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もっと「永遠平和のために」もっと「永遠平和のために」

今回のキー・フレーズ

戦争はあたかも人間の本性に接ぎ木されたかのようである。

カント「永遠平和のために」より

一読して一番衝撃を受けた一節です。「戦争をすることが人間の本性」? 道徳に何よりもこだわり、理想主義を貫いた哲学者……というイメージをもっていた私は、この言葉がとてもカントの言葉とは信じられませんでした。だとしたら、人類は戦争を避けようがないのか? なんという悲観的な人間観なんだろう、と驚愕したことを今でもよく覚えています。

しかし「永遠平和のために」を読み進めていくと、これが徹底した現実認識から発した言葉だということがわかっていきます。単なる理想論では決して平和を実現することはできない。それは単なる観念の遊戯にしかならない。冷徹に、また徹底して理論的に「人間の本性」を見つめぬくこと。それこそ、平和に向かう第一歩であると、カントは考えたのです。理想主義者・カントではなく、リアリスト・カント。この名著を通して、カントの新たな一面を発見することができました。

人間は放っておくと戦争をしてしまうという「邪悪さ」をもっている。だとしたら、その傾向性をうまく活かして制度設計をすれば、戦争抑止の方法が見つかるはずだ。その前提で考え抜いたカントのアイデアは、徹底して現実的です。一見国家間の戦争をなくす方法にみえる「世界統一国家」というアイデアが、実は少数派を抑圧してしまう「暴力性」を誘発してしまう。むしろ、現実の中で折り合いをみつけていく「平和のための連合」こそが、そうした「暴力性」を抑止することができる。現在の「国際連合」の元になったといわれるアイデアは、私たちの常識を大きくゆさぶります。

そして、何よりも驚かされたのが「共和的な政体」の根本原理を、「立法権」と「行政権」が分離されていることであると洞察していたこと。どんなに国民主権の民主国家を実現したとしても、「立法権」と「行政権」の境目があやふやになってしまえば、その国家は戦争へと突き進んでいく危険性をはらんでしまう。講師の萱野稔人さんがサッカーの試合の例で見事に説明していましたが、一方のチームが試合をしながら勝手にルールを変える権限をもってしまったら、そのチームが勝つのに都合のよいように、とめどなくルールが書き変えられてしまうことになります。ルールを決めるものとルールを実行するものがきちんと分離されているからこそ、そうした暴走を防げるのです。これは、まさに「人間の邪悪さ」を抑止する優れたシステムなのです。

思えば、最も共和的だといわれたワイマール憲法に支えられた第一次世界大戦後のドイツが戦争への道を突き進んでしまったのは、ナチス政権によって、この「立法権」と「行政権」の分離が崩壊してしまったからです。カント「永遠平和のために」は、この事態をまるで予言しているようにも思えて、ぞっとします。

私たちも民主主義国家にいるからといって安心してはいけません。「立法権」と「行政権」の分離は、世界中のあらゆる国家が平和を維持するために機能するかどうかをはかるリトマス試験紙のようなものです。カントが提唱したこの理念が形骸化していないかどうか、私たちは常に監視の目を光らせなければなりません。それこそが、平和を守っていく第一歩なのだと、カントは教えてくれているのです。

アニメ職人たちの凄技

【第17回】
今回、スポットを当てるのは、
夏川憲介(qmotri)

プロフィール

キャラクターデザイン・原画・演出・アニメーション
1975年 北海道生まれ。武蔵野美術大学卒業後、アニメーター、イラストレーターとして活動。NHK Eテレ「みいつけた!/いすのまちのコッシー」立体アニメーション演出他「みんなのうた」「おかあさんといっしょ」などでアニメーションを担当。

夏川憲介さんに「永遠平和のために」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

「今回のアニメ制作のこだわり」
今回は内容の難解さもさることながら、
絵にするシーンのスケールが多岐にわたり
抽象の度合いもひとつひとつが違うので
どうしたものかと悩みながらの制作になりました。

「カント先生の生い立ち」
「起床後に飲む二杯の紅茶」
「人間の集まりとしての国家」
「国家の連合」
「もしも米国と中国が戦争になってしまったら」
「戦争によって僻地に追いやられる人間」
「夫の暴力に悩む女性」
「法の公開性」
「悪魔がケーキを平等に分け合うには」等等。

カント先生自身のエピソードは、古い風刺画風に。

悪魔のシーンは思い切ってマンガ風に。

といったように、シーンによって調子をガラッと変えてみました。

「永遠平和のために」という、驚くほど今日的な主題を孕んだ、
しかしやや難しい内容の、理解の一助となっていれば嬉しいのですが…。

例え話とはいえ、DVを描かなくてはいけないのは辛かったです。

ぜひ夏川憲介さんの凄技にご注目ください!

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