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名著、げすとこらむ。

◯「夜と霧」ゲスト講師 諸富祥彦
「生きる意味」を求めて

今、大きな悩みや苦しみを抱えている人がたくさんおられます。心理カウンセラーである私は日々そのような方に接していますが、その苦しみはますます切実さを増してきているように思われます。
うつ病の患者さんは今や百万人超といわれています。とりわけ深刻なのは、自殺者の増加です。国の調べによると、すでに十年以上前から三万人を超えています。
一般に、自殺者の背後には未遂の方が十倍から二十倍いるといわれますので、じつに三十万人から六十万人の方々が、毎年死の淵に立っていることになります。
そこまでいかなくても、何かの拍子にふと「死にたい」という気持ちに襲われたことがある方は、その十倍、すなわち三百万人くらいいるのではないでしょうか。
この背景には、現代社会におけるさまざまな問題が横たわっていますが、自分の人生に「生きる意味」を感じながら生きていくことが難しい時代になってきていることは、間違いありません。
そんな状況ですから、今回、「生きる意味」を求めて悩み苦しむ人を援助し続けてきた精神科医ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を「100 分 de 名著」で取り上げることになったのは、たいへん意味のあることだと思っています。
『夜と霧』は、第二次世界大戦の際、ナチスの強制収容所に収容されたフランクルが、みずから味わった過酷な経験をつづった本です。
みなさんもご存じのように、ナチスのユダヤ人迫害は非道をきわめました。ゆえに、この本も、目を覆いたくなるような陰惨なドキュメンタリーになってもおかしくありませんでした。しかし、そうはならず、むしろ、世界中の人々の感動を呼び、時代を超えて読み継がれる超ロングセラーになったのです。
なぜでしょうか? それは、この本が、そこで行われ続けた陰惨な事実にもかかわらず、それでもなお見出すことのできた人間精神の崇高さに着目して描かれたものであるからだと思います。
『夜と霧』の著者である精神科医というと、いつもうつむき加減にもの思いにふけっている深遠な思想家を思い浮かべる方が少なくないかもしれません。フランクルは、そうした深遠さを持ちながらも、情熱的で、行動的で、バイタリティにあふれた人でした。
過酷な経験をくぐりぬけたフランクルは、戦後、堰を切ったように精力的に著作の執筆や講演活動などを展開します。その活動は、まさに生命力にあふれたものでした。
フランクルの本は読むだけで勇気づけられるところがあります。多くの精神科医の書いた本は専門家向けのものですが、フランクルの本は、読者がみずから生きる意味を見出していくのを支える力を持っています。
以前、私はNHKの「ラジオ深夜便」という番組でフランクルの思想を紹介したことがあります。
その数日後、NHKに一枚の葉書が届きました。
「私は今、五十代半ばのホームレスです。仕事を失い、家族も失って、もう人生を投げ出してしまおうと思っていました。死のうと思っていたのです……。そんな時、たまたまつけたラジオで、先生の、フランクルのお話をうかがいました……。もう少し、生きてみようと思います。ありがとうございます……」
そんな内容でした。
フランクルの思想はそれにふれた人の魂を揺さぶる力を持っています。
かくいう私自身、十代半ばから二十代前半にかけて人生の悩みに煩わされ、悶々としていた時に、フランクルの本に救われたことがあります。
フランクルの思想は、人生に対する見方(立脚点)を一八〇度転回することを私たちに求めてきます。
たとえば、「人間が人生を問うに先立って、人生から人間は問われている」「幸福を求めると、幸福は逃げていく」「悩むことは人間特有の能力である」といったように、です。
フランクルを読むうちに、私たちは、「私の幸せはどうすれば手に入るのか」「私の自己実現はどうすれば可能なのか」という「私中心の人生観」を、「私は何のために生まれてきたのか」「私の人生にはどのような意味と使命(ミッション)が与えられているのか」という「生きる意味と使命中心の人生観」へと生きる構えを一八〇度転回することが求められるのです。
フランクルの思想のエッセンスは次のようなストレートなメッセージにあります。
どんな時も、人生には意味がある。
あなたを待っている〝誰か〟がいて、あなたを待っている〝何か〟がある。
そしてその〝何か〟や〝誰か〟のためにあなたにもできることがある。
このストレートな強いメッセージが多くの人の魂をふるわせ、鼓舞し続けてきたのです。
フランクルが『夜と霧』を書いた頃のヨーロッパと今の日本とでは、考え方が異なるところも少なくないでしょう。時代もずいぶん変わりました。私たちは今、強制収容所のような特殊な環境にいるわけでもありません。
しかし『夜と霧』は、そうした時代の違いを超えて私たちの心に響く真理に満ちています。否、私たちが生きているこの時代は、収容所とはもちろん違った形ではあるけれども、生きる意味と希望を見出すのが困難になっているという意味では、現代を生きる私たちも「見えない収容所」の中にとらえられて生きている、と言っていいような面がないわけでもありません。
フランクルの言葉の中に、一つでも、生きる意味と希望を求めていく手がかりを見つけてくだされば幸いです。

諸富祥彦(もろとみ・よしひこ)
明治大学文学部教授

プロフィール 1963年福岡県生まれ。筑波大学人間学類、同大学院博士課程修了。千葉大学教育学部助教授を経て、現在、明治大学文学部教授。教育学博士。臨床心理士。時代の精神と闘うカウンセラー。日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会理事など幅広く活躍。フランクル関連の著書に『「夜と霧」ビクトール・フランクルの言葉』『フランクル心理学入門』(ともにコスモス・ライブラリー)、『どんな時も、人生には意味がある。フランクル心理学のメッセージ』(PHP文庫)、『生きる意味 ビクトール・フランクル22の言葉』(KKベストセラーズ)、『〈むなしさ〉の心理学』『人生に意味はあるか』(ともに講談社現代新書)、監訳書にV.E.フランクル『〈生きる意味〉を求めて』(春秋社)などがある。
→「諸富祥彦のホームページ」はこちら(NHKサイトをはなれます)

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