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部活動が変われば社会が変わる?

執筆者のアイコン画像清水嘉寛(記者)
2023年05月30日 (火)

「公立高校の部活動は平日1日2時間、休日は4時間までとする」

茨城県教育委員会が今年度から進めている、部活動改革。教員の働き方改革や、子どもたちの心身の健康を目指したものでしたが、部員や保護者などからの反発の声もあり、いまの3年生が引退するまで猶予されることになりました。

立場によってさまざまな見方・考え方があるこの問題。着地点を見いだすのは容易ではありませんが、今まさに、考えなければならない時が来ています。

(取材:NHK水戸放送局 清水嘉寛記者、住野博史記者)

「やりがいはあるが負担感も」現場の教員は

常陸太田市にある県立太田第一高校の菅井洋実教諭は、進路指導の責任者です。授業の合間には、県教育委員会に報告するため卒業生の進路をとりまとめたり、大学から送られてくる案内を仕分けたりといった業務に追われています。

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県立太田第一高校 菅井洋実教諭
報告しなけければならない統計調査がたくさんあって、ここ1週間ぐらい、かかりきりです

 部活動ではラグビー部の顧問をしている菅井教諭。午後5時前、この日の授業が終わるとジャージに着替え、グラウンドに向かいました。

20230526s_2.jpg「平日は1日2時間まで」という部活動改革の方針を踏まえ、練習は1日1時間半程度にとどめています。

 午後6時すぎ。部活動を終えていざ帰宅…と思いきや、業務が残っているからと、ジャージ姿のまま進路指導室に戻りました。この日、菅井教諭が学校をあとにしたのは、午後7時を過ぎてからでした。

 菅井教諭に5月のスケジュールを見せてもらうと、土日や祝日にはラグビー部の練習や大会があり、丸一日休める日はわずか3日しかありません。自身もラグビー経験者で、やりがいは感じているものの、負担感も大きいといいます。

20230526s_3.jpg県立太田第一高校 菅井洋実教諭
楽しみでやっている部分もありますが、その『楽しみ』があって初めてできるものだと思います。いまのシステムのまま、教員が全てをやっていくには限界がきている。私自身はほかの教員に、同じようにやってくれとは絶対に言えないですね。

 

待ったなし 教員の長時間労働への対応

県教育委員会の部活動改革の大きな柱は、「練習時間の上限設定」と「地域移行」の2つです。

このうち「練習時間の上限設定」は、適切な活動時間として、中学校は平日1日2時間、休日3時間。高校は平日1日2時間、休日4時間という上限を設けるなどというものです。

「地域移行」は、部活動の指導を教員ではなく地域のスポーツクラブなどに担ってもらうというものです。

 改革の狙いは、長時間の活動による子どもたちのけがや燃え尽き症候群の防止と、教員の働き方改革です。

県教育委員会の調査では、令和4年度の県立高校の教員の1か月あたりの平均残業時間は25時間以上。4月には、22.6%の教員が月に45時間以上の残業をしていました。教員の長時間労働を解消するには、部活動の時間の見直しは避けては通れません。

 

強豪校「生徒の声も聞いて」

一方で、「あの学校であの部活がしたい」という強い思いで入学してきた子どもたちやそれを応援してきた保護者などからは、部活動改革に困惑する声も上がっています。

20230526s_4.jpgバレーボール全日本高校選手権、いわゆる“春高バレー”に3度の出場を誇る県立日立第二高校。主将の永山さんが「先輩たちが築いた伝統を引き継いで、自分たちのバレーの精度を高めて、上を目指していきたい」と話すように、このチームで全国大会を目指すという強い思いを抱いた部員たちが集まります。

 平日の練習時間は、朝練や居残り練習を含めると4時間から5時間。部活動改革の方針である「平日は1日2時間まで」を優に超えます。さらに土日は、県外の強豪校との練習試合のため、時には泊まりがけで遠征もします。

 これまで何人もの部員たちが実力を評価され、バレーボールの強い大学に推薦で入学しました。部活動改革が進めば、これまでどおりの練習はできなくなる。それによってチームの力が落ち、全国大会から遠ざかったら、大学から声がかからなくなるのではないか。大畠康弘監督の心配は、部員たちの進路にも及びます。

 

20230526s_5.jpg県立日立第二高校女子バレーボール部 大畠康弘 監督
全国大会に出場した部員たちは、推薦入試で国立大学や難関大学に進学できた。部活動改革によって県立高校と私立高校でチーム力に差が出るようになれば平等ではなく、子どもたちにとって不利益になるような状況は好ましくないと思います。

 

20230526s_6.jpg練習時間の上限は、いまの3年生が引退するまで猶予されます。ただ、この高校でバレーをやりたいと入学してきた下級生たちも、部活動が今後どう変わっていくのか、不安を感じています。

 

バレーボール部2年生
ほかのチームとの差を埋めるためには、練習時間が必要です。まだ改善される余地があるなら、県立高校の生徒の意見も聞いて、改善してほしい。

 

「長くは成立しないモデルだ」為末大さん

部活動の成績が子どもたちの進路を大きく左右している現状を考えると、一律に練習時間を制限してもいいものか。しかし、練習が過度になると、子どものけがや燃え尽き症候群につながるおそれもある。悩んだ記者が話を聞きに行ったのは、元陸上選手の為末大さんです。

20230526s_7.jpgオリンピックに3大会連続で出場し、世界のトップレベルを知る為末さんは、スポーツの発展や、子どもとスポーツとの関わりなどについて発信しています。

為末大さん
部活は、変わらなきゃいけないと思います。練習時間をもっと少なくして、学校の先生が練習を見る時間を削って、外部の指導員に任せないと成り立ちません。そもそも先生が超過労働してなんとか支えているという、長くは成立しないモデルで進んでしまっているんです。

 競技人生は部活動から始まったという為末さん。「部活動がなければ私の人生はなかった」と話す一方、自身の過去を振り返ると、顧問に過度な負担がかかっていたことに気づかされたといいます。

 

為末大さん
高校3年生でインターハイ(全国高校総体)のチャンピオンになった時の祝勝会で、先生の奥様があいさつするんです。先生の息子さんが『だい』という、私と同じ名前で。『うちにもだいがいます』という決まり文句であいさつすると、その場はわっと笑いが巻き起こる。いま考えてみると、たぶん先生の息子さんより私の方が、一緒に長い時間を過ごしていたんだろうなって。そういうことがあってはいけない。変わらなきゃいけないなと思わされました。

 教員の働き方改革は急務である一方、「力が落ちる」などとして練習時間の削減に反対する声も上がっていることについては。

為末大さん
練習時間を長くすると、結果が出やすいんですね。一方で、選手が将来的に伸びていく練習方法というのは、そんなにがんがん長時間練習させるというものではない。例えばヨーロッパでは、練習時間が週に10時間を超えることはほとんどありません。それでもプロサッカーリーグで活躍したり、オリンピックで活躍したりする選手が出ています。私は、練習時間は短くするべきだと思っています。

 部活動の成績が、推薦入試など進路にも影響する。為末さんは、そんなシステムも見直すべきだと主張します。

為末大さん
強い部活を作れば知名度が上がって、また新たな入学生が入る。それが構造としてできている。子どもたちの教育のプロセスのなかに部活動が組み込まれ過ぎてしまっている。あえて私が言いたいのは、たかがスポーツというものに、子どもたちを縛っていいのかという思いがある。少しだけ、一歩下がってみて、スポーツというものをみんなが楽しめる状況でやっていけるのが大事かなと思います。

 為末さんは、子どもたちの「もっとうまくなりたい」という意欲はもちろん大切なことだと考えています。だからこそ、子どもたちを守るために、部活以外に目を向けさせることの必要性を説きます。

為末大さん
子どもが一生懸命やっているところにブレーキをかけることは、とても心苦しいと思います。ただ、まず第一に、本当にそれが人生にとっていいことなのかどうかを考えるべきだと思います。子どもたちにとって、もちろん熱中するのはすばらしいことです。だけど子どもたちの自主性に任せると、練習時間が長くなる。私もそうでしたが『この3年間で燃え尽きてもいい』という気持ちになるんですね。部活をやっているのは人生のある一時期なんですけど、目の前しか見えなくなる。これからの長い人生でいろいろなことをやっていくための土台なんだから、やはり大人が抑制して、子どもたちに全力を出し切らせずに、『まだやりたい、もっと練習したい』という気持ちになれるぐらいの状態にするべきだと思うんです。そうすることでスポーツ以外のことにも目が向きますし、スポーツから学べることを次に生かしていけるようになる。

 

改革に挑む野球部

取材を進めると、教員の負担を軽減し、かつ子どもたちが生き生きとスポーツを楽しめるような部活動のあり方を探る動きがありました。県立伊奈高校の野球部です。

 

20230526s_9.jpg大型連休中のある日。練習中のグラウンドを訪ねると、白い帽子の高校球児たちに交じって、紺色の帽子の大人の姿がありました。つくば市内の社会人野球クラブのメンバーたちです。この日は10人余りの社会人が練習に参加し、指導にあたっていました。

 伊奈高校野球部では、ことし3月から月に2回、土日や祝日の指導を社会人野球クラブに任せています。練習時間の制限と地域移行という部活動改革の方針を受けての決断でした。

 休日でも、指導は3時間で終わりです。短時間でも質の高い練習方法を、社会人から学びます。

20230526s_10.jpgTsukuba Club 岸大部長
高校生と比べて社会人のほうが、野球に使える時間が短い。効率のいい練習や、今まで経験したなかで一番よかった練習を、どんどんやってもらう。僕たちが持っているものは、出し惜しみなくいろいろ伝えていきたい。

 

社会人から密度の濃い指導を受けた、伊奈高校野球部の部員たち。着実に力をつけて、この春の地区大会では白星を挙げました。キャプテンは「技術がある人たちが親身になって相談に乗ってくれて、目の前でプレーのお手本も見せてくれる。とても楽しく、感謝しています」と話すなど、部員たちの意欲も高まっています。

 

そして外部指導の日は、監督を務める教員にとって、貴重な休日になっています。

県立伊奈高校野球部 藤田大輔監督
私も子どもがいるので、子どもと遊ぶ時間がとれたり、自分のやりたいことができ、新しい発見があったりしています。私も選手たちも、お互いにいい時間が作れていると思います。練習が厳しいと、部活動を続けるのが大変だと思う子どもたちや保護者もいるなかで、この多様性の時代に、『こういうやり方もあるんだよ』という選択肢を示せるような活動をしていきたいです。

 

20230526s_11.jpg部員のやりがいや成長も、教員の休みも、どちらも大切にしたい。伊奈高校野球部の取り組みは、部活動の新たなあり方を示すものとして注目されています。

 

部活動改革のその先は?

社会の構造とスポーツは、密接に関わっている。為末さんが強く印象に残っていることとして話してくれたのが、オランダで目にした、学生たちが集う陸上クラブで社会人がコーチを務めていた光景でした。指導は週に2日間。その間の給与は会社側から支払われる。社会全体で兼業や副業があたりまえのこととなり、スポーツのすそ野の拡大につながっていたといいます。

 

20230526s_12.jpg為末大さん
私はちょっと大げさに、部活動が変われば日本も変わると思っています。あの時期に、長時間かけてひとつのことに打ち込むのはよいことなのだと私たちは刷り込まれている。それがその後の、大人になってからの働き方につながっているのではないかと思っています。2つ、3つのスポーツを掛け持ちしてもいいし、週1時間だけやるスポーツがあってもいい。そうやって柔軟になっていくと、その後の社会のありようも変わっていくのではないかと思います。

 部活動はいま、教員の長時間労働や子どもたちの心身の健康といった問題に加えて、子どもの数が減ってチームが編成できないといった課題にも直面しています。「部活動が変われば日本も変わる」と為末さんが話したように、これからの社会のありかたも見据え、さまざまな意見を出し合ってよりよい形を模索する時期にあると思いました。

 

NHK水戸では、今年度、「シリーズ茨城の課題」として、茨城の皆さんの生活に身近なさまざまなテーマを深掘りしていきます。皆さんのご意見も、ぜひお寄せください。

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