2019/11/08(Fri) 18:00この地域に暮らす1人として

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いつもライトなブログばかり書いているので大きな災害があると必ず更新が滞る阪本篤志(72.6)です。←体重は絶賛増加中。「仕事が忙しい→きょうは自分に“ごほうび”を与えてもいいかな→きょうも大変だった。ストレスたまるかも→仕方ない、ごほうびを…」という生活を続けたらこうなりました。最近、ウオーキングも再開したので近いうちに元に戻るはずですので心配はしていません(^з^)
と、いつものように軽口をたたくのはここまでで、今回はちょっとまじめな話を。

災害があったとき僕はいつもこう思っていました。
「被災地のために自分がすべきことは、被災した人たちに役立つ情報を伝えたり、被災した人たちの声を多くの人に届けたりすること。さらに義援金に協力すること」かなと。基本的にこの考えに変わりはないのですが今回の豪雨災害はちょっと違いました。

僕自身はどうだったかというと、風でバイクが倒れたとか、家が雨漏りしたとか、その程度で済みました。
ただ、普段お世話になっている人が浸水被害にあってしまったんです。
12日から連日の台風対応でしばらく休めない日が続き、疲れもたまりましたが、その人がSNSに上げた浸水した家の写真を見て、数日後、休みが取れそうだったので連絡を取ることにしました。
すると、その人もそのご近所もだいぶ片付いてきたとのことでしたので、お見舞いの言葉を伝えて手伝いには行きませんでした。
正直、これで休めるとほっとした自分と、普段お世話になっているんだからこういう時くらい役に立てよと情けなく思う自分がいました。

アナウンサーとしてNHKで働くようになって25年あまり。
これまで盛岡と新潟勤務時代に地震と水害に直面しています。そのときは同じ県の中であっても被災地が離れていたとか、自分の住んでいたところも被害を受けたほどの地震だったけれど長期化はしなかったとか、そうした理由からボランティア活動をするところまではいきませんでした。ただなぜか今回はじっとしていられません。
年を取ったからか、結婚をしたからか、雪かきを手伝ってもらっているからかわかりませんが、転勤族であっても“この地域で暮らしている”という気持ちが昔に比べて強くなっているんですよね。

知り合いを手伝おうという最初の思いは実現せずに終わりましたが、程なくして別の仲間が被災地でボランティア活動をしているという情報が入ってきました。今度はそちらに何か手伝えないかと聞くと、支援物資を配るテントで“店番”をしてほしいとのこと。作業の内容はよく分かりませんでしたがとりあえず行ってみることに。
そこは被災した人やボランティア活動をしている人たちに温かい食事を提供したり、全国から届いた支援物資を配ったりする有志の集まりでした。僕が担当したのは、段ボール箱にまとめて送られてきた物資をほどいて種類やサイズ別に仕分けをしたり、どこに何があるか書いたり、物資を求めてくる人が来たら差し上げたり、というのが主な役割です。やってみて感じたのは、仕事と違って組織立っているわけではないので誰かが音頭を取って合理的に作業を進めるわけではない、ということでした。
待っていても手持ちぶさたになるだけなので、自分で声をかけながらいろいろ手をつけてみる。時にはすでに仕分けられていたことに気づかず、分けようと箱から出してみて気づくこともありました。だったら「仕分け済み」とわかるように箱に書いてみようなど、手探りで進めていきます。
大きなブルーシートをたたむという作業もありました。職場であれば、自然に誰かがたたむ方向を指示して手際よく進めていきますが、知らない人同士だとお互い遠慮してしまいがちです。今回は、周りがみんな年長者で、いきなりヤングな僕(48)が仕切るのもどうかと思い、おとなしくしていたので、はじめはスムーズにいきませんでした。何日か通っているうちにどんどん話せるようになっていきましたが、最初は難しいですね。僕は遠慮していたつもりですが、もしかしたら消極的で人見知りなのかもしれません。自分より若くてもグイグイくる人がいると気おされて“あわあわ”してしまいます。一緒に活動している人のほとんどは僕が何者か知りません。肩書きも無く、普段と違う環境に身を置くと本当の自分の力や内面が見えてくる気がしました。
こういう場での作業の進め方についてですが、もしかしたら、何でも合理的に効率的に進めようという考えは合わないかもしれませんね。長期化が予想されるからこそ、みんな自分のペースで無理をせず手伝う、来られる時に来て、出来ることをする、というくらいの気持ち、良い意味で“ゆるゆる”していないと続かないかなぁと。もちろん雪が降る前に片付けなければならないような一刻を争う作業は別ですよ。

僕が手伝っているところにいる人は、被災地域近くに住んでいるけれど被災を免れた人や何かのグループに所属している人、さらにはその知り合いなどです。そこに食事や物資を取りに訪れる人を見ると、全国の被災地でボランティアをしている人たちや企業、大学のサークルなどで参加している人もいます。話をすると文句?問題提起?も出てきます。
ボランティアセンター経由にしたら休憩時間も決まっていて短時間しか作業が出来なかったとか、現場が決まるまで時間がかかってしまったとか、行政はなぜ個人からの支援物資を受け取らないのか…などなど。
もし自分がボランティアをあっせんする立場であれば、けがをしないように休憩を取ってもらうとか、トラブルが起きないようにちゃんと登録をしてもらうとか考えるでしょうし、もし自分が行政の立場であれば、個人からの物資を配って何かあったら責任を取れるのか、とか考えちゃいます。
怒る人の気持ちもわかりますが公的なところはフットワークが重くなってしまうのもある程度仕方ない気もするんですがどうなんでしょう。
おそらくみなさんもそんなことはわかっていても時間がないから、今動かないと先へ進めないから、怒りを口にするのでしょうが、僕には聞いていることしか出来ませんでした。

また、マスコミの人もよく来ました。ボランティア活動をしている人の中には、被災地の現状を伝えてほしいとマスコミに期待している人もいます。もちろん僕も、取材して記事やニュースになることは被災地支援に繋がると思っています。が、一方で同業者として見てしまうところもあり、「この人はいろいろ取材をしているなぁ」とか、「とても自然に寄り添っているなぁ」と素直に学ばせてもらうこともあれば、一方で「そこに陣取ったらみんなの邪魔になるじゃん」とか「どうして目上の人にタメ口なんだろう」と憤りを感じることもありました。災害が起きるとマスコミが感謝されたりたたかれたり、もちろん理解しているつもりでしたが、目の当たりにすると腹に落ちます。

もともと今回の話をブログに書くつもりはなかったのですがなぜ書いたかというと、現地では人の手が足りていないからです。
一緒に手伝っている仲間から、「友達でボランティアをしたいけど丸1日は難しいという人が多い。半日でも2~3時間でも出来ることはあるんだって伝えることはできないか」と相談されたので、この場を借りて伝えさせていただくことにしました。

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やれることはいろいろありますね。

投稿者:阪本篤志 | 

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