

流鏑馬おとめ参上!・又吉あけ美さん

流鏑馬。
疾走する馬の上から矢を放ち、次々と的を
射ていく伝統武芸。
又吉あけ美は22歳。
子どもの頃からのあこがれを追い続けて、
今、流鏑馬の射手(いて)を務める。
好きな言葉は“ヤマトナデシコ”。
強く、美しく、そして謙虚に。
「お客さんに喜んでもらえるようなきれいな射ができるように。」
心と体を整えて、あけ美、打つべし!
神奈川県三浦市。800年の伝統を持つという武田流の流鏑馬練習場です。流鏑馬
の基本は馬術。パートナーは“あずさ”。あけ美は射手になって一年ですが、あず
さの流鏑馬歴は14年。大先輩のご機嫌をとるのがとても大切です。

「最初は馬のことがすごく怖く感じたんで
すけど。だんだんこうやって手入れしたり
一緒に遊んでたりすると、馬が何を考えて
いるのかわかってきて。そうするとすごい
かわいくて楽しくなります。」
今時の乗馬とは道具が違います。
この鞍(くら)は、江戸時代から使われてい
る年代もの。
またがった時、鎧(よろい)の重さを馬に預けられるよう腰の乗る部分が小さくなっ
ています。ハミの幅は細い。馬は痛いようですが、そのぶん荒馬でも大丈夫。
鐙(あぶみ)は逆に幅が広い。後で説明しますが、流鏑馬では鞍よりも鐙に重心をか
けるので、こうなります。
「乗ると、ここに地面があるような感じです。足に合わせてずっと動いてくれるの
で。落ちたことは3回あります。」

流鏑馬は、約218メートルの距離を時速
50キロで駆け抜けながら3つの的を射ま
す。
大切なことは、馬の振動を射手が受けない
こと。射手の体が揺らいでいては、絶対
的には当たりません。
だから腰を鞍から少し離して振動を逃が
す。これを名付けて“立ち透かし”。
武田流では、この立ち透かしの乗馬術を口を酸っぱくして叩き込みます。
「立ち透かしというのは、鐙に体重の7割の力が入っていて、腰の方に3割。お尻
と鞍の間に鉛筆1本くらい腰を浮かしています。鐙をうまく使って、タイミングと
バランスで馬の反動を抜くようにしています。頭と肩が上下運動していません。上
半身が動かないことで的が当てやすくなります。いくら弓がうまい人でも、この乗
り方ができない人は流鏑馬では通用しません。」(小池さん)

当代随一の乗り手といわれている、小池師
匠。ご覧ください、小池師匠の模範演技。
上体が全く揺るぎません。
足腰は力まかせに踏ん張るのではなく、柔
らかく使って振動を逃がします。ここまで
上達するには10年はかかります。
乗馬の次は弓矢のけいこ。
ここで大切なのは呼吸を乱さないこと。
「弓道の時に息を吸っちゃうと重心が上にいっちゃうんで、打ち起こす時に息を
吐くようにしなきゃだめなの。息は“糸の息”で糸を引くような息で吐いていく。
で、会(弓を引いた状態)に入って、最後に丹田(下腹部)で爆発する。」(小池さん)
どんな時でも、ゆっくりと変わらないペースで呼吸をする。
息が乱れると手元も狂います。

鎌倉武士が熱中した座禅は、呼吸を乱さな
いためのトレーニング。下腹を意識しなが
ら少しずつ息を吐き、そのあと自然に息を
吸う。この繰り返し。どんな時でもあわて
ない、いつもと変わらない気持ちでいられ
るようになりたい。
あけ美は中学から弓道部。どちらかという
と、目立つことは嫌いな女の子でした。
「むしろ人の前に出るのが恥ずかしくて、思っていることはあるんだけど陰で発散
するタイプ。」(友人・森本さん)
「できれば本番に出たくないっていうくらいに思っていたんですけど。やっていく
うちに、馬に乗って本番に出る時は自分じゃない自分がもう1人いる気がして。」
「やっぱり大人っぽくなったっていうか、流鏑馬始めてから、おばあちゃんみたい
に妙な落ち着きがでちゃって。」(友人・森本さん)

流鏑馬にはちょっとコスプレの楽しみもあ
ります。本番では、衣装から鎌倉武士にな
りきります。これは行縢(むかばき)。鹿の
夏毛で両足を覆います。いにしえのものの
ふは、この行縢を着けて狩りをしました。
和風ワイルド。かっこいい!
あけ美が好きな言葉は“ヤマトナデシ
コ”。おしとやか、だけど強い。
「着ると、やっぱり流鏑馬ならではの格好なので、ちょっと自分じゃなくなったよ
うな感じがして、すごく身が引き締まります。」
あけ美はこの春、某国立大の建築科を卒業しました。就職も決まっていましたが、
流鏑馬の練習時間がなくなるので、悩んだ末、キャンセル。
一週間後、小田原で神事があり、武田流の流鏑馬が披露されます。
参加する射手は10人。あけ美もその中に選ばれました。

バランスがよく、立ち透かしは合格点。
あずさ先輩と息が合えば、大きなミスはま
ずないはずです。
一回の走りで3つの的を射る。本番での出
走は二回。狙う的の数は、都合6つ。
「当てようという欲を持たないで、お客さ
んに喜んでもらえるようなきれいな射がで
きるようにということだけを考えて、
本番には挑みたいと思っています。」
2月に開かれた小田原の梅祭り。
武者行列も繰り出して、城下町の春を盛り上げます。この日、武田流の10人は朝
から現地で試走を重ねてきました。かつて女性は、こうしたお祭りに観客以外の立
場で参加することはありませんでした。
でも今は違います。

小池師匠が天と地と満月に弓を引く『天長
地久之式(てんちょうちきゅうのしき)』。
平和を願い、わざわいを遠ざけようとする
千年変わらない人の祈りです。
10人の射手が一人ずつ順番に出走しま
す。あけ美もあずさ先輩にまたがって出番
を待ちます。スタートの合図をする大きな
扇。まずは先輩たち。
あけ美の一回目。
「一の的的中!二の的的中!三の的的中!」(アナウンス)
全的的中!
他の射手に比べてややスピードは劣りますが、確実性があります。
そして二回目。
アズサ先輩がハヤってます。そのまま引きずられる形で…出た!

はずした! 次も!
「あーごめんなさい…。ごめんね、ありが
とう、あずさ。」
「やっぱり難しいですね。たぶん最初で3
つ的を当てたので、次も当てようというの
があったと思いますね。それで狙うほうが
優先しちゃって、そういう面で当たらなか
ったんじゃないかなと…。
次はあんまり当てようとか考えないでいこうと思います。」
当てようと思うと当たらない。
流鏑馬道の奥は、まだまだ深い。
でもあけ美、その姿りりしいよ!

