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トヨタ社長交代を読み解く

2023年2月21日

13年あまりにわたってトヨタを率いてきた豊田章男社長が、この春に交代する。創業家出身の豊田社長は代表権のある会長につき、後任の社長には50代の佐藤恒治執行役員が昇格する。100年に一度といわれる自動車産業・変革の時代に突入する中、東海地方の産業のリーディングカンパニー、トヨタの舵取りはこれからどうなっていくのか。今回のトップ人事の意味について考える。

(名古屋局・野口佑輔記者/玉田佳記者)

歴代の社長は

今回の人事を深掘りする前に、まず現在までの歴代の社長について振り返る。トヨタ自動車では、歴代社長11人のうち、章男氏を含む6人が創業家である豊田家の出身者だ。

初代は、前身の会社である「トヨタ自動車工業」の最初の社長を務めた豊田利三郎氏。そして、2代目はトヨタグループ創始者の豊田佐吉氏の長男の喜一郎氏。その後2代は豊田家以外の社長が就いたものの、5代目には佐吉氏の甥の豊田英二氏が就任した。

続いて6代目に就任したのが創業者、喜一郎氏の長男である章一郎氏。ことし2月14日、97歳で亡くなった。章一郎氏は日米の貿易摩擦が激しさを増す中、アメリカのGM・ゼネラルモーターズと共同でアメリカに工場を設立し、その後のアメリカでの生産拡大の足がかりを築いた。

その後、8代目から10代目は、奥田碩氏、張富士夫氏、渡辺捷昭氏と豊田家以外の社長が続き、いまの豊田章男社長が就任したのが平成21年。創業家出身者が社長につくのは14年ぶりだった。

佐藤新社長はどんな人?

それから13年あまり。豊田章男社長の後任が決まった。新たに社長に就任するのは佐藤恒治氏。この佐藤氏、どんな人物かと言うと、技術系、つまりエンジニア。入社以降、トヨタの看板車種・「プリウス」や「カローラ」などの部品の開発に携わり、現在は高級車ブランドの「レクサスインターナショナル」のトップや、スポーツカーの開発などを責任者として統括している。さらに最近では、トヨタが進めている「水素エンジン車」の開発にも関わっていて、車両が出場するレース会場にも足を運び、走行状況のチェックなどを行っている。

歴代社長との共通点は

そんな佐藤新社長が、歴代の創業家出身の社長と共通している点がある。それが、5代目の英二氏や6代目の章一郎氏と同様に、車好きの技術者であるということだ。そして、豊田章男社長も「モリゾウ」と名乗り、自らハンドルを握ってレースに参戦するほどの車好き。実際、記者がレース会場に取材に行くと豊田社長と佐藤新社長を見かけることもあった。

そして、まさにそのレース場が、今回の社長就任の"内示"の舞台にもなったことが配信で明かされている。当時のやりとりについて、佐藤氏は次のように話している。

佐藤恒治 新社長

「昨年末にタイのブリーラムで耐久レースがあって、そのレースの現場で『ちょっといい?』と言われました。サーキットの高揚感がある中で『ちょいちょいちょい』と呼ばれたもんですから、『はいはい』と行ったら、『ちょっとお願い聞いてくれる?』と。『もちろんです』と。『社長やってくんない?』と。その会話が正式な内示ということになります」

佐藤氏登用の理由をAIで分析

豊田社長が後任に佐藤氏を選んだ理由として挙げたのが佐藤氏が「クルマが大好きであること」と、豊田社長とひとまわり以上離れた53歳という「若さ」だ。

ただ、世界一の自動車メーカーのトップ交代ともなれば、理由はそれだけではないはず。そこで今回NHKでは、豊田社長と佐藤新社長の配信での発言をAIを使った「テキストマイニング」という手法で分析。さらに深く今回の社長交代を読み解いた。

豊田章男氏のテキストマイニング
佐藤恒治氏のテキストマイニング

こちらがその分析結果。2人が発言した言葉の回数を集計し、より多く使われた言葉は大きく表示している。

まず、豊田社長の発言で最も目立つのは、やはり「クルマ」。会見では、社長を譲ることを決断した思いについても、「クルマ」という言葉を使いながら次のように話していた。

豊田章男社長

「私自身はどこまでいってもクルマ屋です。クルマ屋だからこそトヨタの変革を進めることができたと思います。しかしクルマ屋を超えられない、それが私の限界でもあると思います」

一方、佐藤新社長の発言でも「クルマ」が目立つものの、ここで注目したいのは「モビリティ」だ。あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、一般的には、「移動手段」や「乗り物」などクルマよりも広い意味で使われる。佐藤氏は、冒頭のあいさつでも、この「モビリティ」という言葉を多用している。

佐藤恒治 新社長

「これからのクルマはモビリティへと大きく進化してまいります。その中でクルマの本質的な価値を守り、新しいモビリティの形を提案していきたいと思っています」

自動運転や電動化の開発が進むクルマは今、大変革期にあると言われている。トヨタが「自動車メーカー」から移動に関わるあらゆるサービスを提供する「モビリティ・カンパニー」へと変革していくというミッションを掲げる中で、その中心的な役割を担うトップとして佐藤氏が期待されていることがうかがえる。

さらに、2人に共通している言葉が「チーム」だ。豊田社長の「佐藤新社長には1人で経営しようと思わずにチームで経営してほしいと伝えた」とか、佐藤氏の「クルマづくりというのはチームプレーです」といった発言に登場する。豊田社長は個人として強い発信力があったが、今後は「チーム経営」を重視していくという姿勢が読み取れる。

サプライヤーにもショック与える交代

自動車など東海地方の産業に詳しい有識者は今回の社長交代について、サプライヤー全体に変革を促すメッセージも込められていたのではないかと指摘する。

中京大学経済学部 内田俊宏客員教授

「車のデジタル化や自動運転という形で、次世代自動車というのは非常に技術レベルが高い車になっていく。トヨタだけではなく、中小を含めたサプライヤーも全体が変わらなければいけないということを内外に示すような、そういうショックを与えるような意味合いもあったのではないか」

今回の人事の発表から19日後の2月14日、豊田章男社長の父で6代目の社長を務めた豊田章一郎氏が97歳で亡くなった。トヨタ本社がある愛知県豊田市では、市民から「トヨタの歴史を作った人だった。社長も代わり1つの時代の区切り」という声が聞かれた。トップ交代と時期を同じくして届いた訃報に世代交代を意識した人も多かったようだ。章一郎氏をはじめ歴代社長の努力で築かれた「世界のトヨタ」が、100年に1度の変革期という試練を乗り越え、さらなる進化を遂げていけるのか。佐藤新社長が率いる「チーム」の手腕が問われるのはこれからだ。

筆者

野口佑輔 記者(NHK名古屋放送局)

経済キャップ。
経済部を経て2020年から名古屋局。

玉田佳 記者(NHK名古屋放送局)

長崎局を経て2022年から名古屋局で経済取材を担当