おもわく。
おもわく。

 「根深い怨恨を宿す人間の逸脱や挫折」「ごく普通の人間の中に潜む狂気」……社会の常識や背景が知らず知らずのうちに人間を縛り犯罪に走らせる様を見事に描き出し、「社会派推理小説」という一大ジャンルを築き上げた作家・松本清張(1909 - 1992)。人間の闇を凝視し続けた清張の視線は、やがて時代の深層へと向けられ、膨大な資料をもとに旧来の常識を覆すようなノンフィクション作品をも生み出していきました。卓越した時代批評としても読み解ける清張の作品群を通して、「人間の闇」や「国家の深層」といったテーマをあらためて見つめなおします。

 松本清張は、社会の底辺にいる弱者の怒りや憎しみ、悲しみを描き続けました。その原点は、自らも積んできた厳しい下積み時代の経験にあります。人員整理による失職、低賃金を補うための藁箒仲買いのアルバイト、会社内での学歴差別。清張は、格差社会や貧困の現実を凝視してきました。作家を志し多くの探偵小説を読み漁ったときのことを「非現実的な背景の中で、トリックや謎解きの面白さがだけに重点が置かれていて読めば読むほど面白くない。そこでぼくは、現実の実生活の中にサスペンスを求め、その中にある人間性を探りたいと考えるようになった」と述懐する清張。その志向はやがて、等身大の人間に潜む闇を見つめぬく「社会派推理小説」へと結実していきます。時あたかも日本が高度経済成長に邁進していた時期。清張は、過酷な競争社会の中で翻弄され心の闇や欲望をむき出しにしていく人間たちに光を当て、作品を通して日本社会の暗部を告発しようとしたのです。

 しかし、清張は単に「人間の闇」をあぶりだしているだけではありません。清張は類い希なる洞察力で、歴史資料の端々に潜む事実に眼を凝らし、歴史を突き動かしてきた深層にあるものをあぶりだしていきます。清張作品は、歴史の大きな転換期にあって「国家が誤った方向に向かわないためには何が必要だったか」を考えるための大きなヒントをも私達に与えてくれるのです。

 番組では原武史さん(放送大学教授)を指南役として招き、松本清張が追い求めた数々のテーマを分り易く解説。「点と線」「砂の器」「昭和史発掘」「神々の乱心」等の作品に現代の視点から光を当てなおし、そこにこめられた【人間観】や【国家観】、【歴史に対する洞察】など、現代の私達にも通じるメッセージを読み解いていきます。

一挙アンコール放送決定!
5月4日(月)16:05~17:41 BSプレミアム


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第1回 人間と社会の暗部を見つめて ~「点と線」~

【放送時間】
2018年3月5日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年3月7日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年3月7日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
原武史(放送大学教授)…日本政治思想史研究者。代表作に「大正天皇」「昭和天皇」「松本清張の『遺言』」など。
【朗読】
長塚圭史(俳優)
【語り】
小坂由里子

福岡県香椎浜で起こった情死事件の解明を描く「点と線」。新しい旅の主役、夜行列車「あさかぜ」や航空機を始め、国鉄、私鉄をからませて、点と線でつなぐ一級のエンターテインメントだ。当時最先端のテクノロジーや交通革命、情報革命をいち早く先取りしながらも、その背景に、相次ぐ疑獄事件や政界・財界・官界の癒着などの社会的事件が透けてみえるような絶妙な仕掛け。巨悪は逃げ延び、犠牲になるのは中間管理職……複雑な社会機構が生み出す構造的な犯罪に巻き込まれた個人の悲劇を見事に描き出す清張の筆力は一体どこから生まれたのか? そのヒントは、清張の生い立ちにあった。第一回は、清張の人となりを探るとともに、「点と線」に描かれた登場人物たちの姿からごく普通の人間たちを翻弄する社会の暗部を読み解いていく。

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第2回 生き続ける歴史の古層  ~「砂の器」~

【放送時間】
2018年3月12日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年3月14日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年3月14日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
原武史(放送大学教授)…日本政治思想史研究者。代表作に「大正天皇」「昭和天皇」「松本清張の『遺言』」など。
【朗読】
長塚圭史(俳優)
【語り】
小坂由里子

過去を消し去るために殺人という手段をとらざるを得なかった人物とその心理を描く「砂の器」。大ピアニストを目指す主人公・和賀英良に背負わされた十字架は、幼少期に苦しめられた、いわれなき差別と偏見だった。近代化を成し遂げたにもかかわらず、依然として日本に残る迷妄きわまる差別構造が人を犯罪に追いやる原因となる。その犯罪を暴くきっかけになるのも、古代からの残滓を残す「方言」という文化。この小説は、日本に今も生き続ける歴史の古層への鋭い視点が生んだ作品なのである。第二回は、小説「砂の器」で描かれた犯罪を読み解くことで、近代化・高度経済成長を経てもなお、日本に根強く残る歴史の古層を暴き出す。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:先崎彰容
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第3回 歴史の裏側を暴き出す  ~「昭和史発掘」~

【放送時間】
2018年3月19日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年3月21日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年3月21日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
原武史(放送大学教授)…日本政治思想史研究者。代表作に「大正天皇」「昭和天皇」「松本清張の『遺言』」など。
【朗読】
長塚圭史(俳優)
【語り】
小坂由里子

昭和初期の時代の変わり目を新資料を元に複合的に叙述していくノンフィクション作品「昭和史発掘」。とりわけ「二・二六事件」を読み解くことが、昭和史の謎を解明する大きな鍵を握っていると清張はいう。それは単なるテロ事件ではなく、構造的不況、貧富の格差の拡大、対外関係の行き詰まりといった危機的状況を、昭和維新と呼ばれる革命によって乗り越え、天皇と国民を改めて一体化させようという大規模なクーデター計画だった。その失敗後、軍部は「二・二六」再発をちらつかせながら、政・財・言論界を脅迫し戦時体制へと国民をひきずっていく。いわば、「二・二六」は、その後の国家体制を変えていく大きなターニングポイントだった。第三回は、「二・二六事件」を清張の視点から読み解き、日本が戦争に突き進んだ昭和という時代を浮き彫りにする。

アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技
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第4回 国家の深層に潜むもの ~「神々の乱心」~

【放送時間】
2018年3月26日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2018年3月28日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2018年3月28日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
原武史(放送大学教授)…日本政治思想史研究者。代表作に「大正天皇」「昭和天皇」「松本清張の『遺言』」など。
【朗読】
長塚圭史(俳優)
【語り】
小坂由里子

最晩年、病気によって休載し、ついに未完に終わった「神々の乱心」。昭和八年を舞台に、特高の刑事と華族の次男坊が、宮中に入り込んだ新興宗教「月辰会」の陰謀を追うミステリーだが、そこには清張の巨大なメッセージがこめられている。「月辰会」の陰謀とは、実は「三種の神器」の捏造。日本国の頂点に君臨することを証明する物的証拠を捏造し、陸軍や宮中の一部の人々に本物と信じ込ませることで、天皇家の正当性を根底から覆そうとする。もちろん架空の物語だが、清張は、取材に基づいた多くの事実をつきあわせながら、日本という国家の深層に潜むものを見極めようとする。いわば、この作品は清張の遺言でもあるのだ。第四回は、清張の最晩年の格闘を通して、「国家とは何か」「宗教とは何か」という普遍的な問題に迫っていく。

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松本清張スペシャル 2018年2月
2018年2月24日発売
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こぼれ話。

清張とともに「時代」を問い直す

「松本清張スペシャル」の講師を担当してくださった原武史さんに初めてお会いしたのは、過去のスケジュール帳によると、2016年9月7日のこと。出版社の編集者を介して紹介してもらいました。ちょうど原さんが「〈女帝〉の日本史」という著作を準備されていた頃で、その打合せの席上でのことでした。打合せ終了後に、一案として「松本清張について解説していただくことはできないか」との相談をさせてもらったときの、原さんの眼の輝きを今も忘れることができません。

講師を選ぶ際に、一つの大きな目安となるのは、その人がどれだけその名著を深く愛しているかということ。単なる研究材料……といったつきあいしかしていない場合は、器用に解説することはできても、本当の意味で人の胸を打つような話はできません。その名著を真に愛して読み込んでいる人は、不思議にも言葉の端々に「熱」が宿り、場合によっては、少々難しい解説でも、視聴者の心を揺り動かしてくれることがあります。原さんの眼の輝きからは、まず条件の一つ、清張作品への深い愛を嗅ぎ取りました。

もう一つ大事なこと。それは、その名著を深く愛しながらも、適切な距離をもって対象化できることです。愛しすぎてずぶずぶにのめりこんでいるだけでは、客観的な解説ができません。冷たすぎても熱すぎても、面白い解説はできないのです。

原さんとの初会見は非常に短いものでしたが、話の端々から感じられたのは、彼の清張作品との向き合い方が、実に、この難しいバランスを極めて高いレベルで保っているということでした。すぐにでも講師をお願いしたいと、半年後の出演をお願いしたのですが、執筆活動など多くのお仕事を抱えていらっしゃり諦めざるを得ませんでした。しかし、原さん出演という案自体を諦めることはできず、実に1年半越しで企画を実現することになったのです。

清張作品を100分で4冊分も解説する……制作者としては、これは無謀ともいえる試みでした。実際に、作品のエッセンスを絞り込んでいく作業は困難を極めました。しかし、その一方で、清張という巨人を一つの作品だけでは絶対に汲みつくすことはできないというのも作品を読んでいての実感でした。

清張ほど貪欲にこれだけ多ジャンルの領域に挑んだ作家は稀有だと思います。やはり最低4冊(実はこれでも十分とはいえませんが)は解説しなければ彼の全体像には迫れない…そう考えて、見事な伏線がいたるところに張り巡らされた推理小説の醍醐味の全てを伝えることは断念し、最も大事なメッセージが込められていると考えられる部分に絞りこんでいきました。その結果、原さんが提示してくれた鋭い切り口にも力を貸してもらいながら、なんとかおぼろげながらも松本清張という作家の姿が浮かび上がったのではないかと考えています。ただ、ストーリー紹介や論点の数は、1冊25分では物足りない部分もあったかと思います。ぜひNHKテキストや原武史さんの近著「松本清張の『遺言』」で、その足りない部分を補っていただければとも思っています。

清張は、昭和から平成という大きな時代の変わり目に「昭和という時代とは何だったのか」という根源的な問いをノンフィクションや小説の形で問い続けた作家です。私たちも、今、まさに平成という時代の終わりを体験しようとしています。私たちも、清張にならって、タブーや常識にとらわれることなく、「平成という時代とは何だったのか」ということを鋭く問い直していく必要があるのではないでしょうか? そのとき、清張という作家とその作品群は、多くのヒントを与えてくれるはずです。この番組をきっかけにして、みなさんが清張作品そのものを読み直していただければ、制作者としてこれにまさる幸せはありません。

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