おもわく。
おもわく。

諸国武者修行を行い、六十余度の剣術勝負で一度も負けたことがないという剣豪・宮本武蔵(1582-1645)。武蔵は、生涯にわたって剣術を磨き上げ、己れの生き方を見つめ、武士としての兵法の道を探求し続けました。その集大成となった著作が「五輪書」です。「五輪書」は、単に剣術や兵法の書にとどまりません。武蔵自身「何れの道においても人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道なり」と書いている通り、その極意は、社会のあらゆる道にも通じるものであるといいます。そこで、「100分de名著」では、「五輪書」に新たな光を当て、現代に通じるメッセージを読み解いていきます。
「五輪書」が書き上げられたのは、武蔵が亡くなる直前の正保2年(1645年)。大坂の陣以来、全国規模の合戦がなくなっておよそ三十年がたち、人々は泰平の世に慣れていました。しかし、島原の乱を経験し、またいつ戦が起こるかわからないと考えていた武蔵は、実戦では通用しないような道場だけの流派剣術が横行していることに大きな危機感をもっていました。たとえどんな状況になったとしても、武士としての覚悟を持ち続けなければならない。武蔵は、若い世代に、そして後世に、生涯を通じて鍛錬してきた兵法のまことの道を何とか書き残しておきたいと思って、筆を執ったのです。
宮本武蔵を長年研究し続けている魚住孝至さんは、「五輪書」が、現実の中で生き抜き、時代の課題を真正面から引き受け、自らの経験に基づいて書かれた本ならではの説得力があるといいます。その実戦性、合理性から、伝統主義に傾いてしまう江戸時代には十分理解されずに埋もれてきましたが、現実に即した徹底性は普遍性を持つのであり、今こそ、再発見され、読み直されるべき古典だというのです。そこには、「自己鍛錬の方法」「専門の道の追求の仕方」「状況を見極め活路をひらいていく極意」など、現代人が生きていく上での重要なヒントが数多くちりばめられているのです。
番組では魚住さんを指南役として招き、「五輪書」を、宮本武蔵の生き様を交えながら、分りやすく解説。武蔵の思想を現代社会につなげて解釈するとともに、現代の私たちが生きていくためのヒントを読み解いていきます。

チョウヨンホさんからのメッセージ

  • 今回、宮本武蔵に憧れる青年武士の役で出演させていただきました。
    「五輪書」を初めて読んだ時、剣術だけでなく、芸術やスポーツにも、武蔵の精神は共通しているという事にとても感銘を覚え、興味をそそられました。「五輪書」の考え方をお手本としているスポーツ選手や著名人の方々がいるという事実にも関心が持てました。楽しく読めて、意義深い出演に繋がったと思っています。
    私は高校生までサッカーをやっており、今では役者の道を志しているので、「あ!この部分の武蔵の考え方は、サッカーに通じるなあ。この部分は舞台に立っている時によく考えるぞ。」と、言ったようにすべてに共通する考え方を記している宮本武蔵の凄さに驚きました。
    徹底的に相手を分析し、万人にわかりやすい指南書を自分の人生をかけて書き上げた宮本武蔵。今でも多くの人々に支持され語り継がれる意味がわかりました。
    今後は「五輪書」を指南書にして更に活躍できるよう頑張っていきたいと思います!

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第1回 兵法の道はすべてに通じる

【放送時間】
2016年5月2日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年5月4日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年5月4日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
魚住孝至(放送大学教授)
…宮本武蔵研究の第一人者。著書に「宮本武蔵」、訳書に宮本武蔵「五輪書」がある。
【出演】
チョウヨンホ(俳優)
【語り】
山本美穂

自らの経験に基づいて自分の言葉で書くと述べた「序」と、五巻全体の構成を示すとともに、兵法が剣術だけでなく武士の法すべてに関わり世間のあらゆることに通じると説く「地の巻」。そこで展開された、大将と士卒を大工の棟梁と弟子の関係に喩えて説くリーダー論、組織論は一般社会にも適用できる。また、戦場における様々な武器の長所短所、物事の「拍子」(リズム、機)を知ることの重要性、道を学ぶ者が知るべき9ヶ条の心得など、他の分野にも通じるような兵法の基本を論じている。そこには、剣術だけでなく、坐禅や書画に通じ、農・工・商の生活にも詳しかった武蔵ならではの洞察があった。第一回は、「兵法は全てに通じる」と説く宮本武蔵独自の兵法論を学ぶことで、現実社会を生きる私達にも通じるメッセージを読み解いていく。

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第2回 自己を磨く鍛錬の道

【放送時間】
2016年5月9日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年5月11日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年5月11日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
魚住孝至(放送大学教授)
…宮本武蔵研究の第一人者。著書に「宮本武蔵」、訳書に宮本武蔵「五輪書」がある。
【出演】
チョウヨンホ(俳優)
【語り】
山本美穂

入れる器に従って変化し、一滴にもなり大海ともなる「水」。そのイメージによって「兵法の道」の核となる剣術の基礎を説く「水の巻」。隙のない自然体で、どんな状況下でも、緊張することなく、心を静かにゆるがせ一瞬も滞らせず、状況全体と細部を「観・見」二つの目で偏りなくみる。まさに「水」にならって、身体と心を日常から鍛え上げていく方法を武蔵は克明に記述している。その上で、実戦の戦い方を徹底して分析し、様々な打ち方、攻め方を具体的に指南する。そして、昨日より今日、今日より明日とよりよくなるように工夫して、それを「千日」「万日」と継続していく「鍛錬」こそが重要だと説くのである。第二回は、「水の巻」に即して、「自己鍛錬の方法」「専門の道を極める方法」を学んでいく。

名著、げすとこらむ。指南役:魚住孝至 二十一世紀によみがえる『五輪書』
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第3回 状況を見きわめ、活路を開け!

【放送時間】
2016年5月16日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年5月18日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年5月18日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
魚住孝至(放送大学教授)
…宮本武蔵研究の第一人者。著書に「宮本武蔵」、訳書に宮本武蔵「五輪書」がある。
【出演】
チョウヨンホ(俳優)
【語り】
山本美穂

最初は小さな火でもたちまちのうちに大きく燃え広がる「火」。そのイメージによって、一個人の剣術勝負の極意が、大勢の合戦の場面にもそのまま通じることを解き明かした「火の巻」。戦う場の特性を常に自分に有利にもっていく「場の勝ち」、戦いの主導権を握るための「三つの先」、さらに敵が打ち出す前に抑える「枕のおさえ」を説く。敵をよく知った上で、敵の構えを動かし、敵をゆさぶるための心理戦も駆使して、敵が崩れる一瞬を逃さずに勝つ。武蔵は、剣術勝負だけではなく、大勢が戦う合戦においても、確実に勝利に結び付けていく「勝利の方程式」を徹底的に追求しぬいたのである。第三回は、戦い方の根本を説く「火の巻」から、現代のビジネスやスポーツ等の分野にも応用できる「状況を見極め、活路をひらいていく方法」を読み解いていく。

もっと「五輪書」
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第4回 己が道に徹して、自在に生きよ!

【放送時間】
2016年5月23日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
【再放送】
2016年5月25日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年5月25日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
2016年5月30日(月)午後10:25~10:50/Eテレ(教育)
2016年6月1日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2016年6月1日(水)午後0:00~0:25/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【講師】
魚住孝至(放送大学教授)
…宮本武蔵研究の第一人者。著書に「宮本武蔵」、訳書に宮本武蔵「五輪書」がある。
【出演】
チョウヨンホ(俳優)
【語り】
山本美穂

世にある他流派の間違いを根本的に批判し、真の兵法のありようを浮かび上がらせる「風の巻」。そして、真の兵法の追求の仕方と究極の境地を明かした「空の巻」。とりわけ「空の巻」では、地水火風の四巻で兵法の具体的な心得を学んできた者に、「空(くう)」を示すことによって、より深く無限なものがあることを教える。魚住孝至さんはそれを「自分には未だ知りえない世界があることを自覚し、自らが心のひいきや目の歪みに捕らわれていないか、と思い取って修練を続けていくべきこと」を示す指針だという。第四回は、武蔵が「少もくもりなく、まよひの雲の晴れたる所」と表現する「空」のあり様を明らかにし、「より大きなところから自分自身を見つめる視点」や「偏りや歪みから解き放たれた、自在なありよう」がどんなものかを学んでいく。

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五輪書 2016年5月
2016年4月25日発売
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こぼれ話。

現代に生かす「五輪書」

今回の講師、魚住孝至先生との出会いは、「宮本武蔵―『兵法の道』を生きる」という本がきっかけでした。この本は一言でいうと、宮本武蔵を単なる剣豪としてではなく、「自由思想家」としてとらえる視点がつらぬかれています。「自由思想家」は、通常教会や聖書の権威にとらわれず、理性的見地から神を考察した17、8世紀のヨーロッパの思想家たちをさす言葉ですが、広い意味に転じて、権威や教条に拘束されず自由に考える思想家をさす言葉として使われています。武蔵はまさに、いかなる権威にも束縛されることなく、自分自身の体験と言葉で思考しぬいた「自由思想家」であるということを、魚住先生の研究で知ることができました。今回の番組は、魚住先生の研究成果のおかげで、既存の武蔵像を覆して、新たな魅力を掘り起こせたのではないかと思っています。

収録時に解説していただいたにもかかわらず、どうしても時間の関係でご紹介できなかったところがあります。詳細は、番組テキストで紹介されているのでぜひ読んでほしいのですが、私自身も惜しいと感じた以下の二つのポイントについて補足させていただきます。それは、「あらゆる領域に通じる武蔵の思想の具体例」と、「実践から得られる深い洞察」です。

まずは「あらゆる領域に通じる武蔵の思想の具体例」からご紹介します。番組テキスト1ページ目の口絵に掲載された宮本武蔵筆による「枯木鳴鵙図」。一流の絵師を思わせる、緊張感あふれる構図や線は、剣豪・武蔵が描いたからこその迫力があります。魚住先生は、「兵法の利にまかせて諸芸書能の道となせば、万事におゐて我に師匠なし」という「五輪書」の言葉をひいて、剣術で培ってきた気というのを研ぎ澄まして描けば、誰も師匠と仰がなくても、絵画といった全く別の領域でもここまで優れた絵が描けるという実例だとおっしゃっていました。 そして、武蔵はたまたま武士として生まれたから「武士の道」を中心に書いていますが、実は武蔵が追求した真理というのはすべての道に通じるものなのだ、ということ強調されていました。そのことを、「いづれも人間におゐて、我が道我が道をよくみがく事、肝要也」と武蔵は表現しています。

もうひとつは、「実践から得られる深い洞察」についてです。魚住先生は、国際武道大学に以前在籍されていたこともあり、武道にも通じていらっしゃいます。番組予告映像では、その一端をお見せしましたが、実際に、居合刀や武蔵の木刀を再現したレプリカを使って、さまざまな実演をしていただきました。その実演で教えていただいたのは「太刀の道」と「間合い」です。 太刀を振るのには、その都度の構えから最も振りやすい方向と道筋があり、ちょうどよい速さ、ちょうどよい強さがあり、途切れることなくつながっていく動きの流れがあります。そのような動きで、敵を最も無理なく自然に切ることができる太刀筋が「太刀の道」なのです。これはマニュアルなどで示せるものではなく、それぞれの人が自分の感覚を研ぎ澄ませながら、刀を実際に振ったときの感覚でつかむ以外にはありません。番組でもご紹介しましたが、「有構無構」(構えあって構え無し)と述べてマニュアル的な思考を否定した武蔵の教えの真骨頂ともいうべきところです。 もうひとつの「間合い」は、二人一組の形稽古で学んでいきます。その際、相手の打ち方に応じて、上下・左右・前後に動いて、かわして打つという三次元の空間的なものに、時間というもうひとつの軸を加えた四次元的な「間合い」が問題になります。実際の稽古の中では、打ってくる方向やタイミングはどんどん変わっていきます。そうした中では、自分がどれだけ相手との関係をとらえられているか、どれだけ動けるのかを検証しながら上達していくしかないのです。これもあくまで、理論やマニュアルではなく実践の中で学ばなければ意味がないという武蔵の鋭い洞察がかいまみられるところです。

最後に、魚住先生が巌流島の戦いで、武蔵が小次郎をどうやって打ち破ったのかについて、非常に鋭い推察を示されていたのでご紹介します。長い太刀を強みにしていた小次郎に対して、それよりも長い木刀を入念に用意して、相手の長所を打ち消すことで武蔵は小次郎に勝てたと、番組ではご紹介しました。しかし、武蔵の用意していた木刀の長さを小次郎があらかじめ把握していればこんなことは起こらなかったはずです。魚住先生の推察は、武蔵の構えに対するものです。武蔵は、以下の写真のような構えをしたのではないかというのです。

最初に対面したとき、魚住先生の実演写真のように、刀の柄の底の部分を相手に向けておけば、長さを知られることはありません。見事な推察だと思います。自分の刀の方が長いことを自負する小次郎は、自分の刀が届く間合いで武蔵を切ろうとしました。それを見切ってかわした武蔵は、その間合いのまま木刀で一撃を加えたのです。まさか相手の刀が届く間合いだと思ってもいなかった小次郎は、予測を上回る長さの木刀による一撃をかわすことができなかったのです。

番組で展開してきたことも、ここで取り上げたことと、ほぼ同じことに通じています。武蔵は徹底した実践の人であり、理論やマニュアルを否定するわけではないものの、それだけに縛られることを戒める洞察が「五輪書」のいたるところにこめられていること。そして、それが単に剣術、兵法といった特殊な領域だけにととまらず、あらゆる領域に通じる洞察であること。この二点を踏まえて、「五輪書」を読み直したとき、私たち現代人が仕事や暮らし、自分が追い求める専門領域などいろいろな分野で、明日からでもすぐに使える智恵を引き出すことができるのです。まさに、「五輪書」は、現代人にとって「マニュアル書を超える究極のマニュアル書」といってもいいかもしれませんね。

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