おもわく。
おもわく。

「自省録」というユニークなタイトルの本があります。今から2000年近く前に書かれた、人生についての洞察あふれる名著です。J・S・ミル、ミシェル・フーコーら思想家たちが「古代精神のもっとも高貴な倫理的産物」と賞賛し、欧米の著名な政治家たちもこぞって座右の書に挙げる古典です。書いたのは、第16代ローマ皇帝、マルクス・アウレリウス(121- 180)。パックス・ロマーナと呼ばれる古代ローマが最も繁栄を謳歌した百年の、最後の時代を統治した哲人君主です。彼の言葉を通して「人生いかに生きるべきか」「困難に直面したときどう向き合えばいいのか」といった現代人にも通じるテーマを考えます。

ローマ皇帝という地位にあってマルクス・アウレリウスは、多忙な公務を忠実に果たしながらも心は常に自身の内面に向かっていました。その折々の思索や内省の言葉を日記のように書きとめたのが12巻からなる「自省録」です。公開を一切前提にして書かれていないため、整理もされていないし、文章にも省略や論理の飛躍がたびたび見受けられます。にもかかわらず、人生の内実を問うその言葉の一つひとつは切実で、緊迫感に富む迫力があります。それには理由がありました。

マルクス・アウレリウスが生きた時代は、洪水や地震などの災害、ペストなどの疫病の蔓延、絶えざる異民族たちの侵略など、ローマ帝国の繁栄にかげりが見え始めた時代。ローマ軍最高司令官として戦場から戦場へ走り回ったマルクス・アウレリウスは、闘いの間隙を縫うようにして、野営のテントの中で蝋燭に火を灯しながら、自身の内面に問いかけるようにして「自省録」を綴ったともいわれています。机上の空論でなく、厳しい現実との格闘、困難との対決のただ中から生まれた言葉だからこその説得力があるのです。また、「君が求めるものは何だ」等と二人称で問いかけるように書かれているのは、弱い自分を戒め叱咤激励するような思いが込められているとされますが、読み手に呼びかけているようにも聞こえ私たちの心の深いところに響いてきます。

哲学者の岸見一郎さんは、「自省録」を、厳しい競争社会の中で気がつけば身も心も何かに追われ自分自身を見失いがちな現代だからこそ、読み返されるべき本だといいます。私たちに、厳しい日々の現実を生き抜く勇気を与えてくれる本だというのです。難解でとっつきにくい「自省録」をさまざまな補助線を引きながら読み解き、「真の幸福とは何か」「困難とどう向き合うのか」「死とは何か」といった普遍的なテーマを考えるとともに、人生をより豊かに生きる方法を学んでいきます。

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第1回 自分の「内」を見よ

【放送時間】
2019年4月1日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年4月3日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年4月3日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸見 一郎…「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」等の著作で知られる哲学者。
【朗読】
渡辺大(俳優)
【語り】
墨屋那津子

マルクス・アウレリウスは「人間はいかに生きるべきか」を生涯考え抜いた。富や名声といった自分の外部にあるものにのみに心を動かされると、人間は運命に翻弄され心の動揺を招くという。そうではなく「自分の内を見よ。内にこそ善の泉がある」と説く。自然を貫く理法(ロゴス)に照らして、絶えざる自己点検と内省を通じた自分の立て直しをはかっていくこと。外側にではなく内側にこそ価値があり、それを高めていくことこそが真の幸福であるという。そして真の幸福をつかんだときに、人間は全くぶれることがなくなる。第一回は、マルクスがとらえなおそうとした「幸福」の深い意味に迫っていく。

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第2回 「他者」と共生する

【放送時間】
2019年4月8日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年4月10日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年4月10日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸見 一郎…「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」等の著作で知られる哲学者。
【朗読】
渡辺大(俳優)
【語り】
墨屋那津子

生涯、異民族からの侵略や同胞からの裏切りに悩まされたマルクス・アウレリウス。にもかかわらず彼が貫いた信条は「寛容」だった。「私たちは協力するために生まれついたのであって邪魔し合うことは自然に反する」と説く彼は、どんな裏切りにあってもひとたび許しを乞われば寛容に受け容れた。これは多様な民族を抱えるローマ帝国を統治する知恵でもあったが、何よりも自分が学んだストア哲学の「すべての人間は普遍的理性(ロゴス)を分けもつ限りみな等しい同胞である」というコスモポリタニズム(世界市民主義)がベースにあった。第二回は、「自省録」に書かれた「他者と共生する思想」を読み解き、憎しみや対立を超え、寛容に生きる方法を学んでいく。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:岸見一郎
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第3回 「困難」と向き合う

【放送時間】
2019年4月15日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年4月17日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年4月17日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸見 一郎…「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」等の著作で知られる哲学者。
【朗読】
渡辺大(俳優)
【語り】
墨屋那津子

「肉体に関するすべては流れであり、霊魂に関するすべては夢であり煙である」と語るマルクス・アウレリウスは、人間の条件を「絶えざる変化」だと洞察する。そして自らに起こることを自分の権限内のものと権限外のものに峻別。自分の権限外にある困難な出来事や変化は与えられた運命として愛せと説く。その上で、自分の意志で動かせることにのみ誠実に取り組み自分の役割を果たすべきだという。第三回は、「自省録」を通して、自らにふりかかった困難や運命とどう向き合うかを考える。

安部みちこのみちこ's EYE楽しんでいいんだ!
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第4回 「今、ここ」を生きる

【放送時間】
2019年4月22日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年4月24日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年4月24日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
2019年4月29日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
2019年5月1日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年5月1日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸見 一郎…「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」等の著作で知られる哲学者。
【朗読】
渡辺大(俳優)
【語り】
墨屋那津子

打ち続く戦乱の只中で、数多くの同胞や家族の死を目の当たりにし続けたマルクス・アウレリウス。自らも病に苦しむ中で「死とは何か」を思索し続けた。「死を軽蔑するな。これもまた自然の欲するものの一つである」と語る彼は、「死」も万物の変化の一つの現象であり、我々が死ぬ時には我々にはもう感覚がないのだから、死に対する恐れの感情も死を忌避する感情ももつ必要はないと説く。その自覚の上で「一日一日をあたかもその日が最期の日であるかのように」誠実に生き抜くことをすすめるのだ。第四回は、「死」という概念についてのマルクス・アウレリウスの哲学的な思索を通して、「死とは何か」を深く問い直していく。

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○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『自省録』 2019年4月
2019年3月25日発売
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こぼれ話。

「読むこと」と「生きること」

4月というタイミングに、マルクス・アウレリウス「自省録」を取り上げようとしたのは理由がありました。4月は、新入学、新入社、異動など、新生活が始まるタイミングです。自分自身にも経験がたくさんありますが、いきなり人間関係や仕事の壁など、さまざまな悩みに直面し、苦しんでしまう人が世の中にたくさんいるのではないか? そんな状況を受け止め、どう乗り越えていけばよいのか、そのためのヒントを視聴者の皆さんの一緒に探っていけたらと思ったのです。

私自身は、学生時代、神谷美恵子訳『マルクス・アウレーリウス 自省録』を愛読していました。愛読していたといっても、実は、自分が気に入ったところを選び出して励みにしていただけで、多くの箇所は「こんな理想的なことなんてできるものか」「ちょっときれいごとすぎるぞ」と思う箇所もたくさんあり、反発に近いものを覚えたのも事実です。ただ、人生の中で困難にぶつかるにつけ、マルクス・アウレリウスの言葉の一節がふと心の底から浮上してきて、難局を乗り越える支えになってくれた…ということも多々経験してきました。

そんなマルクス・アウレリウスに50歳を超えて再会することになりました。京都で岸見一郎さんとお昼ご飯をご一緒していたときのこと。今後、岸見一郎さんが解説してみたいギリシャ哲学(念頭にあったのは、「饗宴」以外のプラトンの著作か、アリストテレスの著作)が何かないか質問してみたのです。

返ってきたのが「マルクス・アウレリウスの『自省録』はどうでしょう」という言葉でした。てっきりギリシャ哲学の王道の本が出てくると思っていたので、ちょっと驚きました。また、不勉強な私は「ギリシャ哲学がご専門の岸見さんがなぜローマ時代の哲学を?」と疑問をもったものでした。ところがお話をお聞きする中で、この本が実はギリシャ語で書かれていたことや、彼がギリシャ哲学の「ストア学派」に大きな影響を受けていたことがわかってきました。

そして決め手になった言葉がこんな言葉でした。

「私が影響を受けたのは、実はプラトン自身の思想ではなくて、彼が描いたソクラテス自身の生き方だったんです。その最も良質なところを受け継いだのがストア哲学やその影響を受けたマルクス・アウレリウスではないかと考えています」

記憶に基づいていますので、言葉のニュアンスは多少異なっているかもしれませんが、大意では上記のようなことを語ってくださいました。そして、こうもおっしゃいました。「自分の本格的な研究対象ではなかったが、自分が実際に人生を生きていく上で支えになってくれたのは、もしかしたらマルクス・アウレリウスの言葉の方かもしれない」と。

講師を選ぶ際に、その道の研究の大家を選ぶのか、専門家ではないがその本を愛読し人生に直接影響を受けた人を選ぶのかは、いつも悩むところです。どちらが正解ともいいきれないところがあります。ただこの言葉を聞いたとき、マルクス・アウレリウスの生涯のことが頭に思い浮かびました。

マルクス・アウレリウスが生きた時代は、洪水や地震などの災害、疫病の蔓延、絶えざる異民族たちの侵略など、ローマ帝国の繁栄にかげりが見え始めた時代。ローマ軍最高司令官として戦場から戦場へ走り回ったマルクス・アウレリウスは、闘いの間隙を縫うようにして、野営のテントの中で蝋燭に火を灯しながら、自身の内面に問いかけるようにして「自省録」を綴ったともいわれています。机上の空論でなく、厳しい現実との格闘、困難との対決のただ中から生まれた言葉だからこその説得力があります。そんなことに思いが及んだとき、この本を解説してもらうとすれば、単なる研究者ではなく、やはりこの本を「身で読んだ」人がよいのではないかと、強く思ったのでした。

すでに番組をご覧いただいた方は、その意味がおわかりかと思います。岸見さんは、大きな病気をされて生死の分かれ目を体験されたことや、母親を亡くされたこと、病気療養中に医師に本を書くようにすすめられたことなど、ご自身の体験と重ね合わせながら、噛みしめるようにマルクス・アウレリウスの言葉を解説してくださいました。まさにそれは机上の空論ではなく、「生きた哲学」として胸に迫ってきました。

そこには、もちろん岸見さんだけのオリジナルな読み解きも多々あるかと思います。人によっては違う解釈もあるかもしれません。ただ「自省録」は、そのようにして「読むこと」と「生きること」をつないで読むと、より豊かになっていく本なのではないかと、今回の番組制作を通じて感じました。

皆さんも、それぞれにご自身の読み方を見つけられることを願ってやみません。そして、自分自身で「自省録」を書いてみることも、大きな発見をもたらしてくれるかもしれません。それぞれの「自省録」をぜひ見つけてみてください。

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