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放送博物館 所蔵資料

こちらに掲載しているものは所蔵資料で、展示しているものとは限りません。

ラジオ

ギルフィラン GN-1型 電池式 5球 ニュートロダイン受信機(1924)

コレクターの間でヴィンテージラジオと呼ばれる1924年当時の高級ラジオ。このGM-1 型は、その中でもヴィンテージラジオと呼ぶにふさわしいものである。ハゼルチン博士の発明特許によるニュートロダイン方式で、ギルフィラン兄弟社がライセンス契約をし製作した。

サイズ
26×84×31cm

日本無線V-11型 電池式 5球ニュートロダイン受信機(1924)

1924(大正13)年、ギルフィランのニュートロダインを手本に作られた。

3個の同調ダイヤルが、それぞれ内部のバリコンにつながり、その後ろに鮮やかな緑色の線を巻いたコイルが並ぶ。この大きなダイヤルを交互に調節して同調を取る。

回路が簡潔で部品の設計も良く、しかも作りやすいというので、日本ではギルフラン型のコピー製品や製作キットが次々に登場した。

サイズ
36×73×34cm

ジュノラ 6A型 6球スーパーヘテロダイン受信機(1925)

RCAのライセンスを受け、スーパー7をお手本に製作。

ループアンテナを取り付けた、当時の国産高級機で、角型1.5V電池2個、積層45V電池2個、90VB電池1個を使用。スピーカーはRCA社UZ1325型ラジオラウンドスピーカーに適合。

東京電気からTECの商標で販売された。

サイズ
52×47×31cm

ニュートロダイン用ループアンテナ(1925)

放送開始当時は、放送電波の出力が小さく、様々なノイズが受信者を悩ませた。弱い電波をいかにうまくとらえるか、人々は知恵をしぼった。

このループアンテナは、円形の基部に方位磁石が埋め込まれ、正確に放送局のアンテナに向けて受信できるように工夫されている。芝浦製作所製。

サイズ
110×90×20cm

アットウォーターケント 7球 ラジオ(1926)

スリムなラジオ本体とつや消し加工を施した優雅なホーンスピーカー。当時としては画期的なデザインのラジオである。黒を基調としたダイヤル面には各所に金色の部品があしらわれ、中央上部に「ATWATER KENT」の文字が輝いている。原音のままに「アトワタケント」と呼んだ。

サイズ
15×58×18cm

RCA エレクトロラ RE45型 10球電気蓄音機(1929)

愛宕山に放送局があった時代、スタジオの中に設置し、再生音をマイクロフォンで拾い放送した。電気蓄音機であるが、RCA自慢の高周波5段ニュートロダインラジオも内蔵している。

ダイナミックスピーカーのフィールドコイルを電源安定回路に使ったフールドエキサイター型を採用し、電磁型カートリッジを備えた最高級の電蓄である。

サイズ
142×66×46cm

テレフンケン 33WLE型 交流式 4球受信機(1931)

1930年代に入ると、ラジオ受信機は小型のものが好まれるようになってきた。テレフンケン33号WL型は、その傾向を具体的に示したものである。

レコードを聴くためのピックアップをつなぐことができ、ラジオとアンプの役目を兼ね備えた操作性の優れた受信機である。音量も家庭用としてほど良い出力を確保している。

側面は薄い鉄板、前面パネルはファイバーである。

サイズ
42×36×15cm

シルバートーン 5球 ラジオ(年代不詳)

アメリカでは車の普及とともに旅行も盛んになり、地域の放送を聴きたいという要請が高まった。車のトランクに性能の良いラジオを入れ、旅行やピクニックをより楽しいものにしたいという要望から生まれた、オールウエーブ受信機である。

フタの裏に世界地図が描かれ、主要な放送局の名前が記されている。船での長旅で母国の放送を聴いたり、目的地の放送を受信するなど、夢多い受信機であった。

サイズ
28×36×20cm

フタバ FB-5型 交直両用 国防受信機(1934)

この受信機のできた当時は、夜間だけしか送電のない地域があった。昼間は蓄電池によって受信し、夜の間に充電した。昭和9年室戸台風が上陸したとき、停電の中でこのラジオを聴き500人の生徒の命が救われたというエピソードを持つ。

キャビネット右側面にはA電池、B電池の切替スイッチが取り付けてあり、当時の電力事情を伝える貴重な存在である。

サイズ
44×33×21.5cm

日本電波 3球 電気スタンド型 ラジオ受信機(1937)

日本電波工業研究所(大阪 東淀川)が独創的な発明品として、1937年発売した「照明受信機」。電気スタンドでラジオが聞けるというのが謳い文句。

宣伝文に「照明ランプから自然発生する熱は、ラジオの故障原因となる湿度を防止し、耐久性を保持する」とあり、ユーモアすら感じさせる。

サイズ
47×18×18cm

放送局型 1号受信機(1938)

日本放送協会では、1938(昭和13)年、標準的な受信機の規格を作ることになり、「安価で優良なる」放送局型受信機を発表した。

回路の仕様、価格、製作方法、製作試験など細かい項目が定められ、出荷検査で合格したものには「放送局型受信機之証」と書いた標章が貼付された。

以降「戸毎にラヂオ」を目標に一層の普及が図られる。

サイズ
26×34×20cm

放送局型 3号受信機(1938)

3号受信機は1号受信機とほとんど同じ特徴をもつが、調節部分を少なくし、しかも感度を高めるよう新しい回路が工夫されている。

この頃からラジオ関係の雑誌などを通じて、ラジオを聴くときには必要以上の音量を出さないようにというキャンペーンが行われるようになった。

サイズ
41×29×22cm

放送局型 122号受信機(1940)

1940(昭和15)年になると、材料節約時代を反映して、ラジオ受信機にも、鉄・銅・アルミなどの節約が要請されるようになった。局型1号では、全重量4.8・のうち鉄材約2.2・、銅材約400gと試算、当時の国内生産台数を150万台と見て材料の節約設計を行っている。

サイズ
24×40×16cm

放送局型 123号受信機(1941)

122号と同じく資源節約型のトランスレス受信機である。さらに資材の節約と製作工程の簡素化をはかるため、ダイヤルを直結構造とし、裏蓋に通風口を設け、真空管の配列を変えるなど一部を改めている。

1940(昭和15)年12月商工省告示により局型受信機の公定価格が設定された。122号受信機は42円30銭、123号受信機は57円60銭である。

サイズ
24×40×20cm

ゼネラル 5S-4型 マジックアイ付5球スーパー受信機(1951)

1951年代、八欧電機(現富士通ゼネラル)。

戦後6年たって、ラジオ放送が良く聴こえるようになり、地域の放送局も独自の番組制作をするようになってきた。スーパーヘテロダイン受信機は多くの放送局を選択聴取するのに機能を発揮した。同調をたやすくするマジックアイのグリーンの発光も人気を呼んだ。

サイズ
30×45×24cm

シルバー DX90型 電池式 ポータブル4球受信機(1953)

トランジスタラジオが出現するまでの数年間は、ミニチュア真空管による電池式のポータブルラジオがアメリカから日本に入って人気となった。

DX90型受信機は1953年頃のもので、のちにA電池の消耗を改善するため、新しい改良型の真空管を使用している。フェライトのバーアンテナを採用した4球スーパーヘテロダインで音質は良好であった。

サイズ
12×18×5cm

ナショナル UA-120型 交直両用 5球全波ポータブル受信機(1957)

トランジスタ式ポータブルラジオが市販されて数年たった1957年頃に発売された電池用真空管使用の受信機。

トランジスタ式ラジオとの格差をつけ、音質と受信安定度によって高級ポータブル受信機に仕立てようとした。付属のクリスタルイヤフォンで聴く時には、出力真空管の動作を止めて電池の節約を計るなど、設計上の配慮がなされている。

サイズ
17×26×65cm

ナショナル AF-640型 7球AM FMハイファイ受信機(1958)

1957(昭和32)年、FM実験放送が始まると、ラジオの音質が大いに改善された。スピーカーも高音用と中低音用の2つになり、音域もよくなった。AM方式では高域が十分ではなかったが、FM方式になって10KHzを超える高音域の受信・再生が可能となった。

本機は同調指示にマジックアイを使用した真空管式スーパーヘテロダインで、AM・SW・FMの3バンド受信機である。

サイズ
34.5×54×21cm

東芝 6TP-243型 6石 トランジスターラジオ(1958)

1958年に発売された6石トランジスター、1ダイオードの中波受信機。

厚さが35mmと薄く、ワイシャツのポケットにも入れやすかったため、放送解説をイヤフォンで聞きながらスポーツ観戦を楽しむことが出来た。

サイズ
11×7×3.5cm

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