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「月の食料問題を解決?!」漫画の世界は実現するか

2022年10月25日

アポロ11号が月面着陸に成功したのは1969年のこと。それから半世紀、月に「食料問題」が持ち上がっていることをご存じでしょうか。解決に向けて「月面で農業を」という壮大なプロジェクトまで発足。そのキーマンは「漫画の世界を実現する!」と意気込む名古屋市のスタートアップ企業の若手社長です。ロマンに満ちた挑戦を追いかけました。

月に食料問題が浮上

アメリカのNASAや日本のJAXAなどは2030年代までに月面基地を建設し、長期にわたる月面での活動を行う「アルテミス計画」を打ち出しています。そこで問題として浮上しているのが、基地で活動する人たちの食料。長期間にわたる活動だけにJAXAなどは「月面基地」の内部で農業を行うというプロジェクトを発足させました。
このSFさながらの計画、最大の課題は土壌です。植物の成長に欠かせない種や微生物は地球から持って行けばいいとして、大量の土を地球から月まで運搬するのは輸送コストの観点から困難と考えられるからです。土は現地調達するしかありません。しかし、月の砂は粒子が細かく、植物の成長に欠かせない微生物が住み着きづらいため、農業には適さないのです。

キーマンは愛知県に

そこでプロジェクトに参加したのが名古屋市のスタートアップ企業「TOWING」。社長は名古屋大学・大学院で学んだ西田宏平さん(28)。起業の理由は「宇宙に魅せられたから」でした。

滋賀県出身の西田さんは、少年時代に読んだ漫画をきっかけに天文学者を志して名古屋大学理学部に入学。地球惑星科学を専攻しました。しかし学びを進める中で、違和感を覚えたといいます。

西田宏平さん

「天文学とか、望遠鏡を見てやると思っていたんですけどどちらかというと数値計算とかシュミレーションモデル作ることとかが中心だったのでもう少し物があるような研究したいなって」

大学院修了後は刈谷市の自動車部品メーカーに一度は就職しましたが、副業として夢の実現に向けて研究を進めていました。そして2019年、内閣府が主催する宇宙ビジネスのコンテストで見事入賞し、賞金を元手に翌年、会社を立ち上げました。JAXAも注目する西田さんのノウハウは「人工土壌」に関するものです。大手ゼネコンとの共同研究の末、成功しました。

微生物を呼び込め!独自ノウハウ

まず用意したのは月の砂を再現したもの。もちろん、このまま作物を植えてもうまく育ちません。この砂を約1000度の高温で焼き固めます。そして、肉眼では見えない直径0.2ミリほどの細かい穴を空けていきます。この穴に微生物が住み着くようになるのです。微生物を活性化させるのに最適な穴の大きさや数を探り当てたのが独自のノウハウです。

ことし2月には、この加工した砂で小松菜の栽培に成功。宇宙農業に道を開く成果として期待を集めています。夢の実現に向けて大きな一歩を踏み出した西田さん。今、さらなる研究を重ねています。写真にあるのは愛知県の物流企業と共同で設置した「植物工場」。コンテナの中でサツマイモやジャガイモを育てます。大きなポイントは宇宙基地での使用が想定されるLEDを使うこと。光の当て方など条件を変えて生育状況のデータを収集しています。西田さんは今後、地球の6分の1とされる月の重力の中でも作物が成長できるかどうか、実験に取り組みたいと話しています。

ベランダから宇宙基地まで

西田宏平さん

「宇宙の農業の実際のニーズが出てくるのって大体10年後とかもうちょっと15年後ぐらい。それをやるために会社が成長するには地球のプロジェクトしっかり伸ばしていかないといけない」

西田さんは宇宙への夢だけを追っているわけではありません。現実的に会社を成長させる経営者としての一面も持ち合わせています。会社のビジョンとして掲げているのは「ベランダから宇宙基地まで」。宇宙を目指す技術開発を地球にフィードバックすることでビジネスチャンスを掴もうとしているのです。

月の砂に微生物を定着させたノウハウを地球での農業にも活用。炭のかけらに細かい穴をあけることで、微生物を活性化させ作物の成長を促進する「人工土壌」を実用化しました。愛知県刈谷市にある企業農園で、この人工土壌を使って小松菜やピーマンを育てたところ、通常の土と比べ収穫量や糖度が20%程度増えたということです。これまで作物の栽培が難しかった地域でも農業を可能にしたいと話します。

西田宏平さん

「東南アジアとかアフリカですとか、あまり良い土がないけど水とかがあるような地域では人工土壌を準備すればこれからの人工増加につながるような食料生産ができると思っています」

この商品、10月に千葉市で開かれた全国の農業関係者が集まる商談会に出品したところ、注目を集めました。プラント建設を手がける企業や大手商社の担当者などが次々とブースを訪れ、西田さんと「人工土壌」を使った事業の可能性について議論を交わす姿も見られました。

西田宏平さん

「少年時代に読んだ漫画の世界を実現したいという思いからやっているんですけど、宇宙農業の実現で人類の生存圏が広がったり、宇宙の中で働く人たちの食生活を改善することができる。より宇宙が魅力的な空間になるように、プロジェクトに取り組んでいきたい」

「宇宙への挑戦」と聞けば、普通は地球上で得られた技術開発の成果を発展させて宇宙に持ち込むものと考えていましたが、西田さんの思いはあくまで「宇宙」。宇宙で求められる技術を地球に応用するという逆のアプローチが非常に印象的でした。自動車の開発などでもレースの現場で培われた最先端技術が市販車にフィードバックされるケースは多くあります。今回の技術も月面のみならず地球の食料問題に貢献する可能性は十分にあると感じました。私とほぼ同世代の西田さんが挑む挑戦を引き続き見守っていきます。

筆者

吉田智裕 記者(NHK名古屋放送局)

金沢局を経て名古屋局で東海経済の取材を担当。