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【ゲスト】取手二高甲子園優勝メンバーの皆さん

中島彰一さん(当時.5番キャッチャー)
現在.社会人野球 新日鉄住金鹿島監督

塙 博貴さん(同  8番センター)
大手電力会社勤務 ボーイズリーグ つくばボーイズ監督

柏葉勝己さん(同  7番ライト/リリーフピッチャー)
水産卸会社勤務

 
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◇放送されたトークより◇

(優勝の年、初戦でいきなり箕島高校〔和歌山代表・その5年前には春夏連覇を達成していた当時のスーパー強豪校〕と当たって)


中島「正直ですねぇ、そんなに箕島ってチームが強いってのは印象なかったんですが、木内さんが(相手の)尾藤監督に、やたらひけめを感じてたっていうかですね、それで強いチームとやるんだなっていうのを、感じたのをすごく憶えてますねぇ」


(^_^)まだ甲子園の名物監督となる前の若き日の木内さんを語る貴重な証言かもしれませんね。

(当時の神がかりのような快進撃を振り返って)


中島「木内さんはよく、神様は信じるな、自分を信じろ、と言われてたのもありまして…」


(^_^)けだし名言ですね。


(決勝のPL学園戦、終始優位に試合を進めるも9回同点ホームランを浴びて)


 「小学生の頃、“逆転のPL”〔昭和53年夏、準決勝・決勝と連続サヨナラ勝ちで優勝したことからの異名〕を見て野球やったみたいな育ち方してたんで、最後まで不安だったんですね。そしたら案の定…(笑)」

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(^_^)TVで見てたあのPLとやってる、ってな感じの半ばファン目線で試合をしていたのがうかがえます


(9回、同点に追いつかれてなおピンチの場面で)


柏葉「ブルペン行けよ、用意しろよっていう監督から合図があったんですけど。控えキャッチャーのミットが見当たらなくて、『あらら~』って間にもう登板って感じだったんですけど…」


一同(爆笑)


 「いやいやいや、初耳です」


中島「(見事成功した柏葉さんのワンポイントリリーフは)大きかったですねぇ、まぁ、たかだか2球でしたけど」


一同(爆笑)


(^_^)とんでもない秘話も聴けました


(延長10回、伝説の決勝スリーランについて)


中島「(すんごい大根切りでの一発は)無我夢中なんですよ。要は、打ちにいって止まらなかったって感じですね。(まっすぐの握りが見えたという話もあるが)そうですね。桑田君、実はカーブもまっすぐも同じ握りだったんですけど、僕はそれを知らずにですね、まっすぐと思い込んで、1、2の3で振ったら当たったって感じですね」


(^_^)こういうのを勝負の綾、と呼ぶのでしょうか


(取手二“やんちゃ”伝説 の答え合わせ その①<インタビュー通路で大騒ぎ>


柏葉「初戦の箕島戦に勝った時にインタビュー通路で騒いでしまって注意を受けたっていうことがあったんですよ。ちょっとあの時、いろいろ騒ぎ過ぎたというのがあって…」


(^_^)知る人ぞ知るエピソードですが、誇張でなく事実でした


(取手二“やんちゃ”伝説 その②<大会中に海水浴へ>


中島「あれ、木内さんがですね、お前ら勝ったら、箕島に勝ったら海水浴連れてってやるって、言い出したんですよ」


一同(爆笑)

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司会「また、そんなこと言い出す監督もなかなかいませんけどね」


中島「よっぽど自信がないんだなって思ったんですけど…」


 「あれ、試合の途中だよね???」


中島「そうそうそう」


司会「え?試合の途中に!?なんて会話がされてるんでしょうね、ベンチで」


中島「別にそのためにがんばったワケじゃないんですけど。監督はなんかそこで流れを変えたかったじゃないですかね」


司会「なるほどねぇ。で、泳いだんですか?」


中島「入っちゃいけないっていうんですけど、海、前にして入らないワケにいかないじゃないですか」


司会「そりゃそうですよね」(爆笑)


 「石田はね、ピッチャーなんで、お前は入るなみたいなね。あとは俺らは入るって」


一同(爆笑)


司会「柏葉さんだってピッチャーですけど、入りました?」


柏葉「入りました(即答)」


一同(爆笑)

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(^_^)これも有名な話ですが、なんと試合中に出てきた話とは。本邦初公開の秘話となりました


当時のメンバー・下田和彦さん(3番レフト)から取材した“やんちゃ”エピソードもご披露


□宿舎にあったスケジュールを記入するボードに、木内さんが「自由」と大書して終り、だったので、みな神戸三宮の街を出歩いて楽しんでいた


□優勝した晩は宿舎で大宴会。宴会場で舞台もあったから、カラオケで歌って踊った


(^_^)大会中も常にリラックスムード。大会が終わるや、はっちゃけ祝勝会。これぞ“のびのび野球”の取手二高ですよね


当時の監督、ご存じ木内幸男監督も電話で参戦


木内「やんちゃとかなんとかいいますけど、2~3人ちょっとやんちゃなのはいたんですが、ただ甲子園行った時、それが先頭に立ってチームを引っ張ったですよ、ハイ。とにかく、やんちゃ大歓迎です。勝負事ですから」

「当時の海水浴の話も出てきましたけど、当時の高野連の会長さんが(大会前の)監督会議で、大阪でですね、『いい~思い出作ってやってください』と。そういう話を、わたしら監督らに話をしたんですね。ですから、よ~し、いい思い出作んなくっちゃイカン、ということで。実現してよかった。茨城の皆さんが想像するような海じゃないですよ、あれは。温水プールに入ってるよ、ってなもんで」


(^_^)木内節全開、でした。一方で御年87歳の名将が、<海水浴事件>について、ちょっと言い訳めいた話ぶりだったのが、かえって可笑しく、かつ微笑ましい気分になりました


(木内さんの電話を受けて)


司会「ということですけど」


中島「元気ですねぇ。いつまでもしゃべってますよ」


一同(爆笑)


話せば話すほど、エピソードを掘れば掘るほど、笑いまた笑い、爆笑また爆笑、でした。


地域のフツーの高校生たちが集まった、本来なんの変哲もない普通科の高校。


それが持ち前のノリの良さ、負けじ魂でもって高校球界の当時、頂点にあった桑田・清原KKコンビのPL学園を打ち負かし、野球後進県だった茨城県に初の栄冠をもたらした痛快譚。


いまでは考えられない、当時の高校野球のどこか牧歌的な風景。


そこにあって、型破りなスタイルで全国を制した彼ら取手二高がいまだ根強い人気があるのがよく分かるトークとなりました。

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最後にうかがったこの夏の予定では…


中島「社会人野球日本選手権の予選が9月にあるので、そこに向けて猛練習です」


 「この後、夜から指導しているチームの中学3年生を連れて甲子園を見に行って来ます」


柏葉「わたしはもう野球からは離れているんですが、実は…いま勤め先が、築地から豊洲への移転でそれはもう、大忙しでして」


一同「え?例のあの話の渦中にいたんだ!?そりゃあ、大変だね」


最後の最後まで話を盛り上げてくれる皆さんでした。

 

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