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名著、げすとこらむ。

沼野恭子
(ぬまの・きょうこ)
ロシア文学研究者

プロフィール

東京外国語大学大学院教授。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業後、東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化単位取得満期退学。専攻はロシアの近現代文学。主な研究テーマは現代ロシア女性文学、日露の文化関係、ロシアの食文化など。主著に『ロシア万華鏡── 社会・文学・芸術』『アヴャンギャルドな女たち──ロシアの女性文化』(以上、五柳書院)、『夢のありか──「未来の後」のロシア文学』(作品社)など。主な翻訳書にリュドミラ・ウリツカヤ『ソーネチカ』、『女が噓をつくとき』(以上、新潮社)、リュドミラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』(河出書房新社)、トゥルゲーネフ『初恋』(光文社古典新訳文庫)など。近著に『アレクシエーヴィチとの対話──「小さき人々」の声を求めて』(共著、岩波書店)、『ロシア文学の食卓』(ちくま文庫)。

◯『戦争は女の顔をしていない』 ゲスト講師 沼野恭子
「声」のコラージュで戦争を伝える

『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦中、ソ連軍に従軍した女性たちの姿を、五百人を超える証言者の声によって描き出した作品です。ロシア語の原著が出版されたのは一九八五年。ソ連共産党書記長であるゴルバチョフがペレストロイカを始めた年に当たります。それまでほとんど公に語られることのなかった従軍女性に初めて光を当てた作品であり、さまざまな国で翻訳版が出版され、映像化もされています。最近では日本でコミック化され、話題になりました。

作者は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。父はベラルーシ人、母はウクライナ人、そして、作品をロシア語で執筆する彼女は、自らを「三つの家に住んでいる」という比喩を使って表現します。ベラルーシ、ウクライナ、ロシアはいずれもスラブ民族を中心とする国ですから、複数のスラブ文化を横断するような人だと言えるでしょう。

彼女は、第二次世界大戦の終結から三年後の一九四八年、ソ連ウクライナ共和国で生まれました。生後間もなく、父の故郷であるベラルーシのミンスクに移住し、一九七二年、ベラルーシ国立大学ジャーナリズム学部を卒業。翌年から三年間、「農村新聞」紙で記者として働き、その後は「ニョーマン」誌に移ってルポルタージュ・評論部長を務めました。『戦争は女の顔をしていない』の取材を始めたのは、この「ニョーマン」誌時代の一九七八年ですから、ジャーナリストとして働きながらコツコツ証言を取り始めていたということになります。『戦争は女の顔をしていない』は、反体制的だという理由から、ベラルーシでは出版できず、アレクシエーヴィチ自身も二〇〇〇年以降、難を逃れてヨーロッパを転々としました。一一年に帰国したものの、二〇年八月の大統領選に端を発した民主化運動で、反体制派の政権委譲調整評議会の幹部に名を連ねたことから、現在は再び国外で活動せざるを得ない状況が続いています。二〇〇〇年に初めて来日し、二〇〇三年、二〇一六年と計三回、日本を訪れて講演などを行っています。

アレクシエーヴィチのノーベル文学賞受賞は、世界中の人々に驚きと喜びをもって迎えられました。それは、史上初めて、ノンフィクション作家が受賞したからです。

文学と聞いて一般的にイメージされるのは、創作、フィクションです。ところが、アレクシエーヴィチはジャーナリスト出身であり、発表したすべての作品が、人々の体験に基づく膨大な証言で構成されています。

過去のノーベル文学賞の受賞者たちとは異なる形式で書くアレクシエーヴィチが文学賞に選ばれた理由は、「ポリフォニック(多声音楽的)な作品は、現代の苦しみと勇気にささげられた記念碑である」「入念に人間の声のコラージュを作るという独創的な創作方法を用いて、時代全体に対する私たちの理解を深めてくれる」というものでした。証言記録が「文学」であると認められたという点で、大変大きな出来事だったと思います。

アレクシエーヴィチの作品を読むことには、さまざまな意義があります。まず挙げられるのが、風化していく戦争の記憶を現代に伝えとどめるという点です。

旧ソ連地域に住む人は、第二次世界大戦のことを「大祖国戦争」と呼びます。それは自らの国が他国の軍に侵入され蹂躙された、彼らにとって史上最悪の戦争であり、大きな悲劇の記憶であることを示します。とりわけ、アレクシエーヴィチが育ったベラルーシでは国民の約四分の一もの命が奪われた、本当に悲惨な戦争でした。戦前のベラルーシの人口は約九百二十万人。このうち、ドイツの占領が原因で、二百二十万人が亡くなったと言われています。アレクシエーヴィチは、多くの人々の証言を集め、この戦争の「集合的記憶」を後世に残しました。

また『戦争は女の顔をしていない』の証言者は、為政者や高官といった「有名人」ではなく、何百人もの市井の人々です。その点でも、ドキュメンタリーとして、極めて貴重な作品だと言えます。

戦場の最前線で戦った人々の言葉を集めていながら、アレクシエーヴィチは、「いつどこでどう兵が動いたか」「どういう戦略によって勝利したのか」などといった戦場の「事実」には、全く関心を示そうとしません。それよりも、普通の人々が戦争に巻き込まれて、どんな経験をしたのか、どんなことを感じたのかを大事にしています。このことは、『戦争は女の顔をしていない』に限らず、彼女の全作品に共通しています。

戦争の「事実」を歴史として確定させようとするのではなく、その時代の出来事を人々がどう感じたのか、その「気持ち」に重きを置く。いわば「感情の歴史」がつづられているという点が重要なのです。

また、アレクシエーヴィチには、チェルノブイリ原発事故をめぐる証言を集めた『チェルノブイリの祈り』という作品があります。東京電力福島第一原発の事故を経験した私たち日本人にとって、他人事ではない題材であり、作品であることは、言うまでもありません。さらに彼女は、アフガニスタン戦争、ソ連崩壊をテーマとする作品を執筆し、旧ソ連地域やロシアに限定されない差別の問題、自由の問題、民主主義の問題を取り上げていきます。これらはすべて、最近のロシアやベラルーシの情勢にもつながる、アクチュアルな問題です。アレクシエーヴィチの作品は、どの国に住んでいようとも、現代を生きるすべての人にとって、自分の問題として意識される作品であると思います。

もう一つ、私が専門とする文学の研究の視点から見ると、アレクシエーヴィチの作品は、文学と歴史学の関係性を問い直す作品でもあります。文学とはいったい何なのか。これは、アレクシエーヴィチの作品群がノーベル文学賞を受賞したという事実が提起している問いでもあります。アレクシエーヴィチの作品は、文学と歴史学の狭間、境界領域に位置するものとして、これからも考察されていくでしょう。

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