おばんですいわて

「沼田真佑さん」

【あれから1年 芥川賞作家・沼田真佑さんの素顔】

盛岡市在住の沼田真佑さん。去年のこの時期、岩手ゆかりの作家として初の芥川賞受賞となり、創作の幅も広がっています。
7月には、継続して取材している渡邉真佑子キャスターが聞き手となったトークショーが開かれました。会場の岩手県立美術館は、受賞前から、沼田さんが執筆活動の合間に一息つける場所として訪れていた特別な場所で、当時の取材でも、公園のようになっている外のベンチに座ってインタビューしました。
あれから1年、沼田さんの素顔に迫りました。

【沼田さんの素顔 “実は鉄塔が好き”】

−子どものときから広々としたところが好きなんです。河川敷でも野球場でもよかったんですけれども、その中でちょっと思入れがあるといえばここ(県立美術館)かなと思って。というのは、僕は鉄塔が好きで、近くに鉄塔がありますよね。よく無職のときとか、見に来てたんですね。それと、ちょっと縁起がいいのかなと思って。

(鉄塔など)静かな生き物ってかわいいと感じます。もちろん、じゃれてくる生き物もかわいいですけど。鉄塔も犬とか牛とかと一緒で、黙って立っているとかわいいなって。子どものころから好きでした。この場所で、心のバランスをとっています。

【芥川賞ノミネート時を振り返って】

−まず「あなた候補になりましたけど受けますか?」って電話が来るんですよね。
わたしは「あ、受けます」みたいな感じでした。
それから実際、賞の結果が出るまでは1か月くらいありますが、その間、もう1つ、別のプレッシャーが出てくるんです。
いわゆる“デビュー後の第1作、第2作目は書けなくなるんじゃないか”っていうプレッシャーで、本当に30日間、家のポスト見るぐらいで、自宅を出なかったです。
けっこうずっと書いていて。

【作家を目指したきっかけは…ないんです】

−じゃあなぜ新人賞に投稿しているんだっていう話になると思うんですけど。
それはやっぱりみなさん趣味をお持ちだと思うんですけど、例えば、お庭づくりとか。去年の花は咲いたとか、ちょっと見せたくなるころってあると 思うんですよね。それです。
これまた自分の照れで、書いているのを自分で言えないんですね。恋人とか、かなり近しい人にも言えなくて、要するに作家の卵、○○の卵みたいなのが恥ずかしくて。
だから、友達にも見せられない。だったらプロに見てもらおうと思って送ったんですね。ちょっといいのができたからどうかなと思って。


書くことは昔から好きだったです。16歳ごろから書いていました。
僕は大学を出て11年くらい、福岡市でサラリーマンをやっていたんですけど、そのとき、3連休があったりしますよね、それでも「あ、3日間小説書ける」って趣味だったんです。パチンコやカラオケみたいに。基本的に楽しめるのは書くことでしたね。


−わりと昼型です。日の光があるところでないと書けないんですよ。だから、日の出から日没までというと変ですけれども、その時間に仕事している。
その間、普通に2階にいるんですけど、1時間おきに下りてきてお茶をいれたり。
締め切りによっては嫌でも書かないといけないんですけど、大体は、昼の11時〜夕方の4時半くらいまでで、でも書いている実働は90分くらいですね。その前後は、じっとしてずっと考えたり、絵を描いたり、音楽を聴いたり、それで急に「おっ」となって書いてみて、「あ、ダメだ」ってその繰り返し。

【登場人物から電話が…?】

−その時間は苦しいときが多いです。基本的にはゼロから作るので虚しいんですよね。無駄ごとをしているような気がする自分が。特に宇宙なんか見ると空とか見ると星がいっぱいあって、僕がいて書いている「あぁ全く無駄だな」と思う、それが怖い。
それで、自分をまず、ごまかすことから始めるんです。

自分の作品世界の小説に出てくる人物が本当にいると信じ込むことを大事にしています。
だからその人物が当然、いるような気がします。
書いているときに電話がかかってきて、登場人物と同じ名字だったりすると、ドキっとしますよ。来るわけないのに。そういう精神状態のとき、結構作家の人としゃべったらそういうの多いんです。ぼくだけじゃないんですね。

【子どもも好きです】

−作家の前は塾講師、博多時代は10年以上勤務していました。
子どもは基本的に好きですよ。昔から。マンガでも子どもが出てこないと読めないくらい。だから、楳図かずおとか大好きですね。なぜ好きかっていうと、アナーキー(無政府・無秩序)でしょ。
自由というか。結構6歳くらいから社会化されてつまんなくなっていっちゃうんですけど
まだまだ大丈夫でしょ。だからすごく楽しい。あのアナーキズムは勉強になりましたね。
やっぱり子どもと付き合っていて、いいなぁと。
よく満員電車で泣く子どもとかいるでしょ。あれ、うらやましいなって思いますね。
我々もね、あれができるなら。

【こだわりの原稿用紙“チラシ”からも生み出す作品】

−原稿用紙は基本的に白紙です。罫線の入っていないものですが、チラシとかにも書きます。黄色いチラシあるの分かります? 黄色い紙の。あのウラって黄色いじゃないですか。ツルツルしていないというか。黄色いホタルの光みたいな。あれ好きなんですよ。豚肉99円とか書いたチラシ。あれはかなり頻繁に使います。黄色に黒がすきなんです。色味がかっこいいなと思って。

そして、執筆中、「こだわり」を消す作業のほうが書くとき大事なんです。
最初は、構想がすごいあるんです。世界を救うみたいな感じになっているときはバカなときなんで、だんだんお前なんか意味ないんだぞって、だんだん消していって客観視するんです。意味ないけどがんばれよ〜って。応援するというか。
だからといって最初は緻密な作業が大事なんですね。それを壊していくことが大事。壊すために作る。壊すために粗見本としてストーリーとかを設定して全部立てるんですね。それで登場人物を、文章では書かないけれども、目の色とか全部決めるんです。書きませんけれど。それを書いたら読む方としては超退屈ですし、押し付けがましい。想像してほしいわけですからこっちは。勝手に人物の顔とか身近な人に置き換えてほしいんです。だけど、書く方としては読者と一緒だと信じたいですね。

【岩手での暮らしは?】

−岩手の印象は、やっぱ子どもの頃僕は昆虫少年だったので、こっちにきたばっかりのときは、33歳でした。今39歳ですけど。来たばっかりの時に無職でしたが、毎日のように虫捕りしてましたね、それぐらい自然が豊かで最初はすごい嬉しかったですね。
だんだん、自分の状況に気づいてきましたけど。
あと、健康になりましたね。まぁ一見そうは見えないかもしれないんですけど、なんか健康的になりましたね。空気がいいからかな。
あと、川のニオイ。きれいでしょここの川。それは感動というかびっくりしましたね。
今は親のところにいます。無職のときに散々世話になって、こうなってすぐに出て行くっていうのはどうなのかな?
あとは、雪かきや灯油を買いに行くときとかの要員になっているんで。
おばあちゃん、祖母が96かな。あとポメラニアン9歳がいて、あと60代の両親がいて、灯油と雪かきをするやつがいなくなるっていうなんかそれもあって、本当は県外にも行きたいんですけどね。

【はっきりモノをいう作品に向き合っています】

−小説まだ4本しか書いていないんですけど、本になったのは1冊だけですけど。
はっきりしないものばかり書いてきたんですね。
ちょっとそろそろモノを言わないといけないのかなというのはあります。
自分はそんなに言いたくないんですけど、はっきり言えって言われるんじゃないかなとは思います。
去年の冬ぐらいからずっとやっているものがあって、失敗失敗でいま、一番年越しそばとか食べてもそれがあって、ずっともう。早くやめたいです。終わらないですね。
なにかはっきりモノをいう、伝える作品は、向いていないので苦しんでいるんですけど。社会的なものなので。
でもこれはいま、しゃべっているだけで、雑誌にのらないかもしれないですけど。
ただ、修行にはなりますね。苦手なことをチャレンジするっていうのは、すごい力になるとは思っています。

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