100分de名著スペシャル
100分deメディア論
2018年4月22日(日) 午前0時30分~2時10分 Eテレ

こぼれ話。

まずこの場をお借りして、みなさまに御礼を申し上げなくてはなりません。「100分deメディア論」再放送日が決定しました! Eテレで4月22日(日)午前0:30~2:10(※21日(土)深夜)です。これもお電話やメール、投稿で応援いただいたみなさまのおかげです。中でもふれあいセンターに直接激励のお電話をいただくことは異例で、私たち制作陣も感激しました。本当にありがとうございました。100分サイズの番組再放送は、長さゆえになかなか枠を探すのが物理的に難しいので、本来もっと時間がかかるものですが、ここまで早く実現したのは、視聴者のみなさまからお寄せいただいた反響の力が何よりも大きかったと思います。本当に深く深く感謝します。ぜひ周囲にいらっしゃる番組を見逃したという方にもお知らせいただけるとうれしいです。

実は、「100分deメディア論」の企画自体は二年前から温めてきました。理由は、自らが属するメディア業界の信頼が足元から揺らいでいると感じられたから。そして、今こそ私たちは自分たちの仕事自体を謙虚に問わなければならないと思ったからです。

発端は、飲み屋さんでの何気ない会話から。私の友人には、右派から左派までさまざまな政治的信条をもっている人たちがいます。「最近のNHKの報道、ちょっとおかしいんじゃない?」という意見が、奇しくも左右正反対の信条をもつ友人たちから寄せられました。「報道が政権寄りじゃないか」「いやいや政権批判に偏っているんじゃないか」。意見は正反対。二人に共通しているのは「大手のメディアはみんな偏向している。だから最近自分たちはそうしたメディアは信じない。ネットの情報のほうがはるかに信じられる」といった意見。

その後、調べていくと、こういう「空気」は、単にこの友人たちだけではなく、社会全体に蔓延しつつあることに気づきました。「いったい何が起こっているのだろう?」「どうしてここまで既存メディアへの信頼が揺らいでいるのだろう?」 そういった疑問を突き詰めていくうちに、今回の企画の原型が生まれてきたのです。

私たちは、番組を作っていく上で、あるたった一つの事実を伝える際にも、当事者のもとへ出向いて現場の声を聞き、丹念な情報の裏とりを重ねていきます。もうこれ以上ないというくらいに。ですから、皮膚感覚的に印象や意見を述べることの多いSNSのようなメディアとは基本的な部分で異なっているという意識をもっていました。しかし、もしかしたらそこに「驕り」があったのではないか。「100分deメディア論」という企画を練るための名著を読んでいく作業の中で、私たちは、誰もが決して逃れることができない「視点」「バイアス」というものに対して無自覚だったのではないかということに気づかされていきました。

ネット情報よりも、テレビや新聞などの情報が優れているといいたいわけでは決してありません。ネットの中の情報や論評にも優れたものも多いし、目を覚まされることも多々あります。問題は、大手メディアの情報もネット情報も玉石混交だということです。私たちはそれらを見抜く眼をもたなければならない。そのためには、人が何かを伝えようとするときに必ずある「視点」「バイアス」をもつことを避けては通れないという事実に謙虚にならなければなりません。それに対しては、私たち番組の作り手は、なおさら自覚的でなくてはなりません。

ですから、企画の発端から、今回は謙虚に自分たちの足元を見つめたいという思いがありました。編集プロセスでも、論者の皆さんの厳しい批判も含めてきちんと受け止めたいと考え、自己批判、自己点検にあたる部分も大切に残していこうという思いで制作しました。

今回取り上げたリップマン「世論」、サイード「イスラム報道」、山本七平「『空気』の研究」、オーウェル「一九八四年」といった名著は、そうした「視点」「バイアス」の仕組みを徹底的に暴き出してくれます。またこれらは近づきがたい難解な部分をもっている本でもありますが、堤未果さん、中島岳志さん、大澤真幸さん、高橋源一郎さんといった気鋭の論者たちに、その分析が具体的にどう有効か、現実を読む際にどう役立てられるのか、といった視点も踏まえて縦横に論じていただいたおかげで、私たちの暮らしそのものにぐっと近づけてもらうことができました。

私は今回の「100分deメディア論」は、よってたつ政治信条が右であろうが、左であろうが、どんな人にも見ていただきたいのです。立場の違いで、罵倒しあうのでもなく、重箱の隅をつつくのでもなく、自らがどんな「視点」「バイアス」をもっているのか、またそこから逃れられないまでも、どのような努力をすればそういった「視点」や「バイアス」から少しでも自由になることができるのか? この番組が、そういったことを一緒に議論し考える場所になれたらと願っています。

マスメディアが設立されていく経緯の中で、大きな理念の一つとなったのが、人々の「知る権利」を守っていくということ。その理念からいえば、もし仮に100パーセント理想的な政治体制が成立したとしても、それに対して厳しくチェックして、批判していくのがマスメディアの使命です。どんな理想的な政治体制であっても、大きな力、権力をもってしまう以上、チェックするものがいなければ、都合の悪い情報は隠すことができてしまうからです。具体的な誰かが憎いといった低いレベルで批判するのではなく、人々の「知る権利」を守るための批判であり、チェックでなければならない。そのことについて、メディアの発信者も受け手も自覚的でなければなりません。

私も、ことあるごとに、ここで議論された言葉や理念を引き合いに出して、制作プロセスを見直したり、文言をチェックしたりし始めています。ですから、すでに番組をご覧いただいた方も、これから再放送をご覧いただく方も、ぜひこの「100分deメディア論」を、一つの「道具箱」として使っていただけたらと願っています。そうしたことを重ねていくことで「メディアという存在」を互いに厳しく鍛え上げていくことができれば、これ以上に有益な武器はないと、あらためて強く思っています。