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未来の食を救うために 人工的に気象を再現!?

執筆者のアイコン画像平山佳奈(記者) 、 浦林李紗(記者)
2022年09月28日 (水)

 

ことしの夏も猛暑が続き、気象庁は、地球温暖化の影響が大きく関係していたと発表。気候変動による影響は、身近になってきています。

ロシアによるウクライナへの侵攻などの影響で、世界的な食糧不足と値上がりが起きていますが、今後の気候変動によっては、食べ物の生産や価格にさらなる影響が及ぼされるかもしれません。

 こうしたなか、茨城県つくば市にある国の研究機関では、気候変動で危惧されている食料危機に備えようと、最新の実験室を活用した農作物の研究が行われています。どのような内容なのか、取材してみました。

多様な気象環境を人工的に再現

さまざまな農作物の研究が行われている国の研究機関、農研機構。ことし本格的に運用を始めたのが“ロボティクス人工気象室”という実験室です。気候変動に対応できる新たな品種の開発を加速させようと研究が進められています。

研究の背景には、将来の食への強い“危機感”があるといいます。 

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農研機構・基盤技術研究本部インキュベーションラボ 米丸淳一ラボ長
今、私たちの気候変動のスピードは、過去の比ではない状況です。気温の上昇などで、リンゴの栽培に適した場所が将来変化してしまうという研究報告も出されていますし、お米なども将来、品質が落ちてくるといった話も出ています。私たちは、ロボティクス人工気象室という実験室を活用して、気候変動に迅速に対応できる品種開発、栽培技術の開発を行いたいと考えています。

 

20220927h_2.jpg“ロボティクス人工気象室”とはどんな実験室なのか。大きさはコンテナ1台分ほど。レタスなどの野菜が栽培されています。密閉された室内には、気温や湿度、二酸化炭素濃度などを自在に設定できる機能が備わっています。分単位で気温などの変化をコントロールすることが可能で、気象庁のデータをもとに、数十年前のある1日の気温の変化も忠実に再現できます。

 

20220927h_3.jpgさらに、室内の照明の光量を調節し、晴れや曇りなどの日照の変化も再現できます。室内にある4台のカメラが自動で動き、人の手を介することなく、24時間の農作物の生育状況を画像で記録することができます。

こうして集めた豊富なデータから、例えば暑さや寒さに強い、弱いなど、どのような特性があるのかをAI=人工知能を使って、より早く詳しく分析できるようになるといいます。

以前の品種開発の研究は、屋外の実験用のほ場で行われてきました。しかし、屋外だと気象環境のコントロールはもちろんできないほか、例えば、秋に育つ農作物だと、1度しか実験できないという難点がありました。
気象環境を再現できる人工気象室を使えば、秋に収穫する作物を通年、育てて何度も調べることができます。数十年後に予想される、気温が上昇した環境なども再現し、農作物がどのように育つか、もしくは育たないかを調べることができます。その分、研究の精度も上がり、開発のスピードを加速させられると期待しています。

 

 すでに、実験室では稲やイチゴなどの作物が育てられ、現在、分析が進められています。急激な気候変動に対応するためにも、品種開発の研究は、時間との勝負になるといいます。

 

農研機構・基盤技術研究本部インキュベーションラボ 米丸淳一ラボ長
まずは、新しい品種の評価に活用して、品種育成を加速させたいと考えています。未来に生じるような“まさか”の状況に対して、いろいろな準備をしておけるのではないかと考えていますし、その最先端を走れるように努力していかなければならない。

 

新たに導入した人工気象室で、今後の気候変動に耐えうる品種開発を一気に推し進めようとする農研機構。こうした研究を支えている施設が、同じ機構内にあります。

 

現代版“ノアの箱舟”?その名も“ジーンバンク”

20220927h_4.jpgずらりと並ぶ透明な容器。どこに何の種があるのか、すべて機械で制御され、ロボットが瞬時に動いて必要な種を取り出します。中に入っているのはすべて農作物の種です。その数、およそ16万点。国内外の野菜や果物、市場に流通しなくなった在来種まで、さまざまな農作物の種を保管しています。農研機構では、多様な品種の遺伝子の資源を保管しているという意味で“ジーンバンク”と呼んでいます。いわば、現代版の“ノアの箱舟”です。

 

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農研機構・ジーンバンク事業技術室 江花薫子室長
古くから栽培されている品種は、それぞれの自然環境や気候に適した特性を持っています。例えば海外などのすごく暑いところで栽培されていた品種は暑さに強いですし、水が少ない土地にあった品種は乾燥に強いなど、それぞれに特性があります

 

農研機構では、こうした多様な特性のある品種をかけあわせれば、気温の上昇や干ばつなど、厳しい環境にあっても適応できる新たな品種の開発に役立つと考えています。この場所にある種は、人工気象室などで活用されるほか、全国、そして海外の研究機関に実験用などとして届けられています。

 

農研機構・ジーンバンク事業技術室 江花薫子室長
たくさんの遺伝資源を保存しているのは、私たちの世代だけではなくて、将来の世代の人たちがごはんを食べ続け、幸せな生活ができるようにという目的があります。常に研究材料などとして種を提供できるよう引き続き遺伝資源を保存し、みなさんに活用していただきたいです

 

収穫の秋を迎え、さまざまな地域で、くりや梨などたくさんのおいしい特産品を食べることができますが、強い危機感をもって研究に取り組んでいる人たちの取材を通して、こうした状況が、これからも当たり前に続くかどうかは、わからないのだと、「はっ」とさせられました。(平山佳奈 記者)

 

この夏、中国やヨーロッパの干ばつが報じられ、世界の食料供給にマイナスの影響を与えるという指摘も出ています。研究機関での今後の成果に期待したいです。一方でそもそもの気候変動を食い止めるために、私たち一人ひとりができることを、身近なところから取り組んでいく必要があると改めて感じました。
(浦林李紗 記者)

 

 

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