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館長だより

2022年08月03日

あの日放送は何を伝えたか 第7回-2

【1942年8月8日「大詔奉戴日」の特別編成(2)】

80年前の確定番組表から毎月8日の「大詔奉戴日」(たいしょうほうたいび)の特別番組の記録をたどっていますが、前回の1942年7月8日に引き続き今回は1942年8月8日の放送を見ていきます。
「大詔奉戴日」のおさらいです。この日は太平洋戦争が始まった1941年12月8日が「開戦記念日」であることから、戦勝にむけ毎月8日は国を挙げて戦意高揚を図る日として始まった国民運動です。

毎月8日の番組表は冒頭に「◎大詔奉戴日」と記載があり、まず午前6時から「大詔奉戴日体操大会」の中継放送が組まれています。このパターンは大詔奉戴日の基本編成となっているので7月8日も8月8日も体操の会場が違うだけで内容は同じです。この日は大阪市からの中継でした。ではその後はどんな番組が放送されたのでしょうか。

体操大会の中継の後午前6時半から「君が代」の演奏に続いて「詔書奉賛(録音) 大詔を拝し奉りて」という項目が並んでいます。これは1941年12月8日に東条首相がラジオ放送を通じて開戦の詔書を読み上げた際の録音放送のことです。これも大詔奉戴日の基本編成になっており、毎月8日のこの時間に放送されていました。つまり毎月8日の朝になると毎回開戦を告げる東条首相の声がラジオから繰り返し流れていたということです。まさに国を挙げて戦争に突き進んでいた当時の大政翼賛体制を象徴する編成です。

日米開戦の詔書を読み上げる東条首相
 「放送」1942年1月号より

放送はこの後「大詔奉戴」「愛国行進曲」などの行進曲中心の音楽番組に続いて、午前中に「夏の学校放送」が放送されています。これも「大森区入新井第4国民学校」(現在の大田区立入新井第4小学校)からの中継となっています。

「大詔奉戴日」でも学校放送があったのか、とちょっとホットしたのもつかの間、よく内容を見てみると、やはり内容は子どもたちを「愛国少国民」として育成する題材が並んでいます。特に「お話 強く明るく」となっている項目は日本海洋少年団理事・植村茂夫海軍中将が担当となっています。植村中将は戦時中に「海軍魂 日本海軍はなぜ強いか」という著書を残しています。この講話のあとに続く音楽も「立派な兵隊」ほかとなっていて、この当時の教育現場の様子がうかがい知れる内容です。徐々に戦況が悪化していく一方で、放送はいよいよ大勢翼賛体制を支えるメディアとして大きくかかわっていきます。

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