もどる→

名著、げすとこらむ。

若松英輔
(わかまつ・えいすけ)
批評家、東京工業大学教授

プロフィール

1968年新潟県生まれ。批評家、随筆家。東京工業大学リベラルアーツ教育研究院教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞受賞。著書に『イエス伝』(中央公論新社)、『魂にふれる 大震災と、生きている死者』(トランスビュー)、『生きる哲学』(文春新書)、『霊性の哲学』(角川選書)、『悲しみの秘義』(ナナロク社)、『内村鑑三 悲しみの使徒』『『こころ』異聞 書かれなかった遺言』(以上、岩波書店)、『種まく人』『詩集 燃える水滴』(以上、亜紀書房)、『詩と出会う 詩と生きる』『NHK出版 学びのきほん 考える教室 大人のための哲学入門』(以上、NHK出版)など多数。

◯『善の研究』 ゲスト講師 若松英輔
名著を読む真の意味

西田幾多郎(一八七〇~一九四五)は、激動の時代に生まれ、激動の時代に亡くなりました。誕生は明治維新から二年後です。日清、日露戦争を経て、第一次世界大戦を経験し、第二次世界大戦が終わるふた月ほど前に亡くなりました。価値観がまったく定まらない時代にあって西田は、日本語による「哲学」という新しい「価値」を作り出そうとします。
現代では「価値」という言葉にもあまり重みがなくなってきました。しかし「価値」は、今回取り上げる『善の研究』(一九一一年刊行)を読み解く一つの「鍵」となる言葉でもあるのです。「善」とは何かを論じた第三編の第四章は、「価値的研究」と題されていて、この章を西田は次の一節で終えています。

実在の完全なる説明は、単に如何にして存在するかの説明のみではなく何のために存在するかを説明せねばならぬ。


「如何にして存在するか」ではなく「何のために存在するか」が「価値」である、というのです。のちにふれますが、「実在」は、「世界の真のすがた」だと理解してください。真理のもう一つの名前だといってもよいと思います。西田における「価値」とは、真理へと通じる道にほかならないのです。
真の「価値」を明らかにし、一人でも多くの人にその道を切り拓くこと、それが、『善の研究』によって西田が試みたことです。
この本は、西田の最初の著作であり、主著と呼ぶべき著作です。そして、この本を「書く」という道程のなかで西田は、自らの内なる哲学者をはっきりと自覚していったのです。
『善の研究』によって、近代日本哲学が始まったといわれます。事実なのですが、少し説明が必要です。今日の私たちは、こういうべきなのかもしれません。「『善の研究』の出現によって、西洋哲学に引けをとることのない哲学的探究の場が日本に開かれた」。
もちろん、『善の研究』が刊行される前から、日本にも哲学的探究の営みはありました。たとえば、一九〇六(明治三九)年に発表された夏目漱石(一八六七~一九一六)の『草枕』の第一章などは、小説の形をとった「詩の哲学」、「詩学」といってよい内容を含んでいます。西田の真の後継者ともいえる井筒俊彦(一九一四~九三)は、短歌にも哲学的思索のあとを見ることができると述べています。
いわゆる「哲学」という言葉は、「叡智を愛すること」を意味する「フィロソフィー」という英語の訳語です。この英語も語源をたどれば、古代ギリシア哲学の時代にさかのぼります。「哲学」という考え方が西洋に由来することを否定することはできません。しかし、西田はそれを単に輸入するだけでなく、「哲学」という場において東洋的叡智が開花する可能性を探ります。
西洋哲学が、論理で証明しようとするのに対して、西田は「直観」あるいは「直覚かく」の意義を説きます。西洋哲学が、言語による証明に重きを置くのに対して、西田は非言語的なものによっても存在を認識できるといいます。
『善の研究』が刊行される四年前、西田は、愛娘幽子を喪っています。そのことにふれて書いた「我が子の死」と題する作品があるのですが、ここに西田哲学の秘密を照らし出してくれる、次のような文章があります。

誠というものは言語に表わし得べきものでない、言語に表し得べきものは凡て浅薄である、虚偽である、至誠は相見て相言う能わざる所に存するのである。我らの相対して相言う能わざりし所に、言語はおろか、涙にも現わすことのできない深き同情の流が心の底から底へと通うていたのである。(『西田幾多郎随筆集』岩波文庫)
「至誠」──至上の誠実──は、西田における哲学の根本問題といってよいものです。それは、言葉によって語ることはできない。それどころか、涙によってすら物語ることができず、ただ、人の心の底から底へと静かに伝わる何ものかである、というのです。
 このことは『善の研究』を読むときにも起こり得ます。難解をもって知られる本ですが、西田はこれを「至誠」を探究しながら書きました。それを読もうとする私たちも「あたま」だけでなく「こころ」で、さらには「いのち」で「読む」ことが求められているようです。
一〇〇年以上前に書かれた哲学書をなぜ、繙き直さねばならないのか。もっと今にふさわしい「名著」があるのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、私には今こそ、この本を読み返すときのように思われてならないのです。
私が『善の研究』をはじめとした西田の著作を、ふたたび読み始めたのは、東日本大震災がきっかけでした。あのとき私たちが経験したことも「言語」によっても「涙」によっても届かないところにある問題だったのではないでしょうか。
さまざまな文化間の衝突や不条理な出来事が起こる今も、私たちは「言語」によってではなく、目に見える「涙」によってでもない、もっと深いところで世界と向き合うことが必要なのではないでしょうか。
自分の心の中にある、言葉にならない「おもい」を知り、それはほかの人の心にもあることを知らねばならないのではないでしょうか。いった言葉によって理解し、反論するだけでなく、言葉を超えたところで分かり合う道を模索することができるのではないでしょうか。自分の心を見えない涙が流れることがあるように、他者の心にも、そうした不可視な涙が流れていることを深く認識しなければならないのではないでしょうか。
「人は馬鹿者といはれねばエラクないといふてある。実に明言である」(『西田幾多郎全集』一九巻、岩波書店)と西田は、ある日の日記に書いています。西田にとって哲学とは、利口者ではなく、ある意味では馬鹿者になる道でした。『善の研究』を読むのも、聡明な、敏さとい、誤りのない人間になるためではありません。世の中から見たら愚かに見えるような道を、愚直に歩けるようになる糸口を見いだすことができればと願っています。
そして、『善の研究』を読み進めながら、世にいわれる西田幾多郎像の再確認ではなく、「私の西田幾多郎」に出会い、対話を深めてください。
名著を読む、真の意味は、言葉という扉を開け、書き手と時空を超えて対話することにほかならないのですから。

ページ先頭へ
Topへ