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世界の研究を支える"クリスタル・キング" 

執筆者のアイコン画像つくば支局 平山佳奈(記者)
2022年10月19日 (水)

“クリスタル・キング”

イギリスの権威ある科学雑誌「ネイチャー」が、このように称して特集を組んだ2人の研究者が、つくば市の研究機関にいます。
ことし、ノーベル物理学賞の有力候補としても名前が挙がった2人は、クリスタル=キラキラと輝く結晶を生み出し続け、世界の最先端の研究者たちに送り届けています。

所属するつくば市のNIMS=物質・材料研究機構を訪ね、その研究内容について取材してきました。

なぜ“クリスタル・キング”?

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イギリスの科学雑誌「ネイチャー」より

2019年、権威あるイギリスの科学雑誌「ネイチャー」が、“クリスタル・キング”と題して紹介したのが、NIMS=物質・材料研究機構の谷口尚フェローと、渡邊賢司主席研究員です。

 

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左が渡邊さん、右が谷口さん

 

「ネイチャー」の担当者が、わざわざつくば市まで足を運んで取材をし、特集を組んだと言います。

 20221017h_3.jpg2人が何をしているかというと、キラキラと輝くこちらの透明な結晶、「クリスタル」を日々生み出しているのです。この結晶は、「hBN」と呼ばれています。

2人は、純度の高い「hBN」を作り出し、その特性について、2004年に論文で発表しました。

超高圧でキラキラした結晶を生成

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結晶を作るときに使うのが、「3万トンプレス」と呼ばれているプレス機です。3万トン、つまり1トントラックが3万台分の圧力が1畳くらいの空間にかけられるというすごい機械です。もともとは、工業用に使われる人工ダイヤモンドの研究を進めようと、数十年前に導入された機械です。

 

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(画像提供:物質・材料研究機構)

では、どうやって、キラキラとした「hBN」の結晶を作るのか。

消しゴムほどの大きさのカプセル内に、必要な材料を詰め込んで、4000トンの圧力を一箇所にぎゅっとかけます。高圧・高温にして、待つこと10日ほど。

 

20221018h_6.jpg高い圧力によって一度、一緒に入れている金属に溶け、再び結晶になります。その時に、不純物が取り除かれることで、ホウ素と窒素の化合物からなるきれいな結晶ができあがります。

 

20221018h_7.jpg物質・材料研究機構 谷口尚フェロー
成長している姿は見えない。クローズの中で、開けてみてのお楽しみというようなワクワクするような気持ち。うまくいかないときもありますが、うまくいっていたときは、少しずつ大きくなっていたり、色が変わっていたり。きれいなので、人にも見せたくなりますし、非常に好きでやっています

 

この結晶 世界中から注文殺到!

こうして真心込めて作られている結晶、実は、最先端の素材研究に欠かせないものなのです。

 

20221018h_8.jpg写真のぐにゃぐにゃと曲がるディスプレー。これに使われているのが、“夢の新素材”と呼ばれる「グラフェン」です。極めて薄い素材でありながら、ダイヤモンド並の強度があると言われ、2010年のノーベル賞の受賞テーマになりました。

曲がるディスプレーのほか、急速充電できる充電池など、さまざまな分野への応用が期待されていて、まさに“夢の新素材”です。

こうした中、世界で開発競争が加速する「グラフェン」の実用化に向けた研究に欠かせないのが、谷口さんたちの作る「hBN」なのです。

 

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(画像提供:物質・材料研究機構 左がhBN、右がグラフェン)

その理由は、物質の構造にあります。

写真の右側が、「グラフェン」の構造です。究極の薄さが大きな強みの1つであるだけあって、炭素が六角形に結合して、平面に並び、非常に平らな構造をしています。なんと、原子1層の薄さの物質なのです。
このため、グラフェンを凹凸があるものの上にのせると、その性質に影響してしまいます。

一方、左は「hBN」の構造です。2人が作る「hBN」は、「グラフェン」と同じように、原子が平面に並んで非常に平らです。高純度なので、不純物が邪魔をすることもありません。ですので、この「hBN」の上に「グラフェン」をのせることで、高い精度で性質を測定できるようになり、研究をスムーズに進めることができるのです。

 

いまや、この結晶が世界中から引っ張りだこ。「研究のためにぜひ提供してほしい」という依頼が相次ぎ、現在は、およそ300の研究グループと連携しています。

試料の提供契約、そして輸出許可申請を経て、1年間で海外へ送る件数は、なんと200件を超えています。アメリカやヨーロッパなど、世界中の研究者に無償で届け続けているのです。

 

すると、届けられた結晶を使った研究者たちは、発表する論文に、敬意を込めて2人の名前を掲載します。こうして2人の名前が掲載された共著論文は、昨年度、なんと300本を超えました。

1年間でこの本数は、世界的に見ても驚異的な数です。

 

ノーベル物理学賞有力候補に

こうした実績が評価され、2人は、ことし9月、世界中の研究論文を分析するイギリスの学術情報サービス会社、「クラリベイト」から「引用栄誉賞」を受賞しました。

クラリベイトは、「この受賞者は、“ノーベル賞クラス”の研究成果と認められた研究者であり、その研究論文は頻繁に引用され、科学に極めて大きく貢献をしており、時には社会に変革をもたらします」と説明しています。

 

世界中の「グラフェン」の研究を支えることで、「クリスタル・キング」と称され、ノーベル賞の有力候補となったのです。

 

20221018h_10.jpg物質・材料研究機構 渡邊賢司 主席研究員
(クラリベイトの賞については、)共著にしてくれた世界中の高いポテンシャルの研究者の結果であるので、われわれとしてはおこがましいというか、そういった気持ちです。 (グラフェンの)工業化を目指すとなると、さらに大きな結晶が必要になります。面積を大きくすることを目指した研究がこれからのテーマですが、結晶の表面を原子レベルでフラットにしてあげて、さらにいろんな欠陥が入ってはいけないという制限があるので、その障壁を全部乗り越えていかなければならないというところに研究開発の難しさがあります。 ステップバイステップで問題を丁寧に考えていきたいと思います。

 

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物質・材料研究機構 谷口尚フェロー
(hBNを)送ると、相手から何らかの返事が来ますし、学会に行くと、名前しか知らなかった人と会うことができます。送ること自体を楽しんでいますし、結晶についてのフィードバックがあれば、私の研究にとっても非常に価値があります。今の先端の物理は、私は勉強しても追いつかないくらい難しい話があるのですが、その一端で役に立っていると思っています。

 

取材をさせていただくと、お二人とも非常に謙虚な方でしたが、まさに世界の最先端の研究を支えている研究者がつくばにいるということを、とても誇りに感じました。

 

谷口さんにも今後の目標について聞くと、hBNを作り出すきっかけになった、ダイヤモンドと同じような構造をした「cBN」=立方晶窒化ホウ素の親指の爪ほどの質のいい単結晶を作り出すことなのだそうです。それは、まだ世の中に存在していないもの。大きな成果を出しながらも、次なる目標を目指す研究者の姿、すてきだと感じ、思わず、若い人たちに向けて伝えたいことを聞いてみました。

 

物質・材料研究機構 谷口尚フェロー
独自性のある研究が大事で、それは、自分がやっていて楽しくてやれるということがまず大事。例えば、世の中のみんながやっているからやるというのは、安心もできるし、やっていることに対する説明もそれほどいらない。ただ、それだと独自性を発揮するのは難しいですよね。結果があまり出なくても焦らず、はやりのことばかりでなくて、自分のことをやればいい。それをうまくするには、多少の知恵もいるかもしれないが、それは若い人の周りのシニアが支えてほしい。結果的に私の場合は、ほかが作れない結晶ができて、自分のオリジナリティーを尊重してくれる仲間が世界中に増えていたということです。

 

これは、研究だけでなく、もっと幅広い分野に共通することではないでしょうか。ともすると、周りの人や、世の中の流れに影響を受けてしまいそうになること、ありますよね。
そうした中でも、「自分の本当にやりたいこと」を見失わずに、突き詰めていくことの大切さ。
私も胸に刻んで生きていきたいと思いました。

 

 

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