被爆から72年。長崎原爆に関するさまざまな知識・情報を夕方のニュース「イブニング長崎」で毎日、お伝えします。

原爆ノート109「永井桜」「永井桜」は、原爆で一面焼け野原となった長崎市の浦上地区を再び「花咲く丘」にしようと、昭和23年に植えられたソメイヨシノです。みずからも被爆しながら救護活動に力を尽くした医師・永井隆博士は、受け取った寄付金をもとにおよそ1200本の桜を贈りました。植樹された桜は、地域の人たちに「永井桜」として親しまれ、大切に受け継がれてきました。しかし、ソメイヨシノの寿命はおよそ60年といわれ、台風で倒れたり枯れたりして20本ほどしかなくなったことから、永井桜を後世に残そうと、7年前から苗木となる枝をとり、接ぎ木して育てる取り組みが進められました。浦上天主堂に残る永井桜をもとに育てた2世の桜およそ200本は、長崎市内の学校など永井博士ゆかりの場所に植樹されました。戦後の復興を見守り続けた永井桜とその2世の桜は、被爆地・長崎で、平和の大切さと核兵器の廃絶を訴え続けています。
前のページへ 100ページ 次のページへ

          
▲ ページの先頭へ