NHK松山放送局 アナウンサー・キャスターページ

アナウンサーを志したのはどういった理由からですか?

父親がマスコミ業界の仕事をしているんです。僕が子どもの頃は記者として働いていました。その父親が自分の仕事について“世の中のほとんどの人がまだ知らないことを初めて知る”ことが楽しいんだって言っていたのが印象的で…。それを中学・高校・大学と進んでいく中でも覚えていて学生時代のアルバイトはTVカメラマンのアシスタントをしていました。ケーブルをさばいたり、ガンマイクで音声を拾ったり…。ニュースで出る前のものを見ることがワクワクする体験だったし、それをより大きな舞台でやってみたいなと思って放送に関わる仕事がしたかったですね。いろいろな職種がある中で、なぜアナウンサーなのかっていうとニュース・スポーツ・芸能といった幅広い分野でその一次情報に触れられる気がしておもしろそうだな、と。

アナウンサーになって実際どうでしたか?

ディレクターや記者のほうが取材する機会も多いし時間をかけられるのに比べてアナウンサーだと時間的にかなわないとずっと思っていたんですけど、初任地の高知局時代に夕方の番組でキャスターをやっていて空いた時間で取材に行ったときに「あ、小野くんだ!」って言ってもらえて。ふだんから顔が出ていることで先方にとっては“はじめまして”じゃない感覚になってもらえるのは取材をするときにアドバンテージになっていると感じました。そういう側面があると気づいてからアナウンサーとして取材することで特有の利点はある自信を持っていこうっていう風に思えました。

印象に残っている仕事はありますか?

以前「旅ラジ!」という公開収録のラジオ番組で、高知の土佐清水市にある全校生徒12人の小学校が閉校になることを伝える中継をしました。放送は順調に終わって、車で僕たちが帰るときに校舎の前で生徒の皆さん12人が手を振ってくれた時に、もうすぐこの風景が見られなくなるんだなって思うとグッときてしまって…。その時中継で訪れただけの僕ですらそう感じたんです。ましてや、そこで暮らしている人たちにとって、子どもたちの声が聞こえるだけで元気の源になっていただろうな、と。最近だと四国では閉校になる学校も多いですけど“学校がなくなる”ということは、ただ建物が消えるというだけじゃなくそれ以上のものを地域から持って行っちゃうんだなとすごくさみしいと思いましたし、だからこそ、その廃校をどう活用するかっていうのを取材しようと思ったんです。その数か月後に高知県室戸市で廃校を活用した水族館ができて、これは絶対おもしろいと思って取材しました。この話題を全国に向けて発信できたときは手応えを感じました。

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