サクマ式タイムマシンの作り方
放送予定
熱中スタジアム
[BS2]
2010年9月17日(金)
午後10:00〜午後10:59
[BShi]
2010年9月16日(木)
午後7:00〜午後7:59
[再放送]
[BS2]
2010年9月20日(月)
午後8:00〜午後8:59
[BShi]
2010年9月22日(水)
午前0:00〜午前0:59
熱中人
[BS2]
2010年9月18日(土)
午前7:30〜午前7:45
[BShi]
2010年9月28日(火)
午後7:45〜午後8:00
[再放送]
[BS2]
2010年9月18日(土)
午後6:40〜午後6:55
サクマ式タイムマシンの作り方・佐久間駿さん


音のタイムマシン


何かのとき、思いがけなく懐かしい音が耳
に飛び込んできて、胸がキュンとすること
ってありませんか?
真空管アンプ作りという趣味があります。
真空管という不思議な道具を使って、自分
だけの音の世界を創り出す。
今回の熱中人・佐久間駿さんは真空管アン
プ作りの名人。

こだわりの曲をこだわりの音で聴けば、昔の記憶がよみがえると言います。
「音録りされた時代に戻れるというか…一種のタイムマシンですよね。」

さあ、真空管が温まってきました。
今日は音のタイムマシンを操る、ちょっとイカしたおじいちゃまの物語。


送信管 VT51


サクマ式タイムマシンの部品は、秋葉原で
調達します。とっくに姿を消したはずの真
空管がまだこんなに。いまもオーディオマ
ニアに球(タマ)と呼ばれ、愛されていま
す。これは幻の球と呼ばれる300B、
一本17万円なんだそうです。
でも佐久間さんが好きなのは、昔大きな通
信機に使っていたような武骨な球。

「おー、面白いものがあるじゃない。」
何か見つけたようですよ。
「これこそ僕の愛する送信管ですよ。VT51、通称841。音が古くていいのが
出てくる。女性に例えると“日陰の身”かな。いわゆる、あんまり陽の当たらない
人。でも芯があっていい女。」
う〜ん、佐久間さんの頭の中では、もうタイムトラベルが始まっているようです。


モットーは、一曲一アンプ


佐久間さんが住んでいるのは千葉の館山。
海の近くで小さなレストランを経営してい
ます。
中に入ると、正面に小さなカウンター。
でもテーブル席は真空管アンプがずらり。
モットーは、一曲一アンプ。
たった一曲を聴くために、それ専用のアン
プをひとつ作ってきました。

これはかつてNHKのラジオ送信に使われていた、真空管4P55。ベートヴェン
第9交響曲のための球です。1942年、フルトヴェングラーが指揮した伝説の
コンサー卜に連れていってくれます。
原音を忠実に再生する今のオーディオ機器と違い、真空管アンプは自分が聴きたい
音域だけを強調することができます。佐久間さんは普通のアンプでは聴くことがで
きないコントラバスの低音を、10年かけて聴こえるようにしました。


音楽は哀愁とエナジー


「音楽は哀愁とエナジーがなきゃ。ジャズ
もクラシックも演歌もさ、みんなそうです
よ。哀愁とエナジーがなきゃ音楽じゃない
ね。」
佐久間さんは代々続く医者の家に生まれま
した。体が弱く、子供の頃の友達は鉱石ラ
ジオ。コイルを巻くと、何もないハズの空
中から音が出てくる。

すごく不思議でした。その頃のお気に入りはNHKの気象通報。
「感動したよ。レシーバーから音が出てきた時は感動したね。それが僕好きでさ、
よく聞きましたね。毎日聞いていると音楽聞いてるような、歌っているような感じ
に聞こえる。1010ミリバールっていう島があると思ってた。そこはいつも穏や
かな風が吹いて、晴れている。だから正直、そこにいつか行って、その島で泳いで
みたいって思ったよ。」


“半グレ”生活


親の仕事を継いで医者になるのは嫌でし
た。18歳になった佐久間さんは高校を
中退し、家を飛び出します。仕事につかず
毎日銀座でブラブラする生活。
「当時ね、“半グレ”って言葉が流行った
の。ヤクザでもないしカタギでもない。
要は定職にも就かずプラプラしてる人間。
そういうの、いっぱいいたの。」

昭和30年代、東京オリンピック直前の銀座は、音楽にあふれていました。若者に
人気があったのは、生演奏を聞かせる音楽喫茶。佐久間さんも、テネシー、銀巴里
(ぎんぱり)、タクトといった名店に入り浸りました。
「テネシーってこの辺りじゃなかったかなー。」
昭和30年代の銀座にあふれていたエナジー。
それは佐久間さんの体の中に、今も脈打っています。


一途な人


3つ年上の奥さんと知り合ったのも、この
銀座でした。う〜ん、どんなロマンスだっ
たんでしょう。
20歳で結婚した佐久間さんは、半グレ生
活に別れを告げ、館山でレストランを開き
ます。
「おい、できたぞ。ママ。」


店のメニューはこのハンバーグだけ。
でも、常連のお客さんが途切れることなくついてくれました。

「お料理を作る時も一生懸命作ります。アンプを作る時も一生懸命作りますよね。
その時その時、そのことに没頭しますね。一途な人だと思いますね、主人は。」
(妻・邦子さん)


サクマ式タイムマシン、製作開始


さて、秋葉原で見つけたVT51。
別名“日陰の身”の出番がやってきたよう
です。
これで何を聴くのかな?
なんと!北島三郎さんの『兄弟仁義』。
「もちろん北島三郎の歌はいいんですが。
メロディーもいいけど、やっぱり歌詞がい
いね。特に2番。この歌詞のためにアンプ
作るようなもん。」

サクマ式タイムマシン、製作開始です。
佐久間さんは、設計図や配線図を一切書きません。フリージャズのようにアドリブ
の配線もしばしば。


アンプの動脈


「回路図、配線図?そういうのに縛られる
の嫌なんだよね。その中に閉じ込められ
ちゃってさ、脱皮できないから。」
67歳になっても、脱皮したいと言う佐久
間さん。すごいなー!
今度は何やら持ち出しました。
「いわゆるアンプの動脈を作ろうと
思って。物置きから出してきた。」

アンプに動脈があるんですか?
「その当時はやってる方がいたんですよ、まだ。」
中央に太い銅線を一本張るアース母線。昔のアンプの作り方です。
余分なノイズを一気に取り除く、豪快な仕掛けです。
「張りました。」


自由な人生の部分


真空管VT51、別名“日陰の身”で作っ
た、サクマ式タイムマシン。
今回の行き先は、昭和40年。
新宿のキャバレー。
にぎやかだけど、どこかもの悲しい場所。
いわゆる哀愁とエナジー、ですね。



「あとは頼むと駆け出す路地に、ふるはあの娘のなみだ雨。
人間って束縛されて、みんな生きてますから、自由を得るなんてことは、無理だ
と思いますよ。死んでも得られないかもしれない。
だからまあ、好きな音を奏でるこういうマシンをさ、自分で好きなようにできるっ
てことが、僕の一番自由な人生の部分かな。」
館山の海の近くのレストラン。メニューはハンバーグだけ。
マスターは音を自由自在に操るタイムトラベラー。
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プロフィール
サクマ式タイムマシンの作り方
佐久間駿さん
佐久間駿さん
67歳。
真空管アンプ作りの名人。