番組10周年記念対談:「100分de名著」クロニクル
 名著とともに歩んだ10年

3月放送の「100分de災害を考える」のシリーズで、2011年にスタートした「100分de名著」がまる10年目となりました。そこで、歴代もっとも多く番組講師を務めた批評家・若松英輔さんと歴代もっとも長くプロデューサーを務めたAこと、秋満吉彦が、裏話を交えながら番組10年の歴史を振り返り、番組の魅力を改めて掘り起こす対談を企画しました。前後編でお送りします。ぜひご一読ください。(構成:仲藤里美)
※写真は、対談開始前の約1分間ほどの時間で撮影したもので、対談本編は、ソーシャルディスタンス、換気、消毒などに十分な配慮をして行いました。

10年の歴史の中で、若松英輔さんが選んだシリーズ

  • 第一期(2011-2013年) アラン「幸福論」 フランクル「夜と霧」
  • 第二期(2014-2016年) 小泉八雲「日本の面影」 レヴィ=ストロース「野生の思考」
  • 第三期(2017-2020年) オルテガ「大衆の反逆」 「100分deメディア論」 
  • 前編
  • 後編

東日本大震災の後に──『幸福論』『夜と霧』

秋満
「100分de名著」はこの3月で、開始から10周年を迎えました。若松さんにはその記念すべき3月の講師を務めていただいたのですが、実は講師としての出演回数は最多。さらに、視聴者としても以前から熱心にご覧いただいているということで、記念対談をお願いしました。先立って、これまで取り上げた中で若松さんが特に印象に残っている回を挙げていただきましたので、それについても触れながらお話ししていきたいと考えています。
 10年といっても長いので、大まかに三つの時期に分けてみました。まず、第一期といえるのが2011年から13年、番組が立ち上がったばかりの「模索の時代」です。第1回の放映は2011年4月、つまり東日本大震災の翌月でした。想像を絶する被害の大きさに、私たちが「生きる」ということについての大きな問いを突きつけられていた時期です。
 被災した人たちにどう寄り添っていくのか。被災した人たち自身もまた、ここからどう生きる希望を見出していけるのか。多くの人がそんなふうに思い悩んでいたであろう時期に、偶然にもちょうどぴったりはまるような感じで番組がスタートしたんですね。私はまだプロデューサーではなく一視聴者の立場でしたが、すごい番組が出てきたな、と思っていました。
 この時期の中で若松さんが選んでくださったのが、アランの『幸福論』(2011年11月)と、フランクルの『夜と霧』(2012年8月)ですが、私も非常に印象に残っている回です。『幸福論』では第4回に医師の鎌田實さんが出演されて、被災者へのメッセージを語っておられましたし、『夜と霧』では岩手県陸前高田市で被災された高田病院の院長さんが、ご自身がお連れ合いを亡くされた経験などを話してくださった。被災者の方たち、あるいは直接被災はしていなくても不安な気持ちに覆われている人たちに、本当の意味で寄り添う形での番組づくりがされていると感じました。ですから、若松さんがその2回を選んでくださったことは個人的にもうれしいです。それぞれの回の印象をお聞かせいただけますか。
若松
まず、アランの『幸福論』は、実は初めて「100分de名著」を見た回なのですが、こんな番組があるのか、と思いました。まだ震災から半年あまり、社会の雰囲気も、あと節電が叫ばれていたので物理的にも街が暗かったときです。テレビでは、津波や原発事故の映像、そして人々が悲しんだり苦しんだりしている様子ばかりを見続けていた。そんな中で、「幸福とは何か」を教えてくれる番組があるというのはとても新鮮でしたし、ある意味で光り輝いて見えたんです。
 また、『幸福論』はもともと愛読書の一冊でもあったのですが、番組での解説を聞いていて、いい意味で「知っている内容とまったく違うな」と思いました。ここは読み込めていなかった、ということがはっきりと分かってきて。何度も読んだはずの本が自分の中で新しく蘇ってくるというのも、とても新鮮な経験でした。
秋満
私も番組を見ていて「こういう『読み』があるのか」と驚きました。また、指南役を務めてくださった合田正人さんはレヴィナス研究の大家として有名な方で、僕も大学時代に一生懸命著書を読んだのですが、アランについて話されているのを聞くのは初めてで。その意味でも新鮮でしたね。
 『夜と霧』はいかがでしたか。
若松
『夜と霧』は、これまで非常に悲惨な、あるいは陰惨な現実を描いた本としてだけ読まれる傾向があったと思います。それはもちろん事実なのですが、一方でそうした状況でも、人は光を見出していけるんだということも書かれている。それを忘れてはならないということを「100分de名著」が、そして、指南役の諸富祥彦さんがはっきりと描き出してくださったように感じました。東日本大震災という苦難をなかったことにはできないけれど、その中からこそ見えてくる光があるんだと示してくれた番組だったと思います。
秋満
これは、僕も就職活動という人生の転機に読んで非常に影響を受けた本です。特に、人生に何を期待するかではなく、人生がわたしたちに何を期待しているかが問題なのだ、というフランクルの言葉がすごい衝撃だったんですね。あそこで自分は人生から何を問われているんだろうと考えることがなかったら、今のようなメディアの仕事をしてはいなかっただろうと思います。
 でも、改めて番組での解説を聞いたときに、あの本のまた別の部分が見えてきた。最終回に政治学者の姜尚中さんがゲストとして出演してくださっていたのですが、あの方も若いときにずいぶん悩み苦しんで、のたうち回った経験を持つ方なんですよね。その姜さんと諸富さんが「苦悩は嫌なものだとだけ思いがちだけれど、それをただ忌避するのではなく深めていくことで、そこから光を見出せるんだ」という話をされているのを見て、本当にいい読み方を教えていただいた、まったく違う見方ができたという気がしました。

出演者の「素顔」が見える番組

若松
『夜と霧』の回の放映後、たまたま姜さんとお会いしてお話しする機会があったのです。そのとき「100分de名著で見たのと印象が変わらないな」と思いました。つまり、ニュース番組などに出ておられるときの姜さんとも全然違う、もっと温かい感じの方だと感じたんですね。
 それで改めて思ったのですが、「100分de名著」という番組が面白いのは、出演者の方がみんな「素顔」で出ていることなんですよね。だから、テレビで見たときの印象と、直接お会いしたときの印象が変わらない。姜さんだけでなく諸富さんも、合田さんも鎌田さんもそうでした。皆さん、知らず知らずのうちにつくりものではない「肉声」で語っているんだと思うんです。
 これは、この番組の非常に魅力的なところだと思いますし、それが可能になるのは、スタッフの方みなさんが、何か意味あるものを生み出そうとしている、そうした現場の力なんじゃないでしょうか。出演させていただくようになってからも、見えないところで動いている人も含め、番組を支えている人たちの力や思いをずっと感じています。
秋満
そこを見ていただいているのはありがたいですね。この番組開始からの最初の3年間というのは、私から見ていてもちょっと作り手の迷いが見える部分があって、正直なところベストとは言い切れない。それでも、全体として番組づくりに対する非常に真摯な姿勢は感じられると思うんです。そうでなければ、『幸福論』や『夜と霧』なんていう本は選ばないでしょう。
若松
おっしゃる通りですね。また、講師の選定基準がいわゆる「専門家」ではないのもこの番組の特徴だと思います。本当にその本を愛していれば、必ずしも専門家と呼ばれる人でなくても構わない、知りたいのは専門的な知識ではなくて、その人がその本をどんなふうに愛しているかなんだから──という姿勢を感じるのです。
 後でまた話に出ると思いますが、番組の中で中島岳志さんも解説されていたように、スペインの哲学者オルテガは著書『大衆の反逆』の中で、「専門のことしか知らない」ために複雑な思考ができないとして、専門家と呼ばれる人々を強く警戒しました。この番組は、そこのところを創造的に打ち壊していっていると感じます。
秋満
たしかに、あえて「専門家」ではない人を選定していることもありますね。たとえば、これは最近のケースですが、『赤毛のアン』(2018年10月)では、英文学者ではなく、脳科学者の茂木健一郎さんに解説をお願いしました。あえて男性に語っていただくことでこの本の読者層を広げたいという思いもあったし、あとはやっぱり、茂木さんのアンに対する熱烈な愛ですよね。目から愛のエネルギーが出ているというか、もうそれだけで説得されてしまうんです。
 先ほど話に出た『夜と霧』の諸富さんなども、話がうまい専門家というだけなら他にもいらっしゃったと思うんですよ。でも諸富さんの朴訥とした語り口からは、端々からフランクルのことを伝えずにはいられないという情熱が伝わってくる。そこがすごいなと思いました。
若松
語り手がとても大事に思っているものをめぐって話しているんだということが、ひしひしと伝わってきますよね。私が講師として出演させていただくときも、視聴者の方に届けたいなと思っているのは、この本に書いてあることは、大切にするに値する何ものかである、ということなんです。私が大事にしたように大事にしてくださいということではなくて、あなたがあなたのやり方で大事にするに値するものだ、ということを伝えたいと思っています。
秋満
それは重要なところですね。その軸がぶれていなかったからこそ、立ち上げ時にやや苦戦はしたものの、番組のファン層が着実に広がっていったんだと思います。

テロリズムを生み出す構造──『フランケンシュタイン』

秋満
次に第二期に行きたいと思います。私が初めてプロデューサーとして担当した『ファーブル昆虫記』(2014年7月)──これは前のプロデューサーのセレクトですが──からの3年間ですね。
 プロデューサーになった直後は私も肩に力が入っていて、先輩たちが築いたものを壊してはいけないという気持ちが強かったので、『枕草子』(2014年10月)、『ハムレット』(2014年12月)など、誰もが認める定番といえる名著を多く選んでいます。ただ、何回かやっていくうちに気づいたのは、そうした定番の本でも、読んでいくとやはり現代の姿が映し出されてくるということ。今起こっている問題をより深く、クリアに見せてくれるし、現代の私たちの生き方みたいなものについてリアルに問いかけてくるんですね。
 普遍的なことが描かれているが故に時代を超えて残ってきた本たちは、世界で今起こっている問題の構図を見事にあぶり出してくれる。名著というのはいわば、現代を読む教科書なんだ──。そのことを特に強く感じたのは、2015年2月に放映した『フランケンシュタイン』のときです。
 企画時にはもちろん予想もしていなかったことですが、放映の直前、15年の1月にイスラム過激派によるテロ事件「シャルリー・エブド襲撃事件」が起こりました。前年6月にはイラクやシリアで勢力を拡大したイスラミック・ステート(IS)が国家樹立を宣言しており、まさに世界はテロの時代に入っていったわけです。
 ISは、ウェブサイトにたびたび声明を出すなど、最先端のデジタル技術を利用しながら勢力を広げていました。当初、活動に身を投じた若者たちが抱えていたのは、おそらくは「自分たちの暮らしを守りたい」という純粋な思いだったでしょう。それが近代技術と結びつきながら、自分たちと敵対する勢力は殲滅すればいいというような歪んだ方向に行き、憎悪と報復の連鎖へと至ってしまった。近代が見過ごしてきた「歪み」がそういう形で一気に吹き出してきたのが2014年であり、その端緒ともいえるテロ事件が、中東地域ではなく西洋のパリで起こったというのは非常に象徴的だったと思います。
 『フランケンシュタイン』もまた、19世紀初め、フランス革命や産業革命という急激な変化を経て、社会全体がきしんでいるような時代に書かれた作品です。そして物語の主人公、フランケンシュタイン博士によってつくり出された「怪物」は、もともとは非常に善良な性格だった。それが、外見の醜さゆえに苛烈な迫害を受け、やがて人類への復讐を誓うようになっていく。純粋な魂が、「正義」の言葉によって追い詰められて変貌していくその様を、作者のシェリーは克明に描き出しています。これは私たちが見過ごしてきた、テロリズムを生み出す構造そのものでしょう。怪奇小説的な取り上げ方をされることが多い作品だけれど、本来は非常に哲学的な本だと思いました。
 この『フランケンシュタイン』あたりから、露わになってきた近代の歪みに対して真正面から向き合うために、どんな名著を読むべきかということを意識するようになりました。その意味で、若松さんが5冊のうち1冊に選んでくださった小泉八雲の『日本の面影』(2015年7月)、そして初めて講師を務めていただいた内村鑑三の『代表的日本人』(2016年1月)はどちらも非常に印象に残っている本です。明治という時代の急速な近代化の中で、社会がきしんで矛盾が吹き出しているのに誰も気づかず、みんなで近代化を礼賛し続けている。それに対して「ちょっと待て」と警鐘を鳴らし、「私たちは大切なものを見失っているのではないか」ということを語ってくれている2冊だと思います。
若松
小泉八雲については、この番組を見なかったら、高校の授業で学んだ知識くらいで終わっていたかもしれません。本名がラフカディオ・ハーンで、日本に来て『怪談』を書いた人で……みたいな感じですよね。それが、番組を見てから徐々に、自分の中でその存在が大きくなっていって。彼が教えてくれているのは、見失っていた日本的な霊性そのものだと感じるようになりました。

文字の記録に残らない大事なもの──『日本の面影』

若松
指南役の池田雅之さんも指摘されているように、八雲が目が悪かったというのは彼の文学を理解する上でとても重要なことです。。それもあって、耳の感覚が鋭敏になって、耳で受け止めた町の音や人々の声を非常に的確に言語化しています。近代という時代は、文字で残されたことだけを重視しがちだけれど、記録に残らず消えてしまうようなものの中にこそ大事なものがあるのではないか、そういうものを私たちは残していかなくてはならないのではないかというのが、八雲の考えたことだったと思うのです。
 池田さんが書いたテキストの中に、こういうくだりがあります。八雲が妻の節子に日本の怪談や伝説を語ってもらい、創作のインスピレーションにしていたことはよく知られていますが、そのときにいつもこう頼んでいた、というんですね。「本を見る、いけません。あなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」。
 八雲という人は、つくられたものではなく本当に生きているものをこそ、言葉という器へ移し替えたいと思っていたのでしょう。近代の私たちは、知り得ること、確かめられることにあまりにも重きを置きすぎていて、それを包み込んでいる不確かなものを見ようとしなくなった。八雲は逆に、そちらをずっと見ていた人なのだと思います。
 遠くギリシャで生まれ、幼いころに母親と別れるなど苦労の多い人生を送った八雲が、日本に暮らす私たちでさえ忘れてしまっていたものを、生涯をかけて残してくれた。そして、あれほどまでに美しい言葉を紡いでくれたというのは、非常に尊いことだと思います。
秋満
八雲の回で私がすごいと思ったのは、『日本の面影』の中にあるこのくだりです。「そもそも、人間の感情とはいったい何であろうか。それは私にもわからないが、それが、私の人生よりもずっと古い何かであることは感じる」。もう一つ、「感情とは、どこかの場所や時を特定するものではなく、この宇宙の太陽の下で、生きとし生けるものの万物の喜びや悲しみに共振するものではないだろうか」。
 これ、ユングのいう「集合的無意識」そのものですよね。自分の経験にないはずのものが自分の中から出てくる、それは何なのかということをユングよりも早く、19世紀の時代に八雲は言っているわけです。
 あるいは、鈴木大拙のいう「日本的霊性」にも通じますね。ただの感情ではなく、一番奥深いところにある霊性的なものが重要であるということ。そうした感覚を、八雲が理屈ではなく経験で認識していたというのは本当にすごいことだなと思います。『日本の面影』も、若いときは単なるエッセイくらいにしか思っていなかったのですが、改めて読み返して思想的な深さのある本だと思いました。
若松
あともう一つ、八雲の書いたものについて考えるときにとても大事だと思うのは、女性に対する畏敬の念が強く表れているということです。八雲がフェミニズム的な思想を持っていたというよりも、女性という存在が担っている聖なる役割のようなものを、彼が見過ごさなかったということだと思います。
秋満
『日本の面影』と並ぶ八雲の代表作『怪談』にも、女性への畏敬の念が表れた物語がいくつも出てきますね。『青柳のはなし』とか『雪女』とか……。
若松
怖いと思ったのは『小豆とぎ橋』ですね。あるところに、夜な夜な女の幽霊が現れ、橋の下で小豆を洗っているという言い伝えのある橋があった。そこでは「杜若」という謡曲を謡いながら歩くとよくないことが起きるので、決して謡ってはならないとされていたのに、ある侍が「そんなばかなことがあるか」と、大声で謡いながら橋を通ってみせる。「ほら、何も起こらないではないか」と笑い飛ばして自宅まで帰り着くと、そこに箱を抱えた一人の女が立っていた。彼女は侍に箱を差し出し「主からの贈り物です」と告げて消えてしまう。侍が箱を開けると、そこには家にいるはずの、幼いわが子の生首が入っていた──。女性の働きというものの意味を全然理解していない男は、そうして恐ろしい目に遭うという話なんだと思います。
秋満
なるほど。本質を突いていますね。

見過ごしてきたものに光を当てる──『代表的日本人』

秋満
もう一人、近代がもたらした歪みについて考えるときに、ぜひ取り上げたいと思ったのが内村鑑三です。ただ、誰に指南役をお願いするかについては非常に悩みました。若い世代に伝えるという意味でも、ある程度若手の研究者にお願いしたいと思っていたけれど、適任者がなかなか見つからなかった。そんなときに手に取ったのが、若松さんの著書『内村鑑三をよむ』(岩波ブックレット)だったんです。
 まだ若松さんが評論家としてデビューされて数年くらいのときで、失礼ながら私はお名前も存じ上げませんでした。でも、読んで「これはすごい本だ」と思いました。それまで、セピア色の写真の中に収まっている「昔の人」だった内村が、自分に向かって語りかけてくれているような気がしたんです。
 それで、ホームページを通じて連絡を差し上げて、お会いすることになったんですが、びっくりしたのがお伺いした応接室に、内村鑑三直筆の「書」が掲げられていたこと。あれを見たときにもう、「この人しかいない」と思いました(笑)。もちろんそれだけではなく、若松さんの深い読み解きをそのときにうかがえたからなのですが。当時、若松さんは知る人ぞ知るという人だったので、周囲からは冒険と思われていたところもあったかもしれませんが、私の中には「絶対にいける」という確信があったんです。
若松
ありがとうございます。あの『内村鑑三をよむ』は、東日本大震災を経験した若い世代へ向けて、というコンセプトで書いた本なのです。それが今、ちょうどあの震災から10年というタイミングでこういうふうにお話をさせていただけて、とても光栄です。
秋満
若松さんに解説いただいたことで、内村の作品だけではなく、神谷美恵子など内村から脈々と現代にまでつながる思想の水脈を見せていただいたような気がします。内村自身は、生前は日本を変えるような大きな影響力は持ち得なかったかもしれないけれど、大樹が成長していくように思想の水脈が育っていく、その種をまいた人だということに気づかされて。改めてその偉大さを実感した回でした。若松さん自身は、出演されての印象はいかがでしたか。
若松
内村鑑三は私にとって、危機になるといつも思い返して著書を手に取る、そういう存在です。読みながら内村と対話を深めることで、新しい道を見つけていくことができる気がするんです。コロナ危機のなか、今、勤務している大学の授業で、フランクルと内村を取り上げたのですが、とても学生たちに「響いた」手応えがありました。
 フランクルも内村も、私たちが日ごろ見過ごしてきたものに、改めて光を当てる人です。そして危機というのは、私たちが何を見過ごしてきたかということを照らし出す。その人生の岐路ともいえる場面において、見過ごしてきたものを見なかったことにするのか、それとも見ようとするのか。フランクルや内村は、そこを問いかけてくる人なのではないでしょうか。
秋満
ちなみに『代表的日本人』には、西郷隆盛や上杉鷹山など5人の人物の生涯が綴られているのですが、どの人の部分が響くかというのも、おそらく人によって違うと思います。私の場合はそれが二宮尊徳なんです。中に出てくる「根っこ掘り」のおじいさんの話が、すごく印象的だったんですね。
 尊徳が、ある荒廃した村を立て直す作業を指導していたときのこと。労働者の中に、年老いて皆のようには動けず、地味だけれどきつい「根っこ掘り」の仕事をしている男がいた。給料支払いの日、尊徳はその「根っこ掘り」の男の誠実な働きぶりを褒め称え、高い報酬を与えた──という話です。男は、まさに私たちが見過ごしているものの象徴ですよね。
 番組づくりもそうなんじゃないかな、と思うんです。先ほど若松さんも「見えないところでスタッフが番組を支えている」と言ってくださいましたが、そういう「根っこ掘り」のような存在にもちゃんと目を配れる仕事をしないといけない。そのことが、今でも折に触れて思い出されるんです。自分の軸になっている本の一つだという気がしています。
若松
最近、コロナ危機の中で二宮尊徳の本を読み返しているんですが、とても興味深いです。特に胸を打つのは、尊徳のもとに集まってきた人たちが「尊徳先生、どの本を読んだらいいんでしょうか」と聞くと、「大事なことが本に書いてあると思う、その根性がダメなんだ」と答えるところです。天地の間にある「目に見えない文字」を読め、それでやっと本に書いてあることの意味がわかってくるんだ、ということをずっと言い続けているんですね。ビジネス書だけを読んでいる方に聞いてほしい言葉でもありますね。さまざまな説に学ぶのではなく、世界に学ぶこともできるわけです。
秋満
その尊徳を、「代表的日本人」5人のうちの1人として選んでいる内村はやっぱりすごいな、と思いますね。
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