2015/04/17(Fri) 13:20放送から90年、政野のよろしく!

杉ちゃんこと、杉山綾佳です。

今日のお相手は政野編集長でした!
「政野のよろしく」のコーナーでは、
今年ラジオ放送がスタートしてから90年ということで、
長野放送局の歴史について紹介しました。
今日はその一部をブログでもご紹介しましょう。

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長野放送局は、昭和6年3月8日に開局。
全国で11番目に古い局でした。
今は長野市稲葉、オリンピックのビッグハットの前に
長野放送局がありますが、
当時は長野市の城山(じょうやま)にありました。
善光寺にも近く、桜の名所でもありますよね。

開局の翌日から10日間で、7つの特別番組を放送しました。
当時は東京からの番組をそのまま流す形でしたが、
独自番組は、民謡・小唄・映画などが中心でした。

農業県ということもあり
霜害警報を頻繁に放送していたり、
養蚕の県ということで
養蚕講座の番組を放送していたんですよ!
長野県らしい情報番組ですよね。

長野放送局がスタートしてから10年。
善光寺参拝の様子を実況した番組が始まったり、
災害の際には受信相談や修理に応じるサービスコーナーを設けたりと
市民の皆さんとNHKがより身近な存在となりました。

一方で、日中戦争が勃発し、戦争に関するニュースに関心も高まり、
ラジオの速報性機能の強化・普及は、皮肉にも戦時色が強まるとともに
進んでいきました。

その後、戦争への動きはさらに加速しましたが
昭和23年
第1回「のど自慢素人演芸会」が行われました。
これが大盛況だったのです。
酔客の興奮もそのまま放送に流れたということで
今では見られない光景ですよね。
ラジオは貴重な情報源ですが、娯楽ともなっていたんですね。

徐々に戦後復興に向かいながら、教育に果たす放送の役割も増していきます。
長野・松本の両局に「ラジオ第2放送」が始まり、学校教育に役立つようになりました。

今でこそラジオはあって当たり前の存在となっていますが、
かつては貴重な存在!
時にはラジオからの防空情報におびえることもあったようですが
心のよりどころだったりと貴重な存在だったことを改めて実感しました。

放送の歴史をひもといていくと
本当にいろんなことがあったのだとつくづく思います。

次回は「テレビの時代」について紹介しますよ♪
お聞き逃しなく!!

以上、杉ちゃんでした。わいるどだろぉ~?
 

投稿者:杉山綾佳 | 

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