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アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技

【第69回】
今回、スポットを当てるのは、
高橋昴也

プロフィール

高橋昂也 1985年 愛知県生まれ。
東京藝術大学大学院デザイン科修了。
アニメーション作家・イラストレーター。フリーランス。
テレビ、博物館、ゲームなどの分野で活動する傍ら、自主作品の制作も行なう。

高橋昂也さんに「谷崎潤一郎スペシャル」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

谷崎潤一郎の作品群には、まずその文体の多様さに驚かされました。
各作品の持つ空気感が、それぞれ全く違います。
なのでアニメーションも、作品ごとに違った映像設計が必要でした。
手間がかかるような気がしますが、この点こそが今回一番楽しんで挑戦できたポイントです。

「痴人の愛」は、西洋化の熱気に満ちた大正時代の、まさしくハイカラというイメージにぴったりの小説です。
原文では人物の外見や服飾に関する描写が異常に多くて、表面上の派手さが強調されていると感じました。
なので、アニメーションは、あえてどぎつい色彩で構成し、マンガ的なタッチも入れて、現代のネオン街を生き抜くアイドルのようなナオミ像を探りました。

「吉野葛」は、一転して静謐な、雄大で巨視的な物語です。 吉野という土地こそが物語の主役だと解釈して、望遠の画面での風景描写をメインに、旅に出たくなるような映像を目指しました。 実は、作中に出てくる国栖村の和紙を取り寄せて、絵の下地に敷いています。 吉野という宇宙を俯瞰する絵巻のような趣を出そうとしました。

「春琴抄」は、再びぐっと視界が狭まり、研ぎ澄まされた肌感覚が重要になってきます。 人物との距離を詰めた狭い画作り、クローズアップを多用して、半径1メートルの世界、視覚以外の世界を感じさせることを狙いました。 鮮明な「現在」の時制と、おぼろげな「在りし日」のコントラスト、そして両者が滑らかにつながっていくラストの扱いも着目していただけたら嬉しいです。

「陰翳礼讃」は、おそらく映像化すること自体向かない作品だと思いました。 アニメでしか描けない闇の表現を探ることもできたかもしれませんが、結局やめました。 映像化して納得するよりも、実際に「闇を体験」することが面白いのだと思います。 自分が忘れている世界の見方に気づかせてもらえた、大切な文章でした。

また、番組では「鍵」と「瘋癲老人日記」も紹介しています。
これは絶妙な抜け感があって棟方志功の装丁が素晴らしく合うのだなと感じました。
アニメーションも、尊敬を込めて武骨な木版画風に挑戦しました。

谷崎の作品は視覚を超越していくものばかりでした。
だからこそ、入り口としてどんな映像表現ができるのかを深く考える貴重な経験になりました。

余談ですが、実は僕が今回、谷崎作品を読んだ第一印象は、「男性中心主義がヒドイ」というものでした。
鑑賞・獲得の対象としての女性像ばかり登場すると感じたからです。
でも番組では逆の読み解きが指摘されていて、視界が晴れる部分がありました。
現在にも通じる男性のエゴを真正面から直視すること抜きに、男性中心の社会を崩すことはできないのだと思います。

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