、当時も今も変わらず好感を持っている…という事がかいま見える・・。

私達は、一文字ずつ丁寧に書かれた手記を見て、実直で几帳面な人なんだろうな・・という想像をしていたが、ご主人が「松田さん」を語る雰囲気から、
左田野さんの実直さであったり勤勉な姿が、きっと工場の皆に好かれた要素だったのだろうな・・と推測した。

「あ、仙蔵さんに聞いたら、もっと判るわ・・」と、
ご主人は私たちを工場の裏にある長屋に案内した。
そこは、昔、工場で働いていた陶工さんたちが住んでいた社宅で、当時から
ずっと住んでいる人達がまだいるというのだ・・。
その一人が、仙蔵さん・・である。
齢は、90を過ぎている・・という・・。

仙蔵 「 ああ…松田くんね。覚えとる、覚えとる。わしは、松田くんを赤線に
連れていった事あるで・・」
我々 「 えっ??」
仙蔵 「 それにしても、松田くんは、知らんまにいなくなってもーた。
そうか・・、あんたら松田くんの事調べてるんか・・懐かしいな・・」
と、目を細めた・・。

やはり、仙蔵さんにとっても「左田野さん」は「松田くん」で、しかも、その「松田くん」が戦犯容疑で捕まった事など、ついぞ今まで知らなかった様子ですらある・・。

その後、寒さで凍てつく中、私達は、仙蔵さんに当時の様々な事を聞き続けた。
(ブルブル震えながら、質問に答えて頂いた、仙蔵さん、本当にありがとうございます。この場を、お借りしてお礼申し上げます)

鄭 義信さんを含めて私達は、左田野さんの手記を読んで、当時の多治見の雰囲気や、工場の様子、そして左田野さんのキャラクターなどを漠然とは想像していたのだが、当時の事を知る人達に諸々伺う中で、その“虚像”が“実像”として、目の前に現われてきた・・そんな感を持った…。
様々な取材を通して、脚本家の鄭 義信さんの中で“主人公の修”が具体的な像となったと思う・・。

ちなみに、取材でお世話になった仙蔵さんの話は、鄭さんの中で活かされ、
村田雄浩さん演じる“仙造さん”として、ややフィクションの味付けをされて、
ドラマの中の人物として生きています・・。


さてさて、その後、様々な取材を通じて肉付けされた脚本も出来上がり、
8月中旬、修を演ずるARATA さん、そしてスタッフ一同・・、
横浜の左田野さんの墓所に伺い、ドラマ化のご挨拶をしました・・。

そして、いよいよ、9月、撮影が始まったのです…。
投稿者:ディレクターY | 投稿時間:10:50

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ドラマが生まれた日 2008年11月20日(木)
ディレクターのYです。
ここ数日、めっきり寒くなってきました。皆さんは風邪などひいてませんか?
思えばこのドラマのロケは、夏真っ盛りの9月1日から始まった事を思い起こします・・。

という訳で、実は、先週、ドラマは完成しました・・。
(何が「という訳」なのか、文脈上は不明ですが…)

で、今週からは、新聞・雑誌の記者の皆さんへの試写会やら何やらで、徐々にドラマをお披露目しつつあります・・。
記者の皆さんの反応で、番組の出来に手ごたえを感じたりする場合もあるのですが・・、今回は、さてさてどうでしょうか??楽しみです・・。

思い起こせば・・、(と、ついつい、出来上がったので過去を振り返る事が多いのですが)
このドラマの企画のきっかけは、プロデューサーが申している通り、およそ3年前にまで遡ります。
某月、某所の本屋で、ノンフィクションライターの小林弘忠さんが書かれた『逃亡~油山事件戦犯告白録』という本を手に取ったのがそもそものきっかけでした。
そこには、BC級戦犯に問われた青年・左田野修さんの苦悩の逃亡生活が、本人の手記をベースに書かれていました。
「戦犯」に問われた人達の苦悩というものには、それこそテレビドラマや映画でしか触れた事のない私としては、その生の声・叫びに圧倒されたというか、「戦犯」に問われた人の内面の深層に初めて触れた感じがしました。

後日、その本の著者である小林さんとお目にかかり、私達のドラマにしたいという思いをお伝えしました。
そして、小林さんを介して、左田野さんのご遺族である奥様と息子さんにお会いしました。お二人は快く、私達のドラマにしたい・・という思いを聞いて下さいました・・。

それが、平成18年の5月…、それから季節は2年と半年が過ぎ、このたび、ようやくドラマは完成したのです・・。

しかし、そもそも考えてみると・・、このようにドラマという形になったのも、全ては左田野修さんが、自分の体験を手記という形で文章の形で残されていたからです。

一言で「体験」といいますが、上官の命令により捕虜を処刑し、戦後は「戦争犯罪人」とされた為、岐阜県多治見市の陶器工場で逃亡生活を送っていたのです。
およそ、思い出したくもない体験です。事実、左田野さんのご遺族の皆さんも左田野さんが戦争体験について家族に話した事は、殆どといってなかった・・とおっしゃってます・・。

しかし、思い出したくもない体験であったにも関わらず、左田野修さんは、ご自分の体験を手記という形で書き残されました。そこに、どのような想いがあったのか、私達は、膨大な手記を読み、類推していくしかありませんでした・・。

そして、脚本家の鄭 義信さんが脚本化の作業を始めたのは、今年の1月のことです…。
投稿者:ディレクターY | 投稿時間:14:12

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ARATAさんが11月22日(土)の「鈴木アナの東海ピックアップ」に出演! 2008年11月19日(水)
こんにちは。「最後の戦犯」広報担当です。

さっそくですが、東海3県(愛知・三重・岐阜)のみなさんにお知らせがあります。
吉報です!グッドニュースです!
11月22日(土)の「鈴木アナの東海ピックアップ」にARATAさんが出演します!
ARATAさんが「最後の戦犯」のPRでNHKの番組に出るのはこれが初めてです。この作品にかける思いなどをARATAさん自身のことばで存分に語ってくれると思います。
この貴重な機会をぜひお見逃しなく。

放送は11月22日(土)総合テレビ 後0:38~0:45(東海3県)の予定です。

東海3県以外の方、今回は申し訳ありませんm(__)m
でも、また別のグッドニュースをお伝えできるかも??その可能性高いですっ!
引き続きこの日記のチェックお願いします。
投稿者:広報担当 | 投稿時間:14:41

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音響デザイン制作日誌「ロケ編」 2008年11月18日(火)
Nスペドラマ「最後の戦犯」の音響デザイン担当UWAです。

音響デザインの仕事って何? と思われる方も多いでしょう。
私の仕事は、ドラマで描きたい想いやメッセージを音楽やSE(効果音)の力を使って表現していくことです。 収録から始まって、音響プラン作成、音楽録音、効果音準備、MA と、制作の終盤までずっと続く仕事です。
実際にロケ現場にも行き、音を収録しています。
舞台となっている場所の情景音(「ベース」または「オープン」と呼んでいます)や、エキストラさん達にご協力頂いて シーンバックに流す声(「ガ ヤ」と呼んでいます)などを録っています。
例えば、闇市のシーン。戦後復興を目指した活気ある売り声が響いています。
しかし! 収録ではセリフを録るため、周りのエキストラさん ”無言” で芝居しています。
(一見賑やかなのに ”しーん” と静まりかえってる、けっこうシュールな光景です)
そこで「活気ある売り声」を別収録し、後々の作業で足し込んでいるんです。
方言指導の先生にイントネーションや言葉を教えてもらい、その土地の空気を出すようにしています。
ガヤが足りない場合、自分で声の出演をすることも(実は出たがり?)。

ロケは、音響デザイナーが ”音響プランのためのヒント” を得る大事な機会にもなっています。
カメラマンの描く映像、照明、美術チームのこだわり、役者の芝居から受けるインスピレーションがとても大切です、ドラマは総合芸術だとつくづく感じています。
うじきつよしさんは、陶芸工場で働く作業員役で出演されているのですが、炭で汚れているリアリティを出すため 自ら 土を取って顔や体中に塗りまくり熱演していました。
キャストやスタッフの熱い想いが、制作の最後を引き受ける我々に 大きなパワーを与えてくれます。

次回は「音楽録音」についてリポートします、お楽しみに!!
投稿者:音響デザイン担当UWA | 投稿時間:11:20

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PCホームページ開設! 2008年11月12日(水)
毎度おなじみホームページ担当です。 遂に、遂に、PCホームページが開設しました!

PCのホームページは、携帯ホームページのコンテンツに加え、ドラマの見どころ、掲示板、メイキング動画など、盛りだくさんです。
なお、近日中に「最後の戦犯」予習コーナーを開設する予定です。そちらもお楽しみに♪
投稿者:ホームページ担当 | 投稿時間:20:40

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昭和レトロ行脚 2008年11月6日(木)
ディレクターのYです。
「最後の戦犯」撮影は9月から始まり、編集―音楽録音と経て、今、ダビングの作業です。ダビングというのは、効果音をつけたり、音楽をつけたり・・という作業です。編集の段階では、台詞だけだったドラマに音楽をはじめ様々な音がついて、ようやく完成となるのです。

思い起こせば今年の9月は、例年になく雨が多い月でした。
その為、結構、このドラマのロケは雨に降られて、予定通りいきませんでした。シーンによっては、撮っている最中に雨に降られる事2度に及び、同じシーンなんだけど、3日にわたって撮影しているシーンなどもあります。
しかし、繋がった映像を見てみると、不思議とそんな事を感じないものです・・。

…そういえば、あるシーンでは、一度曇りの状態で撮影していて雨が降った為、途中で撮影中止となり、その次に撮影トライした時には「ピーカン」(撮影用語で晴れのこと)となり、晴れ間の間の「曇り」をあえて狙って撮ったな・・という事などを、ほんの2月前の事ですが、懐かしく思い起こします。

違う日に撮影しているので、当然、明るさが合わない訳で、そういう所は、VE(映像技術担当の人)が中心となって、映像のトーンを合わせています。そんな様々な努力があって、違う日に撮っても違和感なく見れるようになっているのだな…としみじみ感じます・・。

さて、今回のドラマは戦後直後の話です。
ロケ地探しが一苦労でした。当時の雰囲気を残す町並み、建物、道・・、この平成の世の中には、昭和20年代の雰囲気を醸し出す場所などそうは残っていません。ロケ地を探すスタッフは、名古屋を中心に各地に散らばりました。
その結果、今回のドラマでは、愛知県を中心に、岐阜、滋賀、兵庫、三重、静岡、と6県にまたがって撮影が敢行されました。
いわば「昭和レトロ行脚」です。
しかし、探せば、まだまだ昭和の雰囲気は至る所に残っているもので、様々な地元の方々の協力を頂いて、撮影は進められました…。
どのようなご苦労、努力があったか?は、今後、様々なスタッフが書き連ねていくのでしょうが…、

ともかくも、殆どのスタッフが「戦争を知らない世代」です。
そんなスタッフ、そしてキャストが、戦後直後の設定のドラマを、しかも「BC級戦犯」という重い題材のドラマを、どのように苦闘し、あがきながら撮影してきたのか・・、私も含めて、今後、この場でご紹介出来ればと考えています。
投稿者:ディレクター | 投稿時間:10:00

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終戦ドラマ 『最後の戦犯』 美術手帖 2008年11月5日(水)
終戦ドラマ『最後の戦犯』(12月7日放送)において、美術的な仕事をいくつかご紹介します! このドラマの時代背景は『戦後の日本』、ロケではいかに『時代性』を再現するかで苦心しました。通常の現代劇と違い、ロケ地に赴きすぐに撮影とはいきません。アスファルトの地面にはすべて砂をまき、現代物の看板は古い物に替え、電柱は『杉の木の皮』で巻いて木製の電柱に見せかけ・・・。

マイナスをゼロにする作業を終えてから、デザイナーとしてのプラスの仕事が始まります。爆撃でできた水たまりや焼け焦げた木材などを配置したり、多治見の町並みなら陶器の店舗を飾るなどして、地方の特色と戦後の時代性を出しています。陶器工場も台本の設定に合わせ表門、事務所、本宅、窯場、裏庭などを、セットと4カ所のロケ地を組み合わせて表現しています。美術スタッフの努力の結果、それらが上手く繋がったと思っています。

最後に主人公が収監される巣鴨プリズンですが『雑居房』、『運動場』、『大看板』を製作しました。『運動場』のオープンセットは高さ5Mの塀を20M分設置したものの、台風時期と重なり、毎日倒壊の心配をしていました(笑)おかげさまで無事に収録でき、胸を撫で下ろしました。

視聴者の皆さんに、『戦後』という時代を感じながらドラマを見ていただく手助けになれば、美術スタッフ一同嬉しく思います!
投稿者:美術スタッフ | 投稿時間:19:00

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ロケ取材会 2008年10月22日(水)
みなさん、はじめまして。
私は「最後の戦犯」の広報担当です。

「最後の戦犯」は9月いっぱいでロケ、スタジオ収録をしましたが、9月12日には兵庫県加古川市でロケ取材会を開きました。ロケ取材会とは、番組をPRするために新聞や雑誌の記者の方にロケの模様を取材して記事にしてもらうのですが、今回は合わせて出演者の会見を開きました。この日の会見には主演のARATAさんをはじめ、倍賞美津子さん、田辺誠一さん、原沙知絵さん、前田亜季さんと豪華な顔ぶれがそろいました。
会見でARATAさんは、「組織や権力に対して、個人として“否”と言って立ち向かう勇気を見る人に伝えたい」と力強く抱負を語ってくれました。

どうですか?この顔ぶれを見ているだけでワクワクしてきませんか?
でも、もうしばらくお待ちください。
放送予定は12月7日(日)午後9時から。それまでは番組ホームページで予備知識などを蓄えてください。この日記も順次更新していきますので、ぜひお楽しみに!
投稿者:広報担当 | 投稿時間:17:57

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NHKスペシャル「最後の戦犯」放送決定 2008年10月17日(金)
皆さん、こんにちは!名古屋放送局ホームページ担当です。

名古屋放送局では、NHKスペシャル「最後の戦犯」を制作、12月7日(日)NHK総合・午後9:00から放送予定です。
このブログでは今後、ロケの苦労話やウラ側、ドラマの見どころなどを制作スタッフが紹介していきます。

PCサイトは現在鋭意製作中です!こちらも楽しみにして下さい\(^o^)/

ドラマについて
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[作]鄭 義信
[音楽]大友 良英
[制作統括]磯 智明
[演出]柳川 強

放送日時:
12月7日(日)NHK総合・午後9:00(予定)
[先行放送]
11月29日(土)BS-hi 午後10:00(予定)
投稿者:ホームページ担当 | 投稿時間:17:50

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