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馬と走り抜けた人生「グラスワンダー」の調教師、尾形充弘さん

執筆者のアイコン画像鈴木瞬(記者)
2022年11月09日 (水)

「グラスワンダー」という馬を知っていますか?

GⅠレースで4勝をあげた競走馬です。
競馬ファンだけでなく、最近ではゲームアプリなどで人気の「ウマ娘 プリティーダービー」で知ったという人も多いかもしれません。

そのグラスワンダーの調教師だったのが、茨城県阿見町の尾形充弘さん(75)です。尾形さんは、さまざまな分野で顕著な功績があった人に贈られる「旭日双光章」を受章します。

競馬には疎い記者(鈴木)が、「3度の飯より競馬が好き」というカメラマン(郡司掛)とともに、尾形さんを取材しました。半生を馬とともに駆け抜けた尾形さん。そこには、競馬、そして馬への愛があふれていました。

 (NHK水戸放送局 鈴木瞬記者 郡司掛弘典カメラマン)

 

 

願い続けて

春と秋に発表される叙勲の受章者一覧から、どの方を取材しようかと考えるのは楽しい仕事です。さて、ことしはどんな顔ぶれかな・・・?すると目にとまったのが、「元(社)日本調教師会会長 尾形充弘」という記載でした。私は中山競馬場がある千葉県に生まれ育ちましたが、はずかしながら競馬のことは分かりません。

「調教師の尾形さんって、知っていますか?」競馬歴20年余という郡司掛カメラマンに聞くと、彼は熱く熱く語り始めました。

 「おぉ!尾形さんですか!もちろん知ってます!グラスワンダーを調教したレジェンドですよーーーーー!GⅠで4勝してますからね!それだけじゃなくて・・・(続く)」

 グラスワンダーなら、私でも聞いたことがあります。よし決めた、今回は尾形さんにインタビューを申し込もう。
すると郡司掛カメラマンは言いました。

「尾形さんはすごい人ですよ!お会いしたいなぁ。今回はぜひとも、私が行きたいです!」

 実は、私はことしの春、褒章を受章したJRA(日本中央競馬会)所属の最年長騎手、柴田善臣さんにインタビューをしました。撮影は、郡司掛カメラマンの予定でした。宝物の、柴田さんが騎乗した際の馬券を握りしめて取材に行こうとしていた郡司掛カメラマン。
ところが急きょ別の取材が入り、柴田さんへのインタビューは違うカメラマンが担当することになったのでした。

 このたび、尾形さんにインタビューをお願いすると、尾形さんは謙遜しながらも快諾してくれました。撮影も、願いどおり、郡司掛カメラマンが担当することになりました。 

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調教師の祖父の“重圧”

尾形さんの自宅には、さまざまなレースで勝利した際に贈られた盾が飾られていました。そのなかでも最も目立つところに置かれていたのが、祖父・尾形藤吉さんの顔を刻んだものでした。

 

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藤吉さんは、騎手であり、調教師でした。JRA通算1670勝という調教師としての大記録は、誰にも塗り替えられていません。
父親・盛次さんも調教師という環境で尾形さんは育ちましたが、初めに選んだのは、調教師ではなく、会社員の道でした。

 しかし、尾形さんも結局は、馬とともに歩むことになります。

藤吉さんに「家に帰ってきなさい」と言われ、周囲の説得もあり、1975年に藤吉さんのもとで調教助手になったのです。
いわゆる祖父と孫という関係ではなく、師匠と弟子。藤吉さんは、非常に厳しかったといいます。その指導が実り、1982年、JRAの調教師になりました。

 藤吉さんのことを「日本の競馬を支えてきた存在」とたたえる尾形さん。「自分でようやく調教師という看板を出せるようになったときも、やっぱり背中に重いものを背負っている。ずっと取れなかった」と祖父の“重圧”を語ります。
その“重圧”を感じながらも調教師として歩み続けた尾形さんは、日本調教師会会長なども務め、2018年の引退までに通算800勝をあげました。その長年の功績が認められ、この秋、祖父であり師匠だった藤吉さんと同じ、旭日章を受章することになりました。

尾形さん
祖父はすごいなというのが印象にありまして、私がまさかその対象になるとは、本当に夢にも思っておりませんでした。今もそれに値する仕事をしてきたかどうかは自信がないです

 自分の功績には謙虚に答える尾形さん。その一方で、馬に対する愛は、どんどんあふれてきます。
数々の馬を調教したなかで一番思い出深い馬はと聞くと、やはり、グラスワンダーを挙げました。

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 馬主とともにアメリカを訪れて、グラスワンダーを競り落としたときのことをうれしそうに話してくれました。

尾形さん
確か22万ドルぐらいだったと思いますが、特に高い馬ではない。安いほうですよ。日本への輸送費、保険、そういったものをかけて、日本円にして2700万円ぐらいだったと思うんです。これがこんなに走るとは正直思っておりませんでした

 グラスワンダーは、1998年と1999年の有馬記念で優勝するなど、GⅠレースで4勝をあげる大活躍をします。尾形さんは、どのレースについても馬の動き、レース展開、それを見守る心境を、まるでたった今レースが終わったばかりかのようにいきいきと語ってくれました。

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 尾形さんからグラスワンダーの話を直接聞けるチャンス。撮影している郡司掛カメラマンも、興奮が押さえられずに質問します。

 「当時、私も見ていたんです!グラスワンダーは4歳のときにアルゼンチン共和国杯で負けましたよね。長距離には向かないと書かれた記事を見ました。そのときの心境はどうだったんですか?」(郡司掛カメラマン)

尾形さん
アルゼンチンで負けたときは、正直、わせ(成長が早すぎる)かなというのが頭をよぎったんです。でもこの馬はもつという信念で買ったんで

 どんなに細かい質問にも、柔らかい笑顔で、魅力あふれる語り口で答えてくださる尾形さん。10月30日の天皇賞についても、それぞれの馬の状態をどう見ているか、説明してくださいました。その目、その語り口は、現役の調教師さながらです。競馬と馬が本当に好きだということがひしひし伝わってきます。ちなみに、この日、尾形さんが使っていた湯飲みにも、馬の絵がありました。

 

尾形さん
競馬には物語、いわゆるロマンがある。交配して子馬がうまれて、その子馬が走るかどうかは分からない。馬が背負ってきた人生といいますか。ロマンがね、やっぱりある

 

ハナの差でも!

大好きな馬とともに歩んだ、36年の調教師人生。
尾形さんに、若い世代へのメッセージを聞きました。

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尾形さん
若い方は若い方なりの生き方が今の時代にあるはずです。常に前を向いて、燃えていてほしい

“常に前を向いて燃えている”
まさに、尾形さんとグラスワンダーのことだと感じました。一馬身でも、いや、グラスワンダーのようにハナの差だけでも、前に進みたい。

尾形さん、ありがとうございました。

 

 

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