ナガサキ被爆の記憶

ナガサキ被爆の記憶

73年前、長崎に落とされた原爆。あのとき、長崎で何があったのか。
被爆者自身の体験記をNHKアナウンサーが朗読します。ラジオを通して貴重な体験に触れ、平和について考えてみませんか。

ナガサキ被爆の記憶

※放送終了後このページで朗読をお聞きいただけます。
※音声が流れます。音量にご注意ください。
※放送日は変更になることがあります。

放送日 被爆者名 体験内容 朗読 被爆の記憶
7月23日(月) 西島 三和子さん 当時14歳。爆心地から1.3キロ離れた三菱兵器大橋工場で勤務中に被爆。街の惨状を目の当たりにし、戦後差別に苦しまされた。 渡辺 聞く
7月24日(火) 村岡 正則さん 当時11歳。爆心地からおよそ1.6キロの自宅で被爆。長崎市外海地区に避難していたが、残した家族を心配して、8月9日の朝に戻り、母と大怪我を負った。 江原 聞く
7月25日(水) 三瀬 清一朗さん 被爆当時、10歳だった三瀬さん。爆心地からおよそ3.6キロの自宅で被爆。今でも、毎年8月9日は、原爆で亡くなった親戚の墓参りをしている。 片平 聞く
7月26日(木) 黒川 スナ子さん 当時9歳。爆心地から1.4キロの長崎市本原町の小屋の中で姉と被爆した。家族も大怪我を追いながらも命からがら助かった状況を短文でつづっている。 黒氏 聞く
7月27日(金) 河野 俊枝さん 弟3人と納戸で遊んでいたときに被爆。たんすと長持ちの僅かな隙間で守られて助かった。 森田 聞く
7月30日(月) 松本 長子さん 当時13歳。爆心地から2.2キロ離れた稲佐町で被爆。原爆の後遺症と思われる白血病で夫を亡くし、戦後2人の子どもを育ててきた。 渡辺 聞く
7月31日(火) 本多 シズ子さん 当時11歳。爆心地からおよそ1.8キロの児童養護施設で被爆した。生まれつき右足が短く、原爆で左足を失ったため、差別を受けたが、懸命に耐えて生き抜いた。 江原 聞く
8月2日(木) 小西 伸一さん 被爆当時、6歳だった小西さん。爆心地からおよそ4キロ離れた大浦天主堂の前で被爆。 片平 聞く
8月3日(金) 塚本 テル子さん 当時21歳。被爆者を救護するなどして間接的に放射能の影響を受けた、いわゆる「救護被爆者」。患者でやってくる被爆者を看病した様子をつづった。 黒氏 聞く
8月6日(月) 里 登喜男さん 当時9歳。爆心地からおよそ3.4キロの防空壕の前で被爆。原爆投下直後の悲惨な状況を目の当たりにしていないため、被爆体験を語ることへの迷いにも触れている。 江原 聞く
8月7日(火) 山田 セモさん 当時32歳。爆心地から2.5キロ離れた稲佐町で被爆。2人の子どもを連れて街をさまよい、白骨化した夫の遺体を前に泣き崩れた。 渡辺 聞く
8月8日(水) 佐々木 浜子さん 当時19歳。爆心地からおよそ4キロ離れた自宅の縁側で被爆。視覚障害者で、原爆投下の状況を光や、音、臭いなどで表現している。 江原 聞く
8月9日(木) 山口 カズ子さん 当時17歳。爆心地から1.3キロ離れた三菱兵器大橋工場で被爆。原爆で家族を失い、遺体で溢れる街の光景を目の当たりにした。 渡辺 聞く
8月10日(金) 浦上 トミ子さん 爆心地から3.8キロで被爆。外で遊ぶ妹たちを呼びに出た際、爆風で吹き飛ばされた。 森田 聞く
8月13日(月) 山ア 栄子さん 当時18歳で入市被爆。原爆によって姉を亡くした。耳が不自由だったため、原爆投下の1年後に原子爆弾の存在を知り、体が震えた。 渡辺 聞く
8月14日(火) 森口 貢さん 当時8歳。原爆投下の時、佐賀県鹿島市に疎開していて、その後爆心地付近に入った入市被爆者。その後母が長崎の実家へ家族を探しに行き、その帰りを待った。 江原 聞く
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