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宮崎 ウクライナ避難民を支えるスナックの“ママ”の思い

  • 2022年07月07日

    ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって4か月余り。宮崎県にもウクライナから避難してきた人が4世帯11人がいます。(7月1日時点)

    文化も言葉も全く違う日本で暮らすウクライナの人たち。
    そんなウクライナからの避難民を宮崎市の繁華街の1軒のスナックのママが受け入れ、ともに生活をしています。

    なぜ赤の他人ともいえるウクライナの人を支えるのか?
    ママをかきたてた胸に残るある思いとは。

    ウクライナ従業員からの叫び
            「ママを助けて」

    宮崎県内最大の繁華街“ニシタチ”の一角で、スナックを営む中田清子さんです。20年以上、1人で店を切り盛りしています。

    ことし3月、ウクライナから避難してきたリリア・メレニブスカさんを受け入れました。

    きっかけは、中田さんの店で去年から働くリリアさんの娘、アリーナさんからの相談でした。


    「母親を助けてほしい」

    自宅に居候させていたアリーナさんが中田さんに打ち明けてきたのです。赤の他人ともいえる親子。しかし、中田さんはすぐにリリアさんを受け入れることを決断しました。
     

    中田清子さん

    スナックのママ・中田清子さん
     「だって一番、傷を背負っているのはリリアだと思うし。その場所を見てきてるから。戦争の状況をね」

    店内で過ごすリリアさん

    「1人でいるのは怖い・・・」

    リリアさんは中田さんと娘のアリーナさんが店で働いている間、店内でひとり静かに過ごしています。
     

    リリアさんの気がかりは息子・・・

    リリアさんと息子

    ウクライナ北西部のジトーミル州に住んでいたリリアさん。ロシア軍の攻撃が始まって2週間後に、ポーランドに出国し、避難所で過ごしました。

    今、最も気がかりなのは国に残る息子です。
    ウクライナ軍の予備役としていつ戦地に出てもおかしくないのです。

    ことし5月、宮崎市で講演会に招かれたリリアさんは、攻撃を受け続ける母国や、離ればなれとなった家族への不安を涙ながらに打ち明けました。

    リリア・メレニブスカさん
    「毎日戦争のことを考えています。とても悲しくてよく泣いています。息子がウクライナ軍に所属しているのでなおさらです。神様に彼の無事を祈っています」

    言葉も通じず、
    コロナ禍で厳しい売り上げ・・・

    2人と一緒に生活する中田さんは、リリアさんを元気づけようと、ときどき娘や孫たちを自宅に呼んでいます。

    日本語がまったく分からないリリアさんにとって翻訳機は欠かせません。なんとかコミュニケーションをとっていますが、なかなか細かいニュアンスまでは伝えることができません。

    言葉の問題に加えて、中田さんの大きな負担となっているのが日々の生活費です。新型コロナの影響でスナックの売り上げが以前の半分に減るなか、リリアさんたちの面倒を見るため食費も光熱費も3人分に。

    県外にいる大学生の息子への仕送りを止め、貯金を切り崩してなんとかやりくりしています。

    中田清子さん
    「私そんな立場じゃないよ、今。何してんねん、アホちゃうかって自分に思ったりとか。店の状況とかを考えたらほんま大丈夫かなって考えたりすることもある。お金の面とか、ちゃんと大丈夫かなって」

    なぜそこまでする?ママの原点

    なぜ、赤の他人ともいえる2人にここまでするのか。
    中田さんの胸にあるのは、過去に助けられた経験です。

    かつて大阪に住んでいた中田さんは、両親とうまくいかず、中学校卒業してすぐに家を飛び出しました。

    行く当てもなくさまようなか、
    1人のラウンジの“ママ”に救われました。

    家に受け入れ、接客業のイロハを優しく教えてくれました。娘のようにかわいがってくれたママは、その後、30代の若さで病気で亡くなったといいます。

    今も店内にはママの写真を大事に飾っています。
    どん底だった自分を救ってくれた。中田さんの宝物です。
     

    中田清子さん
    「優しいし、怒るときは怒るし、ちゃんと教えてくれた。右も左も知らなかったし。ママは結婚していなくて子どももいなかったから私を娘のようにしてくれた」

    中田さんがスナック店内に置いているリリアさんへの募金箱。これですでに3箱目です。リリアさんを支える中田さんを、常連客たちが応援してくれているのです。

    かつて自分を受け入れ、救ってくれたママと繁華街。
    “困っている人に居場所を提供したい”
    中田さんの原点がそこにあります。

    中田清子さん
    「性格なのかな。何やっちゃろうか。はじめは“知らんわ”って思うけど、あとで“大丈夫かな”って気になりだして放っておけない。私も若いとき助けられたことがあるし、人間って1人で生きていけない。やっぱり周りがいての自分というか」

    できるかぎり支え続ける・・・

    リリアさんが中田さんのもとに避難してから3か月余り。徐々に日本の生活に慣れようとするリリアさんの姿がありました。

    中田さんはリリアさんを積極的に買い物に連れ出すようにしています。支払いをさせて日本のお金を覚えるなど日常生活を送れるようにするためです。この日は中田さんの知り合いから、サプライズで洋服をプレゼントされました。
    リリアさん、覚えた日本語で精いっぱい答えます。

    店員「今度、着てきてください、お買い物に」
    リリアさん「よかった。ありがとうございます」

    軍事侵攻に終わりが見えないなか、中田さんはリリアさん親子を支えて行く決意です。

    中田清子さん
    「正直大変なことはたくさんあるけど、断らなくてよかったと思う。いまは家族だよね、一緒にいるから。腹立つときは怒るときもあるし、言葉をぶつけたりすることもあるけど。いまは本当のファミリー」

      • 安間来夢

        宮崎コンテンツセンター・記者

        安間来夢

        ドイツ生まれで宮崎が初任地
        宮崎生活も3年目。
        宮崎の魅力を全国に発信したい!

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