おもわく。
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「生と死」「愛と孤独」「家族の確執」「エゴイズム」……私たち日本人が西欧近代化の中で体験し、今も直面し続けている問題と文学を通じて真っ向から向き合い続けた作家・夏目漱石(1867-1916)。人間のエゴイズムの問題を深く見つめ、近代的自我のあり方を鋭く追究した作品群は、今も多くの人たちに読み継がれています。漱石の代表作「三四郎」「夢十夜」「道草」「明暗」などの作品を通して、「自分とは何か?」「人生とは何か?」「他者とは何か?」といった奥深いテーマをあらためて見つめなおします。

1900年(明治33年)、33歳のときにイギリスに留学した漱石は、そこで他人本位の自分のあり方に苦悩。神経衰弱に陥り帰国します。時あたかも日本が近代化に向けて邁進し続けていた時期。しかし、急激な西欧化がひずみや葛藤を生じさせ、表面的な近代化は成し得たが伝統思想と西洋近代思想との間で鋭い矛盾が露呈。日本人はこれまでにない不安と孤独を抱えていました。そうした状況の中で漱石は、西洋のまねを捨て、自力でオリジナルな文学を確立しようと小説の執筆に踏み出していきます。その作品群には、「自我の確立」と「エゴイズムの克服」の間の矛盾をなんとか乗り越えようとした漱石の苦闘を読み取ることもできます。

しかし、漱石作品の魅力はそれだけではありません。東京大学教授の阿部公彦さんは、これまでの私たちは、漱石をあまりにも大文豪として神格化しすぎてきたといいます。むしろ、私たちは今、漱石を等身大の「B級グルメ」のように味わう必要があると強調します。そんな風に読むことで、漱石作品は、さまざまなディスコミュニケーションが大きく問題になっているSNS全盛の現代でも、「異なる他者」を理解するための大きなヒントを私達に与えてくれます。今、漱石作品を読むこととは、「どうやって人の心を理解するか」「相手が何を考えているかをどう知ることができるか」といったスリルとサスペンスを味わうことだというのです。

番組では、阿部公彦さんを指南役として招き、夏目漱石の小説世界を分り易く解説。代表作4冊に現代の視点から光を当て直し、そこにこめられた【人間論】や【小説表現の奥深い可能性】など、現代の私達にも通じる普遍的なテーマを読み解いていきます。

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第1回 「三四郎」と歩行のゆくえ

【放送時間】
2019年3月4日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年3月6日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年3月6日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
阿部公彦(東京大学教授)…英文学者。「名作をいじる」などの著書で夏目漱石を論じる
【朗読】
長塚圭史、藤井美菜(ともに俳優)
【語り】
加藤有生子

「三四郎」は作品全体が「冒頭」のような作品だという阿部公彦さん。冒頭でうたたねから目覚めた主人公の小川三四郎は、突然、自分の理解を絶した女性や知識人たちと行き当たる。それは未知なる世界の象徴だ。その初々しい体験は、まだ誕生したばかりの近代小説、それを書き始めた漱石、それと出会った当時の読者、そして、産声をあげたばかりの近代国家・明治日本のとまどいを象徴している。この作品は、そんな三四郎をつい応援してしまう「応援小説」であり、「小説」「読者」「国家」の成長を追体験する絶好の素材でもある。また、作品の面白さを味わうポイントは、三四郎の「歩行」に注目することだという。第一回は、「三四郎」という小説から、産声をあげたばかりの日本の「近代」を読み解く。

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第2回 「夢十夜」と不安な眼

【放送時間】
2019年3月11日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年3月13日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年3月13日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
阿部公彦(東京大学教授)…英文学者。「名作をいじる」などの著書で夏目漱石を論じる
【朗読】
長塚圭史、藤井美菜(ともに俳優)
【語り】
加藤有生子

「夢」という荒唐無稽なものの中に、合理では説明できないような深い真実が隠されているのではないか。漱石は、今まで築き上げていった文体をいったん手放すように夢を素材とした小説を書き連ねていく。そこには、期せずにして、日本文化と西欧文化に間で引き裂かれた漱石の葛藤や、明治という時代がもつ欠陥が浮かび上がってくる。とともに、この作品は、私たちに対して、人生においてどうしても言語化できない「不可解なもの」「答えのでないもの」への向き合い方を教えてくれる。第二回は、「夢十夜」を通して、答えのでないもの、言語化できないものをも描こうとする小説表現の奥深い可能性に迫っていく。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:阿部公彦
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第3回 「道草」とお腹の具合

【放送時間】
2019年3月18日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年3月20日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年3月20日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
阿部公彦(東京大学教授)…英文学者。「名作をいじる」などの著書で夏目漱石を論じる
【朗読】
長塚圭史、藤井美菜(ともに俳優)
【語り】
加藤有生子

漱石は「道草」という作品の素材として自伝的な要素を選んだ。作家本人の写し鏡ともいえる主人公・健三が直面するのは「金銭をめぐる親族たちへの愛着と嫌悪」。それは生涯漱石自身を悩ませ続けた苦悩。「おぞましさと愛着がないまぜになった幼き頃の記憶」「一分の隙間もないような人間関係のしがらみ」……それらを漱石は、終生悩まされた「胃弱の不快感」と重ね合わせながら描いていく。どうしようもなく自身を縛り続ける桎梏と漱石はどう向き合ったのか。「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない」という健三の言葉からは、表面的な意味とは裏腹に「引っ懸かりだらけの片付かぬ人生」を引き受けていこうとする漱石の覚悟が見えてくる。第三回は、「道草」から困難な人生との向き合い方を学ぶ。

安部みちこのみちこ's EYE楽しんでいいんだ!
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第4回 「明暗」の「奥」にあるもの

【放送時間】
2019年3月25日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年3月27日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年3月27日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
阿部公彦(東京大学教授)…英文学者。「名作をいじる」などの著書で夏目漱石を論じる
【朗読】
長塚圭史、藤井美菜(ともに俳優)
【語り】
加藤有生子

「まだ奥があるんです」という象徴的な言葉が冒頭で発せられる漱石最晩年の小説「明暗」。
未完で終わったこの作品は、日常の中に、底知れぬ「奥」が存在することをさまざまな形で突きつける小説だ。登場人物同士が腹を探りあい騙しあい、対決していくこの作品は、やがて読者をもこの騙しあいに巻き込んでいく。人間の意志や努力ではいかんともしがたい、日常の「奥」に横たわる「暗い不思議な力」。それは、ままならぬ人生の中で、漱石が晩年に行き当たった深い諦念を象徴する言葉でもあった。第四回は、未完の傑作「明暗」に込められた漱石最晩年の境地に迫るとともに、そこから読み取れる「人生の本質」や「人間のあり方」を考える。

アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技
NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『夏目漱石スペシャル』 2019年3月
2019年2月25日発売
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こぼれ話。

わからないことを、わからないままに

これまでの私たちは、漱石をあまりにも大文豪として神格化しすぎてきたのではないか。「夏目漱石スペシャル」を企画する際に真っ先に思ったのはこのことです。すでに「100分de名著」では、代表作「こころ」を取り上げており、「悩む人・漱石」という視点から、姜尚中さんに鋭い解説をしていただきました。ただ漱石はそうした像だけにはとどまらない、もっと破天荒ともいえる魅力をもっている人だとずっと思い続けてきたのです。

そんなさなかに出会ったのが、東京大学で英文学を研究する阿部公彦さんでした。「飯田橋文学会」というグループが主催する「現代作家アーカイヴ」というイベントの会場でのこと。現役の作家に代表作を三作選んでもらい、それらを柱としながら創作活動の通史を概説・詳説してもらうという公開インタビューです。今日の文学を、その担い手自身の言葉を記録し蓄積してアーカイヴ化していこうという、とても意欲的な試みです。

そのメンバーの一人、阿部さんご自身もインタビュアーとして、詩人の高橋睦郎さんから非常に豊かな言葉を引き出すなど、力量を示されていました。また当時発表されたばかりの「名作をいじる」という著書では、日本文学の名作の冒頭部分をさまざまな視点から分析するというとても面白い試みでした。

この著書の中で、とりわけ印象的なのが夏目漱石作品の冒頭の分析。「三四郎」「明暗」を取り上げていましたが、その鮮やかな解説に、「もっと先の分析もお聞きしたい」という気持ち」が高まりました。そんな思いから実際にお会いしてみると、自分が考えていたことと、阿部さんが考えていたことが、とても共鳴しました。

阿部さんは、今、漱石を等身大の「B級グルメ」のように味わう必要があると強調します。そんな風に読むことで、漱石作品は、さまざまなディスコミュニケーションが大きく問題になっているSNS全盛の現代でも、「異なる他者」を理解するための大きなヒントを私達に与えてくるというのです。今、漱石作品を読むことは、「どうやって人の心を理解するか」「相手が何を考えているかをどう知ることができるか」といったスリルとサスペンスを味わうことにつながるのではないか。そんなお話をお聞きしながら、「ああ、この人に解説してもらえば、漱石を脱神話化し、もっと多様な漱石の楽しみ方を提示できるな」と確信したのです。

その多様な楽しみ方は番組をご覧になった皆さんに今更説明するまでもありませんが、私が最も印象に残ったのは、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉です。「わからないものをわからないまま受容する能力」を示す言葉として、イギリスのロマン主義の詩人、ジョン・キーツが提示した言葉ですが、「夢十夜」という作品を読むのにぴったりなキーワードでした。

私の中では、なんとかこの意味不明な話を解釈しよう、理解しようと力みすぎて、楽しめていないところがあったのですが、「あ、無理に解釈しなくてもよいのだ」「わからないなりに、そのゆらぎや不安感を楽しめばいいのだ」と思えるようになり、文学の読み方がとても自由になったのが、今回の大きな収穫でした。

「ネガティブ・ケイパビリティ」は、何に対してもわかりやすい説明だけが求められる現代、そんな窮屈な考えから私たちを解放してくれる非常に優れた概念で、英文学という分野で詩人を研究している阿部さんでなくては決して出てこなかった解説になったと思います。

「100分de名著」は、専門家による研究発表の場というよりも、むしろ、作品と視聴者とを意外な回路でつないでくれる、化学反応の場だと私は考えています。そういう意味で、今回のユニークな解説は、英文学者が漱石を語るという、ジャンルを横断する営みが生み出した、優れて刺激的なものになったと思います。もちろんケースバイケースだとは思いますが、今後もこうしたチャレンジを続けていけたらと思っています。

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