ずっとしこく #31 愛媛FC監督 川井健太さん ずっとしこく #31 愛媛FC監督 川井健太さん

藤「今回ご紹介するのは、愛媛FCの監督 川井健太さんです。川井さんは宇和島市の出身。愛媛ひとすじのサッカー人生を送ってきました。」

#故郷で過ごした少年時代

藤「よろしくお願いします。愛媛県宇和島市のご出身で・・・少年時代はどういう風なところで遊んでいたんですか?」

川井「そうですね、おばあちゃんちが海もあって山もあってっていうところだったので、川遊びをしに自転車をこいで行ったりいろんな遊びをしていたなあっていう思い出ですね。」

首藤「へぇ~。もう大自然の中でのびのびと、体を動かして?」

川井「はい、それが当たり前だと思ってたので・・・。まあ今思えばちょっと怖い思いもしたなあっていうのも・・・。」

首藤「なんですか?」

川井「川に流されたりね。海でおぼれかけてたなあっていうのもすごくいい思い出として・・・。」

#サッカーとの出会い

藤「サッカーとの出会いはいつから、どんな風にだったんですか?」

川井「サッカーは小学校2年生の時に友達が一緒にやろうっていうのと、あと兄もサッカーをしていたのでそれがきっかけで始めました。小学校の時はソフトボールもやってたんですよ。日曜日の午前中はソフトボールをして午後にサッカーっていう。」

首藤「元気!」

川井「そういう活動をしてましたね。」

首藤「(プロになるなら)愛媛で、と思っていたんですか? いっぱい全国にもあるわけじゃないですか?」

川井「特に愛媛でっていうことではなかったんですけど・・・。」

首藤「よかったですか?」

川井「よかった、と思いたいですよね。」

首藤「思いたい?」

井「思いたい。(プロとして)この愛媛の地を選んだということは全く後悔していないしそれを正解にするために今やってますね。」

首藤「なるほど~。」

#就任直後に起こった西日本豪雨

藤「監督就任、ほぼ直後に豪雨の災害が起きましたけれども、あのときはどんな風にとらえられましたか?」

川井「その出来事を知ったのは我々が岐阜にアウェイの試合で行ってまして、テレビをつけると愛媛県が出てものすごい光景になっていてものすごいダメージを負って、これはもうしんどいなあって思ったのが率直な思いでした。」

首藤「あのあとボランティアにも行かれてどういう気持ちでしたか?」

川井「やはり悲しい気持ちですよね。悲しくてさみしくて自然には勝てないなあっていうところを強く感じさせられた時期でしたね。」

首藤「そうですね。」

川井「我々は我々なりにできることをしっかりやろうと。僕は宇和島出身というところで、見ていたものだったり、子どもの頃に遊びに行った場所がこんなにも変わるのかっていうような光景も目にしましたし・・・。」

#豪雨の直後 4連勝

藤「それでも試合があってという中で、あのときは特に4連勝もされて、やっぱりチームの中でも思いは違ったんでしょうか?」

川井「僕らも励みにはなりましたね。」

首藤「逆に?」

川井「はい、僕らよりも何十倍・何百倍と苦しんでる人たちが応援に来てくれたり、励ましの声をいただいたりというところで、やっぱりやらなきゃいけないなあって強く思いましたね。」

#愛媛のためにできること

藤「今後ですけれど、どんな風に愛媛FCの監督として・・・。」

井「そうですね、例えばグラウンドをもっと作れるようにするとか、そこはちょっとわからないですけれども、間違いなく言えるのは子どもたちのために何かを残していかなければいけないなとは思ってます。」

藤「ふるさとが宇和島ということで豪雨に対する思いも格別でいらっしゃるし、すごく静かな監督なのかなって勝手に想像していたんですけど、実はとっても情熱的でサッカーだったり、愛媛にだったり、未来の子どもたちにだったり、いろんなところに強く思いをもってらっしゃる方だなあと思いました。」

首藤奈知子の「ずっとしこく」取材日記 首藤奈知子の「ずっとしこく」取材日記

「ずっとしこく」第31回は、宇和島市のご出身、愛媛FCの監督 川井健太さんです。


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