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名著、げすとこらむ。

◯「星の王子さま」ゲスト講師 水本弘文
見えない幸せの世界

『星の王子さま』はフランスの作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(一九〇〇~四四)が第二次世界大戦中の一九四三年に、亡命先のアメリカで発表した子ども向けの物語です。作者自身が描いた四十枚ほどの挿絵も入っていて、目にも楽しい作品になっています。
もともとはフランス語なのですが、英語はもとより西欧、アフリカの諸言語また日本や韓国などアジア各国の言語にも翻訳されていて、現在は世界中に読者がいると言っても過言ではありません。
原題は「Le Petit Prince」で「小さな王子」という意味ですが、内藤濯氏が一九五三年(昭和二十八)に岩波書店から翻訳を出されたときに、物語の内容を加味して『星の王子さま』という夢のあるタイトルにされました。ただ、現在は翻訳が自由になり、違ったタイトルでも見かけるようになっています。『星の王子さま』そのままというのももちろんありますが、『ちいさな王子』(野崎歓訳、光文社古典新訳文庫)や『小さな王子さま』(山崎庸一郎訳、みすず書房)というのもあります。色々な出版社がそれぞれ翻訳を出すのでこうなったのでしょうが、つまりは、それだけこの物語は人気があるということでもあります。
ともあれ、このテキストでは私たちが長く馴染んできた『星の王子さま』というタイトルで話を進めていきたいと思います。
それにしても、この物語はなぜこれほど愛されているのでしょうか。
語り手であるパイロットが飛行機の故障でサハラ砂漠に不時着し、そこで不思議な少年に出会います。家ほどの大きさしかない小さな星からやってきたこの少年つまり王子さまは、自分が世話をしているバラの花と心を通わせることができず、傷ついた心で星巡りの旅に出ていたのです。でも、訪れた六つの星では「変な」おとなに会うだけで、仲よくなれそうな人は見つからず、地球に来ても最初に出会うのが毒ヘビだったりで、王子のさびしさは深まるばかりです。その後ようやくキツネやパイロットと友だちになれますが、しかし、残してきたバラのことが心配になって最後には毒ヘビに自分を噛ませ、魂になって星へ帰って行く。そういうお話です。
ハラハラどきどきの冒険物語でも胸がときめく恋物語というわけでもなく、王子の傷心とその後の心の成長を語り、また、パイロットの孤独と王子との交流による救済を語る、その意味ではとてもきまじめな物語です。しかし、おそらく、そのきまじめさが多くの読者の心をとらえているのでしょう。誰もが一人の部屋で自分の生き方を考えるときはまじめなのです。
つまり、『星の王子さま』は考えさせられる物語です。何も考えずに、さーっと読み流すこともできるのですが、それだとあまり印象に残らず、「えっ、『星の王子さま』ってこんな話なの?」で終わってしまうこともありそうです。物足りなさが残ります。ところが、考え考えしながらゆっくり読んでいくと、おかしなところ、意味が分からないところが次々見えてきて、まるで迷路に入ったような面白さが出てきます。疑問に自分なりの答えが見つかれば楽しいし、疑問のままで残ったとしても、その文章やそのエピソードが「?」マーク付きで心のどこかに仕舞われて、何かの折りに「ああ、あれはこうだったのかも」と思い出されたりもします。
そうやってあれこれ考えることが物語のなかに入ることになり、王子やパイロットといった登場人物の心の揺れ動きを間近で感じ、一緒に泣いたり笑ったり心配したり、そういう読み方ができるのです。サン=テグジュペリはそういう、足を止めたくなるような気になるところ、分かりにくいところ、印象的なところをたくさん、それも詳しい説明なしで、物語のなかにちりばめています。
そうした謎の向こうに見えてくるのは何かと言うと、見えない幸せの世界です。目に見えない大事なことに気づき、それを大切にする生き方をすること、それがこの物語に込めたサン=テグジュペリのメッセージで、そうすれば私たちの心に目には見えない幸せの世界が広がるというのです。 どういうことでしょう。本当にそんないいことがあるのでしょうか。
『星の王子さま』は冒頭の「献辞」+27章までの本文+「あとがき」+挿絵からできています。これから四回にわたって、気になるいくつかの箇所を取り上げながら、ゆっくり物語のなかへ入っていきたいと思います。どうぞお付き合いください。

水本弘文(みずもと・ひろふみ)
北九州市立大学名誉教授

プロフィール 1945年福岡県生まれ。九州大学文学部、同大学院修士課程修了。九州大学文学部仏語・仏文学科助手を経て、1975年から北九州市立大学文学部に勤務。専門はフランス文学。2011年に退職、現在は同大学名誉教授。著書に『「星の王子さま」の見えない世界』(大学教育出版)がある。

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