おもわく。
おもわく。

「いったい私たちの毎日の生活を生きるかいあるように感じさせているものは何であろうか。ひとたび生きがいをうしなったら、どんなふうにしてまた新しい生きがいを見いだすのだろうか」
 そんな問いを発し、人間にとって「生きがいとは何か」を真摯に追求した一冊の名著があります。神谷美恵子「生きがいについて」(1966)。それまであまり注目されることのなかった「生きがい」という言葉に光をあて、時ならぬ「生きがい論ブーム」を巻き起こした書です。
 著者の神谷美恵子(1914-1979)が「生きがい」という問題に直面したのは、四十三歳のとき。精神科医として働いた、岡山県のハンセン病療養施設「長島愛生園」でのことでした。なぜ世の中には、絶望的な状況にあってなお希望を失わずに生きぬいている人たちがいるのか。ハンセン病患者たちに寄り添いながら、神谷が見つけたのは、「苦しみや悲しみの底にあってなお朽ちない希望や尊厳」でした。視力を完全に失いながらも窓外の風物に耳を澄ませ俳句を創り続けるひとたち、失った指の代わりに唇や舌に点字を当てて、血をにじませながら読み続けるひとたち……ハンセン病患者たちの姿に照らし出されるように、神谷は、「生きがい」の深い意味をつかみとっていったのです。
しかしこの書は、単に極限状況にある人々の「生きがい」を描いたわけではありません。神谷は、日常を平凡に生きている私たちが「生きがいをいかにおろそかにしているか」「生きがいを奪い去られるような状況に直面したときいかにもろいものか」を問いかけます。ひとが生きていくことへの深いいとおしみと、たゆみない思索に支えられた神谷のまなざしは、私たちが日々暮らしていく中で、「生きがい」がいかにかけがえのないものなのかをも明らかにしてくれるのです。
 番組では、批評家・若松英輔さんを講師に招き、新しい視点から「生きがいについて」を解説。「生きがいの深い意味」「困難な状況にどう向き合うか」「人間の尊厳」「人間を根底で支えるものとは?」など現代に通じるテーマを読み解くとともに、「生きがい」を奪われるような状況に見舞われたとき、人はどう再生していくことができるかを学んでいきます。

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第1回 生きがいとは何か

【放送時間】
2018年5月7日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年5月9日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年5月9日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
若松英輔(批評家)
【朗読】
美村里江(俳優)
【語り】
徳田章

「生きがいとは何か」という極めてシンプルな問いからはじまる「生きがいについて」。神谷美恵子がとりわけこだわったのは、「生きがい」が決して言語化できない何かであり、考える対象ではなく「感じられる何か」であるということだった。「存在の根底から湧き上がってくるもの」「自分がしたいことと義務が一致すること」「使命感に生きること」。神谷が生きがいをとらえようとする様々な言葉から浮かびがあるのは、生きがいが、他者のものとは安易に比較できない「固有のもの」であるということだった。第一回は、神谷美恵子が探求し続けた「生きがい」の多面的な意味を、さまざまなエピソードを通して明らかにしていく。

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第2回 無名なものたちに照らされて

【放送時間】
2018年5月14日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年5月16日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年5月16日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
若松英輔(批評家)
【朗読】
美村里江(俳優)
【語り】
徳田章

ハンセン病療養施設「長島愛生園」に精神科医として調査に入った神谷美恵子。しかし患者たちは決して心を開いてくれなかった。「奥深い問題を探求する上で意味あるものは、むしろそうした機械的調査のあらい網の目からは洩れてしまう」。そう宣言し、神谷美恵子はこれまで使ってきた学術的方法を放棄する。その上で、神谷はハンセン病患者たちの只中に入っていき、本当の意味で言葉を交じり合わせていこうとした。その結果、むしろ患者たちから照らし出されるように「生きがいの深い意味」を知らされていくのだ。第二回は、神谷美恵子の半生を辿り、彼女が突き当たった壁や困難の意味を考えながら、本当の意味で人間に寄り添っていくとはどういうことか、また、無名な人たちに照らし出される「生きがいの深い意味」を明らかにしていく。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:若松英輔
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第3回 生きがいを奪い去るもの

【放送時間】
2018年5月21日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年5月23日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年5月23日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
若松英輔(批評家)
【朗読】
美村里江(俳優)
【語り】
徳田章

「容易に癒えない病を生きる苦しみ」「愛する人を失った悲しみ」……私たちは、「生きがいを奪い去るもの」を決して避けては通れない。そんな「苦しみ」や「悲しみ」と私たちはどう向き合ったらよいのか? ハンセン病患者たちが教えてくれるのは、暗闇の中にいる人間こそがむしろ「光」を強く感じるという事実だ。体が動かなくなったときにこそ感じられる「ここに存在していることの意味」。大事な人を失ったときにはじめて感じる「命の尊さ」。わが身に降りかかってくる困難を避けるのではなく、その意味を掘っていくことこそ「生きがい」を深めていく営為なのである。第三回は、「生きがいを奪い去るもの」との向き合い方、試練に向き合ったときにはじめて気づかされる「生の深み」を学んでいく。

アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技
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第4回 人間の根底を支えるもの

【放送時間】
2018年5月28日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年5月30日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年5月30日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
若松英輔(批評家)
【朗読】
美村里江(俳優)
【語り】
徳田章

「生きがい」の問題を考えぬいていくとき、ひとはいつしか「宗教的なもの」に近づいていく。それは決して既成宗教や宗派の枠にとらわれるものではない。それを神谷は、教義や礼拝形式などの形をとる以前の「目に見えぬ人間の心のあり方」と呼ぶ。神谷は、困難に直面している人々と対話する中で、彼らが、自分を超えたより大きなものに生かされていると感じており、自己をあるがままに大きな力にゆだねることで、困難に立ち向かう力を得ていることに気づくのだ。第四回は、神谷美恵子が「生きがいについて」後半でたどりついた独自の「宗教観」を読み解くことで、「人間の根底を支えるものとは何か」を考えていく。

NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
生きがいについて 2018年5月
2017年4月25日発売
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こぼれ話。

生血がほとばしり出すような言葉

この原稿をアップするのが大幅に遅れてしまったのには、実は大きな理由があります。「生きがいについて」という名著、そして若松英輔さんによる解説は、いまだに、自分の奥深いところに響き続け、反響を繰り返し、はっきりとした言語化を拒み続けています。また、第四回でご紹介した近藤宏一さんの生き方を前にして、これ以上、私が何を付け加えることがあるだろうかという思いも深い。それほどまでに、私自身にとっても大きな影響を与えてくれた本であり、解説でした。

いつもであれば、プロデューサーとして学んだこと、制作の過程の中での気づきなど、主に内容面をコンパクトにまとめることが多いこのコーナーですが、自分の中で言語化するにはまだしばらく時間がかかりそうで、内容面にはあまり触れられないかもしれないことをご容赦ください。

神谷美恵子との出会いは大学生のとき。マルクス・アウレリウス「自省録」やミシェル・フーコー「臨床医学の誕生」「精神疾患と心理学」などの翻訳を通じてでした。非常に優れた翻訳で訳者に興味をもって調べたら、本人も精神医学者だという。早速手に取ったのが「生きがいについて」。見事に整理された学術論文の姿を呈している前半部に対して、後半部に至ると、単なる論文を超えた思想ともいえる様相を呈しはじめ、大きくとまどいつつも文章の素晴らしさに胸を打たれたことを今もよく覚えています。しかし、その当時の自分には理解しがたいところも多々あり、その後も折に触れて読み返し続けました。全体を理解するには及びませんでしたが、いくつかの箇所がその後の自分の人生の支えになっていたことも事実です。

もっと深くこの本のことを知りたいと思ったのは、若松英輔さんに解説をお願いして、石牟礼道子「苦海浄土」の回を制作したときのことでした。若松さんの解説を編集作業の中で何度も見直す中で、「苦海浄土」と「生きがいについて」は、深いところで言葉同士が呼び合っているという直観を抱きました。そして、この直観が冷めないうちに、きちんと「生きがいについて」と向き合いたいと思ったのです。

放送終了後に、若松英輔さんと、今後解説していただけそうな名著について相談したところ、奇しくも若松さんから今一番取り組んでみたい本が「生きがいについて」であると告げられて驚きました。そして、「苦海浄土」と「生きがいについて」が奥深いところで響きあっていることや、生前、ぜひ実現してほしかったのが、石牟礼道子さんと神谷美恵子さんの対談だったという感慨もお聞きしました。

実は、この取材の際に語らった内容がボイスレコーダーに残っています。2時間近くにも及ぶその対話は、とっかかりこそ、「苦海浄土」と「生きがいについて」の響きあいの話であり、神谷美恵子さんのお話だったのですが、7割がたは、そこから導かれるように縦横無尽に広がるお話になり、内村鑑三、鈴木大拙、柳宗悦、果てはレヴィ=ストロースまで、連綿とつながっていく思想の系譜の水脈が浮かびあがるような内容でした。企画の取材としては異例のことでしたし、文字に起こしてみるとその内容そのものが使われているわけではないのに、不思議に企画書を書く際に、番組を作っていく筋道を照らし出してくれる灯台のような役割を、この対話は果たしてくれていたと、今、聴き直してみて実感します。このような体験は、プロデューサーとして仕事をしていく中でも稀有なことですし、企画者冥利に尽きるような体験でした。

とりとめもなく書き連ねてしまいましたが、あらためて思うのは、「生きがいについて」を読む体験というのは、やはり「容易に言語化することを拒むような体験」なのだということです。各人がこの本との対話を繰り返しながら、それぞれに「生きがい」というものの本質を少しずつつかんでいく、そのわずかなりとも手助けにこの番組がなってくれたらと願ってやみません。

最後になりましたが、今後、私たちが番組を制作したり、文章を綴ったりしていく際の姿勢として、常に思い起こしたい言葉を神谷美恵子さんの別の著作からいただきました。胸に刻みつつ、引用させていただきます。

「どこでも一寸切れば私の生血がほとばしり出すような文字、そんな文字で書きたい、私の本は。(中略)体験からにじみ出た思想、生活と密着した思想、しかもその思想を結晶の形で取り出すこと」(神谷美恵子「日記・書簡集」より)

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