万の道の人、たとひ不堪なりといへども、
堪能の非家の人にならぶ時、必ずまさることは、
たゆみなくつつしみて軽々しくせぬと、
ひとへに自由なるとのひとしからぬなり。
どの道であっても専門家というものは、たとえ未熟であったとしても、
熟練の素人に比べた時に、必ず勝っている。
それはいつも油断なく慎重で軽率なことはしないのと、
ただただ勝手気ままにするのとは、違うからである。
(第187段)
筆をとれば物書かれ、楽器をとれば音をたてむと思ふ。
盃をとれば酒を思ひ、賽をとればだうたむことを思ふ。
心は必ず事にふれて来る。仮にも不善の戯れをなすべからず。
筆を手にとると自然とものを書き、楽器を持てば音を立てようと思う。
サイコロを握ると賭けに勝つことを思う。
心は必ず物事に触発されてその気が起こってくる。
仮にもよからぬ遊びをしてはならない。
(第157段)
蟻のごとくにあつまりて、東西にいそぎ、南北にわしる。
高きあり、賤しきあり、老いたるあり、若きあり。
行く所あり、帰る家あり。夕にいねて、朝に起く。
いとなむところ何事ぞや。生を貪り利を求めてやむ時なし。
蟻のように集まって、東へ西へと急ぎ、南へ北へと走る。
身分の高い人もあり、低い人もいる。老いた人もあり、若い人もいる。
行くところがあり、帰る家がある。夕べには寝て、朝には起きる。
忙(せわ)しそうにしているのは何事なのか。
生命の続くことを貪り求め、利益を求めて、とどまる時がない。
(第74段)
一時を必ずなさむと思はば、他の事の破るるをもいたむべからず。
もひ一事をなし遂げようと思うなら、
他のことがうまくいかなくても心を痛めてはならない
(第188段)
世は、定めなきこそいみじけれ。
人の命は定めがないからこそ、すばらしいのである。
(第7段)