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名著、げすとこらむ。

小川仁志
(おがわ・ひとし)
山口大学国際総合科学部准教授

プロフィール

1970年、京都府生まれ。哲学者。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。徳山工業高等専門学校准教授、プリンストン大学客員研究員等を経て現職。大学で新しいグローバル教育を牽引する傍ら、商店街で「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。また、テレビをはじめ各種メディアにて哲学の普及にも努めている。専門は公共哲学。ベストセラーとなった『7日間で突然頭がよくなる本』、『世界のエリートが学んでいる教養としての哲学』、『ジブリアニメで哲学する』(以上、PHP研究所)、『はじめての政治哲学』(講談社)、『「道徳」を疑え!』(NHK出版)、『ポジティブ哲学!』(清流出版)等、著書多数(海外での翻訳出版も含めると100点以上)。

◯『幸福論』 ゲスト講師 小川仁志
実証済みの「幸福になる方法」

 バートランド・ラッセル(一八七二~一九七〇)はイギリスの哲学者です。哲学者といっても、彼の活動は哲学の分野だけにとどまるものではありません。ラッセルをご存じの方は、彼の名前を聞いてどんな業績を思い浮かべますか?

 数理哲学の金字塔『プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』でしょうか。
 あるいは、『幸福論』をはじめ哲学者として著した数々の哲学書でしょうか。
 それとも、「ラッセル=アインシュタイン宣言」をはじめとした平和活動でしょうか。

これらはいずれも傑出した業績です。ラッセルは、二十世紀最高の知性の一人として、世界中の人たちの記憶に刻み込まれている人物なのです。

 今回はその中でも、彼が五十八歳のときに書いた哲学的エッセー『幸福論』をご紹介したいと思います。原題は “The Conquest of Happiness” 。そのまま訳すと、「幸福の獲得」となります。幸福とは待っていれば向こうからやってくるものではなく、自ら獲得すべき能動的な営みである――という、ラッセルの根本思想がよく表れているタイトルだと思います。

 世界には三大幸福論と呼ばれる幸福論の名著があります。一つは、今回取り上げるラッセルの『幸福論』。もう一つはフランスの哲学者アランの『幸福論』。三つ目はスイスの哲学者カール・ヒルティの『幸福論』です。くじけない楽観主義を説いたアラン、信仰や信念を持って生きることが幸福につながるとするヒルティ。彼らと比べると、ラッセルの『幸福論』は、外に目を向けることの大切さを説き、実際の行動を最も重視すること、また精神論にとどまらない論理性を備えている点が特徴的です。

 ラッセルの『幸福論』は二部構成になっています。第一部では不幸の原因分析を行うと同時に、思考をコントロールすることでその原因を取り除く解決策を提示しています。続く第二部では、自分の関心をどんどん外に向けつつ、同時にバランス感覚を忘れないようにすることで幸福になる術を提案しています。数学者でもあったラッセルの『幸福論』は、エッセーとはいえ非常に体系的で、わかりやすい構造になっています。

 またラッセルは、『幸福論』のはしがきで、この本に書いたことは自分の「経験と観察によって確かめられたもの」であり、実際にそれに従って行動したときには自分の「幸福をいやましたもの」だと書いています。つまり、彼が頭の中で考えただけのことではなく、いわば実証済みの方法論なのです。

 ラッセルは晩年、平和活動に熱心に取り組みました。『幸福論』で論じているのは個人が幸福になるための方法ですが、彼の中では、その思想は個人の幸福を超えて、社会の幸福の基盤となる「平和」を求めるところまでつながっていたといえるでしょう。今回の「100分de名著」では、そのことも視野に入れて、『幸福論』を読み解いていきたいと思います。

 ラッセルの『幸福論』を今、日本において読む意味とは何か。これについてはさまざまな理由が挙げられますが、大きく分けると二つあるでしょう。一つ目は、自己を否定しがちな現代社会の風潮です。〝負け組〟や〝ひきこもり〟といった負のラベリングが、人々をますます不幸にしている現実があるからです。二つ目は、今いちど平和の意味が問い直されるべき時代状況です。国際社会が不安定化し、日本で憲法改正が叫ばれる中、ラッセルが行ったように幸福という視点から平和を考え直す必要があるように思うのです。

 ラッセルの文章は非常に論理的ですが、決して堅苦しくはなく、折々に挟まれる突飛な比喩はユーモアにあふれています。ぜひご一緒に、ラッセルの『幸福論』を通して、自分の人生、社会のあり方、そして世界の平和について考えてみましょう。

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