おもわく。
おもわく。

 遺伝子操作、iPS細胞による再生医療……生命科学の進歩はとどまるところを知りません。AIや脳科学の飛躍的な進歩は「人間の意識」の解明に新たな光を当てようとしています。しかし、そもそも「生命とは何か」「意識とは何か」というより根源的な問いの解明については、人類はまだその入り口に立ったばかりです。そんな現代的な問いを予見するように問うた小説が今から半世紀も前に書かれていました。スタニスワフ・レム「ソラリス」。SF作品の歴代ランキング一位に常時ランクインし、世界30数ヶ国語にも翻訳されている作品です。また、二度にわたって映画化も果たし、ポーランド文学の最高傑作のひとつに数えられています。「100分de名著」では、科学の限界、人間存在の意味、異質な文明との接触の問題を鋭く問うこの作品を取り上げます。

 惑星ソラリスの探査に赴いた科学者クリス・ケルヴィンは、科学者たちが自殺や鬱病に追い込まれている事実に直面。何が起こっているのか調査に乗り出します。その過程で、死んだはずの人間が次々に出現する現象に遭遇し、自らの狂気を疑うクリス。やがて惑星ソラリスの海が一つの知的生命体であり、死者の実体化という現象は、海が人類の深層意識をさぐり、コミュニケーションをとろうする試みではないかという可能性に行き当たります。果たして「ソラリスの海」の目的は?

 この作品は、人類とは全く異なる文明の接触を描いているだけではありません。ソラリスの海が引き起こす不可解な現象は、人間の深層に潜んでいるおぞましい欲望や人間の理性が実は何も知りえないのではないかという「知の限界」をあぶりだしていきます。ロシア・東欧文学研究者の沼野充義さんは、レムは、この作品を通して「人間存在の意味」を問うているのだといいます。

 さまざまな意味を凝縮した「ソラリス」の物語を【科学や知の限界】【異文明との接触の可能性】【人間の深層に潜む欲望とは?】【人間存在の意味とは?】など多角的なテーマから読み解き、混迷する現代社会を問い直す普遍的なメッセージを引き出します。

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第1回 未知なるものとのコンタクト

【放送時間】
2017年12月4日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2017年12月6日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2017年12月6日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
沼野充義(東京大学教授、ロシア・東欧文学研究者)
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【ナレーション】
小口貴子

人間とは全く異なる「未知なるもの」と遭遇したとき人間はどうなるのか? 「惑星ソラリス上で不可解な自己運動を繰り返す海は果たして知的生命体なのか?」 理解不能な事態に直面し、人類は「ソラリス学」という膨大な知の集積を続けてきた。そして、登場人物たちも、海がもたらす想像を絶する事態に巻き込まれ、あるいは現実逃避、あるいは自殺へと追い込まれていく。主人公クリス・ケルヴィンは、自らの狂気を疑うが、ぎりぎりの理性の中でそれが現実にほかならないことをつきとめる。第一回は、人間の理性の可能性と限界を見極めようとする認識論的寓話として「ソラリス」を読み解く。

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第2回 心の奥底にうごめくもの

【放送時間】
2017年12月11日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2017年12月13日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2017年12月13日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
沼野充義(東京大学教授、ロシア・東欧文学研究者)
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【ナレーション】
小口貴子

既に死亡した人物が、実体をともなって再び出現するという恐るべき状況。しかも、彼らは、忘れがたいが悲痛さのため心の奥にしまいこんだはずの記憶の中の人物だった。自分自身が自殺に追いやってしまったかつての恋人ハリーと遭遇するクリスは、その現実を受け入れられず、ロケットで大気圏外に射出することで葬り去ろうとする。しかし、ハリーは再び忽然と出現する。やがて過去の探検隊の記録から、彼らは、ソラリスの海が人間の潜在的な記憶を探り、不可解な力で実体化したものということがわかっていく。ソラリスの海は、いったい何のために、このようなことを行うのか? 第二回は、抑圧された記憶や欲望を抉り出す精神分析的な物語として「ソラリス」を読み解く。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師: 沼野充義
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第3回 人間とは何か? 自己とは何か?

【放送時間】
2017年12月18日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2017年12月20日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2017年12月20日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
沼野充義(東京大学教授、ロシア・東欧文学研究者)
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【ナレーション】
小口貴子

ソラリスの海が実体化したはずのハリーは、クリスとの交流の中で、より人間らしい自意識を育んでいく。クリスもそんなハリーを、元の恋人とは別の新たな人格として愛し始める。彼らの交流を見つめていると、「自己とは何か?」「他者とは何か?」という鋭い問いをつきつけられる。記憶をもとに造形されたハリーは単なるコピーではない。他者との関わりの中でオリジナルな自己を育んでいく存在なのだ。そして、クリス自身もそんな彼女に影響を受けていく。そして、ハリーは、これ以上クリスを苦しめたくないと、自ら「自殺」を選択するのだ。第三回は、「ソラリス」を通して、「人間存在とは何か」という根源的なテーマを考えていく。

島津有理子のゆりこ's EYEアニメ職人たちの凄技
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第4回 不完全な神々のたわむれ

【放送時間】
2017年12月25日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2017年12月27日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2017年12月27日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
沼野充義(東京大学教授、ロシア・東欧文学研究者)
【ゲスト】
瀬名秀明(SF作家)
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【ナレーション】
小口貴子

ソラリスの海が引き起こす謎の現象は、自分たちに向けての何らかのコンタクトではないのか? クリスたちは、潜在意識ではなく、はっきりとした自己意識を記録しX線に載せてソラリスの海に照射する実験を行う。しかし、海からの応答はなく、不可解な自己運動を繰り返すだけだった。最後の最後まで人間の理解を絶したままの絶対的他者「ソラリスの海」が暗示するのは、それが私たちにとっての「世界」や「神」のメタファーではないかということだ。クリスたちの体験は何も特別なものではない。私たちも、時として「なぜ?」「どうして?」としかいいようのない不条理な出来事に遭遇するものなのだ。第四回は、SF作家・瀬名秀明さんをゲストに招き、「ソラリス」にこめられた巨大なメッセージを、解き明かしていく。

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○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
ソラリス 2017年12月
2017年11月25日発売
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こぼれ話。

「絶対的な他者」と向き合うことの大切さ

「『ソラリスの陽のもとに』という作品は、間違いなく、人間存在の深遠を凝視した世界的な文学である」

そんな確信に満ちた直観を、高校生時代に初読して以来、30年以上持ち続けてきました。「世界SF全集」と銘打たれたシリーズを学校の図書館から借り出しては読み続けていた高校時代。飯田規和訳「ソラリスの陽のもとに」にたどり着いた私は、それまで読んできたいかなるSFとも違う手ごたえを感じました……いや、そんな生易しいものではありません。自分がばらばらになってしまうような衝撃。自分の存在を根幹からゆさぶるような絶対的な恐怖。番組の講師、沼野充義さんが「形而上学的恐怖」と見事に表現してくれましたが、私にとってその体験は、その後のものの見方さえ変えてしまうほど強烈なものでした。

ですから、「100分de名著」のプロデューサーに就任して以来3年半、どこかで取り上げられるタイミングがないかと念じ続けてきた作品でもありました。あの根源的ともいえる恐怖の正体を見極めたい。ただ取り上げることを躊躇し続けた理由は、この作品がSF小説であることでした。私自身は、SFに対して何の偏見もなく、ジャンルに関わらず古典は古典だとは思ってはいました。しかし、世間一般の評価はどうなのか。古典の名著として数えても違和感をもたれないか。ずっと悩み続けてきたのです。

そんな私に一歩踏み出す勇気を与えてくれたのが、沼野充義さんでした。もともと「屋根の裏のバイリンガル」「対話で学ぶ〈世界文学〉講義シリーズ」を愛読していた私は、ロシアや東欧の文学の何かの作品を沼野さんに解説してもらおうと目論んでいました。まずは訪ねてみようと思い立ったのが今年4月。事前に候補作を下調べをしようとして見つけたのが沼野充義訳「ソラリス」だったのです。若き日の自分に衝撃を与えた作品の新訳を沼野さんがやっている! 恥ずかしながら新訳されていたことを知らなかった私は、貪るように読み始めました。そして、その訳には、私が抱いてきた疑問の幾つかに答えてくれる内容が込められていることにも気づきました。この作品が、更に深化する形で、世界文学としての強力な魅力を放っていることにも。

作品を読み終えた5月、私は、沼野さんに、取材依頼のメールを送りました。返事はすぐに返ってきました。そこには、「『ソラリス』は私の人生を決めたといっていいほど大事な本です」との文言。もうこれは「ソラリス」の解説をお願いするしかない。とはいえ、企画が通るかどうかの目途は全くたっていませんでした。はやる心を抑えつつ、私は、沼野さんの仕事場をまずは訪ねてみることにしたのです。

この訪問は、まさに私の心を揺さぶり続けます。まず訪ねた仕事場の表札にはスタニスワフ・レムの作品にちなんだ名前が! そして案内された仕事場には、まるまる一つの書棚を占領するようにレムの資料がぎっしり! 人差し指の長さほど分厚いレムの書簡集も見せていただきました(もちろんポーランド語なので読めませんが)。そして、沼野さんがレム本人にインタビューした際のビデオテープも秘蔵しているといいます。年来のレム・ファンの私には夢のような時間でした。しかし、何よりも心を動かされたのは、沼野さんがレムのことを語る際の言葉の端々に宿る「熱」と「愛」でした。仮に世間一般的な尺度でいえば、レムの知名度はやや低かったとしても、この「熱」と「愛」は、確実に視聴者に届くはずだ。そう確信しました。他の候補作品も考えてはいたのですが、このときに心は決まりました。

こうして、沼野さんの情熱に突き動かされるように(それは私自身の情熱でもありました)、企画が動き出していきました。もちろん企画を通すにはさまざまな苦労もありましたが、今、この時代にこの作品を取り上げる意味、この作品の世界文学としての価値、視聴者の皆さんにきちんと届くような内容構成を練り上げ、深めていくことで、企画採択にこぎつけることができました。番組に関わったディレクターほか関係者の力も結集しました。その結果は、みなさんがご覧いただいた番組の内容に、少なからず反映していると確信しています。

沼野さんの解説の中で、最も心に刻まれたのは、「ソラリス」という作品に「絶対的な他者と向き合うことの大切さ」というメッセージが込められているという指摘です。そこには、まさに今、世界を覆っている重苦しい暗雲をふりはらっていくヒントがあります。

世界は元来、もっともっと複雑で多様であるはずなのに、全てを「敵か味方か」という二色だけで色分けし、敵とみなしたものは徹底して排除するという思潮が世を覆っています。自戒も含めて思うのですが、テレビ、新聞、雑誌等々のメディアは本来、多様な人々の意見を尊重し、マイノリティも含めて多様な権利を擁護し、権力に対して厳しいチェックを行うことが創設されて以来の使命であるはずなのに、全てを一つの意見で塗りつぶし自分と意見を異にするものは全て敵とみなして徹底的に排撃し続けるといった風潮が横行しています。同じ考え方の人たちだけに囲まれて、複雑な世界を単純化し、異なるものを排除し続けることのほうが、安易で、居心地がよいと思う人も多いのかもしれません。

しかし、人間の真の勇気とは、自分とは全く異なる他者に身をさらし、自分自身が変わっていくことも恐れず、違和感や異質性に向き合い続けることではないか? 「ソラリス」の主人公、クリス・ケルヴィンが最後に示した姿勢こそ、レムが最も訴えたかったメッセージであり、私たちが今、最も学ばなければならないことだと思えてなりません。

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